第68話 決戦前夜(後編)

 

 その日の晩。


 誠治が割り当てられた客室で大きなベッドに馴染めないまま、なんとか眠ろうと頑張っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「はいはいはい、ちょっと待ってね」


 こんな夜更けに誰だろう、と思う一方、なんとなく思い当たる人物が頭に浮かび、わたわたと小走りして扉を開ける。


 と、案の定、寝巻き姿の少女が枕を抱えて立っていた。




「おじさまと一緒に寝たいです……」


 俯き気味にそう呟く詩乃。


 予想が当たり、顔に手を当てる誠治。


 ロミ村南の森の一件以来、妙に彼女を意識してしまっている自覚がある。

 なんかの拍子に間違いが絶対ない、とは言い切れない自分が情けない。


「いや、でもね……」


「おじさまはっ!」


 誠治の言葉を激しく遮る詩乃。


「最後の夜にまで、私に一人で過ごせと言うんですか?」


 俯いたその顔は見えない。

 こんな彼女は、初めてだった。


「私は最期までひとりぼっちですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、誠治は折れた。


 目の前の少女を、強く抱きしめる。

 強張っている少女の身体。


「ごめん。君は一人じゃない。僕が一緒にいる。死んでも一緒にいる」


 強く、つよく抱きしめた。

 しだいに強張っていた少女から力が抜けてゆく。


「もう私に、こんなこと言わせないで下さいね」


 誠治の寝巻きが、涙に濡れる。


「ごめん…………」


 誠治は詩乃をもう一度強く抱きしめた。




 どれほどの時間が経っただろうか。

 どちらともなく、密着していた身体が離れる。


「ワガママ言ってごめんなさい」


 詩乃が俯いたまま謝る。


「ワガママじゃないよ。……入って」




 自分で部屋に押しかけてきたにも関わらず、やや躊躇しながら、誠治に導かれておずおずと部屋に入って来る詩乃。


 照明用の魔道具のオレンジの薄明かりが、少女に影を作っている。

 彼女は目の前にベッドを見つけると、パタパタと走って行き、すぐに布団に潜り込んでしまった。


 詩乃がいるベッドまで歩いて行ったものの、同衾する踏ん切りがつかず、ベッドに腰掛ける誠治。


「「……………………」」


 二人の間に沈黙が流れる。


 このままじゃ前にも後ろにも動かない。

 色んなものに揺さぶられながら、誠治は固まってしまっていた。




 そんな彼に、詩乃が話しかける。


「……おじさま?」


「ん?」


「私、おじさまと出会えてよかったです」


「うん」


「あのままじゃ、ひとりぼっちで死んじゃうところでした」


「…………そっか」


 中年男は相槌を打つのが精一杯だった。


 自分はどうだろうか、と誠治は思う。

 他人に失望し、自暴自棄になりながら、死ぬ勇気すらなかったかもしれない。




「おじさま?」


「ん?」


「私は、おじさまならいいですよ?」


「!!」


 何が? なんて言える訳がない。

 女の子が、覚悟を決めて男の部屋に来たのだ。


「だから、隣に来て下さい」


 その瞬間、誠治の頭は真っ白になった。





「私もセージならいい。なんなら三人でも可」


「「?!!!」」


 突然ドアの方から聞こえた声に、飛び上がらんばかりに驚く誠治と詩乃。


 間もなく暗がりから、声の主が姿を現した。


「「ラーナ?!」」


「こんばんは」


「はい、こんばんは。……って、いつからいたの?!」


 誠治が動転しながら尋ねる。


「割と最初から。いつ顔を出そうかと様子を伺ってたけど、全然入っていける雰囲気じゃなかった」


 ラーナの返事にたじろぐ誠治と詩乃。


「う……そりゃあまぁ、そうだろうな」


「う〜〜う〜〜〜〜」


 詩乃は顔を真っ赤にして布団をかぶり、悶えている。




「このタイミングを逃すと絶対に入れなくなるので、強行突入させてもらった」


 入れなくなる理由は、つまり、そういうことである。


「ぁ〜〜あ〜〜〜〜」


 頭を抱える誠治。


「そういえば、鍵がかかってなかった?」


「あんなもの、ないのと同じ」


「おい」


 今更だが、ラーナは潜入工作員、つまり一種のスパイである。

 当然それなりの訓練を受けている。




「……それで、ラーナもなのか?」


 誠治の問いに、こくん、と頷くラーナ。


「私も、一人はイヤ。今まで任務で危ないことは何度もあったけど、今回は自分の力じゃどうにもならない。私も、最後の夜にひとりぼっちはイヤ」


 視線を床に落とし、呟くように訴える少女。


 誠治には、その姿が詩乃と重なって見えた。


「「…………」」


 二人の間に沈黙が流れる。




 その時、ベッドがごそごそ動き、詩乃の頭が出た。


「私はいいよ。三人で寝ても」


 詩乃の言葉に、ラーナが目を見開いた。


「いいの? 一緒にいても」


「うん。本当は私もおじさまを独占したいよ? でも、ラーナも私と同じだと思うから」


「……ありがとう」


 誠治がぼーっとしてる間に、女の子同士で話がついたらしかった。




「おじさま?」


「へ? 」


 間抜けな声をあげて訊き返す誠治。


「おじさまは真ん中ですから、早くこっちに来てください。おじさまが横になってくれないと、いつまでもラーナがベッドに入れません」


「あ、ああ……。ごめん」




 言われるまま、ベッドに入る誠治。

 その腕に、詩乃の腕がからまる。

 さらに、後から入って来たラーナも、腕をからめてきた。


 誠治の温もりを感じる二人。

 二人の温もりを感じる誠治。


「セージ……」


 ラーナが囁く。

 彼女はスレンダー体型だが、その雰囲気はなぜか妙に艶っぽさを感じさせた。


「…………する?」


 ずぎゅん、と撃ち抜かれる誠治。


「私も……。おじさまなら、いいですよ?」


 続けざまに撃ち抜かれる誠治。




 だが誠治はそんな状態でも、自分の体も、気持ちも、そういう風になっていないことに気づいていた。


 ただ、彼女たちを守りたい。守り抜きたい。そんな気持ちだった。


 だから言った。


「今日は、しない。その代わり、三人でゆっくり寝よう」


「わかった」 「……はい」


 返事した二人が、一段と身体を寄せてきた。


 その夜はそうして、三人で互いの温もりを感じながら、静かに眠りについたのだった。





 翌朝三人は、鐘の音で目を覚ました。


 カーン、カーンと二度鳴っては休み、しばらくしてまた二度鳴る。

 敵が近づきつつあることを報せる鐘だった。

 既に日は昇りつつある。 



 ラーナが、すっ、とベッドから出た。


「準備してくる。…………夕べは、ありがとう」


 照れ隠しか、視線を外してそんなことを言う。

 誠治は素直に、かわいいな、と思った。


「こちらこそ。僕らもすぐに準備する。食堂で会おう」


 ラーナは頷くと、早足で部屋を出て行った。




「詩乃ちゃん、おはよう」


 恥ずかしいのか、シーツを被っている詩乃に、誠治は声をかけた。

 ごそごそとシーツが動き、やがて目の部分まで、にょっきり頭が出た。


「…………おはようございまふ」


「おはよう。起きれる?」


「ふぁい」


 詩乃は毎朝、低血圧で朝が弱い。が、今日は大丈夫そうだ。


「敵が近いみたいだ。僕らも準備しよう」


 詩乃が頷くのを確認し、誠治はベッドを抜け出した。

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