第69話 決戦の朝

 

 食堂で合流した一行は、急いでパンとスープを胃に流し込み、状況を聞くため司令部に顔を出すことにする。


 敵が近づくにつれ出入りする人間が増えたため、司令部は前日の晩のうちに、会議室からホールにその場所を移されていた。




 一行がホールに入ると、司令部は殺気立っていた。


 斥候報告と伝令が絶え間なく行き交い、地図上に置かれた駒が動かされてゆく。

 そこに本来の優雅なダンスフロアの面影はなかった。


 誠治たちは、テーブルの傍らで立ったまま手元のノートに走り書きしているマキシムに声をかけた。


「ああ、君らか。ちょっと待っててくれ」


 マキシムは騎士団長、魔法師団長への報告と、部下への指示を行うと、誠治たちのところにやってきた。




「どんな状況ですか?」


 クロフトの質問に、マキシムは苦悩の色を浮かべる。


「正直、よくないな。魔物の群れがノルシュタットの北十キロのところまで迫ってる。しかも、空も陸も、だ。斥候の報告では、地上と空でまるで足並みを揃えてるようだ、と」


「今までにそういう例は?」


「少なくとも記録に残っている範囲では、ない。ファルナー殿の想定が現実になってしまったな」


 マキシムは、魔法師団長の方を見た。


「おそらくあと二時間と立たずに戦闘が始まるはずだ。君たちも、準備をしておいてくれ」


「分かりました」


 誠治たちは頷いた。


 マキシムによれば、司令部のある城と、前線となる北側の市壁の間を、小型の馬車数台がシャトルバスのように往復しているとのことで、一行はその馬車を利用して北側の市壁に向かうことにしたのだった。





 北の市壁は、人と物で溢れていた。


 幅十メートル程の壁は、銃や弓、剣を持った兵士で騒然としており、その後ろには、弾倉や矢筒などが山と積まれていた。


「それでは、僕はここで」


 北門の上あたりで迫撃砲隊の指揮官と、号令用の笛を首から下げた兵士を見つけたクロフトは、誠治たちに別れを告げた。


「お互い生き残って、無事な姿でまた会いましょう」


「ああ。頑張れよ。僕らは隣の高射砲のところにいるから」


 誠治とクロフトが、肩を叩き合う。


「ラーナ。シノとセージを頼んだよ」


「任された」


 クロフトに肩を叩かれ、頷くラーナ。


「シノ、気をつけて」


「クロフトさんも」


 握手した手が離れる。


「それでは、また!」


 クロフトは、いつもの爽やかな笑みを浮かべてそう言うと、自分の戦場に歩いて行った。





 誠治たち三人はクロフトと別れた後、北門付近から西に二百メートルほど行ったところに設置された、一基の高射機関砲のところに辿り着いた。


「勇者さま!」


 高射機関砲部隊の指揮官の騎士と、機関砲付きの射手、弾倉交換手、魔石交換手が気づき、拳の敬礼をする。


 誠治はついつられて、前世でよく見た、手のひらを伸ばす形で敬礼を返してしまった。


「おはようございます。今日は僕らもここで戦います。なるべく邪魔にならないように気をつけますんで、よろしくお願いします」


 誠治の言葉に、兵士たちは喜色を浮かべる。


「勇者殿とともに戦えるとは、光栄です!」


 騎士の顔が綻んだ。


「皆さんの期待に沿えるよう、なんとか頑張ります。それはそうと、我々との連携の件は、大丈夫そうですか?」



 誠治の言う連携とは、前日のうちに騎士団長に許可をもらって打ち合わせておいた、誠治の秘策である。


 それは、誠治たちと高射機関砲部隊の指揮官、星詠みの射手たち、ついでに司令部のマキシムをメンタルリンクで結び、詩乃の気配探知と、各射手の未来視を一体化して運用しようという試みであった。


 極めて原始的ながら、一種の戦術データリンクと言えるかもしれない。


 ちなみに誠治の未来視はラーナが担当する。



「一応、手順は皆大丈夫です。が、何分にも初めてなので……」


「やってみないと分からない、ってことだね。……詩乃ちゃん、ちょっと練習しときたいんだけど、いいかな?」


 誠治に見つめられた詩乃は、微笑んで答える。


「もちろん、大丈夫ですよ」


 こうして短時間、かつ限定的ではあるが、今回の大侵攻における対空戦闘の切り札の訓練が行われたのだった。


 それから間もなく、彼らは空と地上を覆い尽くす、黒く禍々しいものを目撃することになる。





 

 曇天であった。


 晴れ渡るとは言い難いが、かと言ってすぐに雨が降りそうという訳でもなく、強くはないが多少の風がある。

 実に中途半端な天気だった。




 誠治たちの中で真っ先にそれに気づいたのは、詩乃だった。


「おじさま、あれ…………」


 震える声に振り返り、自分を呼んだ少女が指差す方に視線を移した誠治は、瞬時にそれを理解した。


 丘の向こうの空。

 雲に隠れるように小さな黒い影が無数に飛び交っていた。


 間もなく、敵の襲来を告げる早鐘が打ち鳴らされる。

 誠治たちにとって初めての戦争が始まった。

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