第65話 対大侵攻・防衛作戦会議 (後編)
「伝承によれば、大侵攻(スタンピード)は二十日と二十晩続くとか」
テレーゼが初めて口を開いた。
「オペラにもなっている『メーデルグの横笛』だね。千年前の大侵攻がモデルになってる。終息までに十以上の街が消えたとか」
辺境伯が目を細めた。
その言葉に、マキシムが首を振る。
「我々が勇者召喚を以って大侵攻に対応するようになってから、終息期間は大きく短縮されています。複数の勇者と諸国連合による殲滅で成功した例では、最短一日で終息してますね」
ライボルグがマキシムに問う。
「つまり、魔物が街を襲う場合、二十四時間以内に全ての敵が襲来する訳か」
「その通りです。十分な火力・戦力があれば殲滅できる。足りなければ踏み潰される。それが今の我々の大侵攻に対する認識です」
十分な火力と戦力。
今のノートバルトで間に合うのかどうか。
誠治はクロフトに小声で尋ねる。
「実際のところどうなの? 魔王国製の銃火器の性能とか」
「小銃は単発ですが、弾倉(マガジン)から自動で給弾するためノーアクションで次弾の射撃が可能です。一分間に十発から二十発程度は撃てるでしょう。それで射程は二百メートル以上ありますから、性能的には悪くないはずですよ」
ネックはパワーソースを射手の無属性魔力に頼る点だという。
早い話が、射手の魔力が切れるのが早いか、弾が切れるのが早いか、ということだった。
また装備兵数の少なさも問題らしい。
「高射機関砲は、星詠みが使えば凄いですよ。秒間三〜四発、射程距離で一キロ近くありますから、かなりの数の敵に対応できるはずです」
こちらの注意点は、パワーソースの魔石カートリッジと弾丸の在庫量だという。
「結論としては『やってみないと分からない』ですね」
「なんとも心強いお言葉だね」
誠治は顔を引きつらせ苦笑を浮かべた。
「話を戻します。図をご覧下さい」
全員の視線が再びテーブル上の図に集まる。
「観測兵からの報告で住民を旧市街へ避難させるのは先にお伝えした通りです。それに並行して、正面配置の戦力を持ち場付近に集合させ、即応態勢に移行します」
マキシムは、各ユニットを表す木製の駒を図の上に置いてゆく。
兵力は外周北辺の城壁を中心に配置されるらしかった。
初期配置、運用案は以下の通り。
・高射機関砲……外周北辺の城壁上に四基。城の北側城壁に一基。城の南側城壁に二基。飛行型の敵を主目標とする。
・小銃装備の歩兵、魔法石迫撃砲……全員を外周北辺の城壁に配置。中、長距離の敵を主目標とする。
・弓兵……半数五百人を外周北辺の城壁に配置。残り五百人は外周西辺と東辺の城壁二箇所に別れて配置。中距離の敵を主目標とする。
・槍、剣、斧装備の歩兵……外周北辺、西辺、東辺の城壁上と門の内側に満遍なく配置。城壁を超えたり、門を破って侵入してきた敵に対応。
・騎兵……司令部と現場の連絡用に運用。
・攻撃魔術師、支援魔術師……全員を外周北辺の城壁に配置。中距離の敵に対応。支援魔術師は敵の魔法攻撃に対し防御魔法で対抗する。
・治癒魔術師……外周北辺を中心に分散配置。
・傭兵・冒険者……千人を外周城壁の門付近内側に配置。
「南側はノーマークかね?」
ファルナーの質問にマキシムが頷く。
「少数の監視に留め、必要に応じて予備戦力を送ります。過去の例を見ると、敵地上戦力の市内への侵入は進行方向正面の城壁を乗り越えられるパターンが一番多く、同城壁、門が破壊されるケースがそれに続きます」
「……なるほど」
気難しそうな老人は、一応納得したようだった。
「現有戦力で対応できない敵が来る可能性はありますか?」
今度はテレーゼである。
「大抵の敵には対応できるはずですが……例えば、エンシェントオークや大型竜種が現れると、倒せるかは未知数ですね。過去の大侵攻の際にそれらが出現した記録がありますが、その時は勇者が複数で協力して倒したようです」
「つまり対応策はない、と?」
テレーゼが射るようにマキシムを睨む。
マキシムを睨んでも何も出ないだろうに、と思う誠治。
「ええ。せいぜいタイミングを合わせて総攻撃をかけるくらいですね」
「それで倒せなければ、どうするのですか!?」
バン、とテーブルを叩いて立ち上がるテレーゼ。
マキシムは首を竦めた。
「我々も、頼ればいいんじゃないですかね?」
「誰をです?」
「もちろん勇者殿を、ですよ」
ニヤリ、と笑い、手のひらで指し示すマキシム。
その先には……
「…………へ?」
間抜けな顔でクエスチョンマークを浮かべる誠治がいた。
「いやいやいやいや。ドラゴンやら伝説級のなにかとか、絶対無理でしょう!?」
誠治は嫌な汗をダラダラ垂らしながら、精一杯抵抗する。
一体どうしてこうなったのか?
「その勇者様は、こう言ってますけど?」
着席して腕を組み、ピクピクと頰を引きつらせながら皮肉を言うテレーゼ。
「別に一人で倒す必要はないですよ。我々も一緒に戦う訳ですから」
「いや、だから、なんで、いつの間に、僕らが決戦兵器みたいな扱いになってんの?」
誠治の猛抗議を、マキシムは涼しい顔で受け流す。
「そりゃあ、あなたたちが特別な力を持つ勇者だからでしょう。ザリークでの試爆は私も見てましたよ」
確かに昨日、ザリークでオーバーチャージした爆火石の試爆を行なっていた。
誠治のオーバーチャージによる強化がどれほどのものか、実戦で使う前に知っておかないと危険だからだ。
「正直、驚きました。中型の爆火石にも関わらず、威力は通常の数倍。国に数個しかないと言われる大型爆火石に匹敵するんじゃないですかね。発射装置なしに投石爆発させてたら、皆巻き添えで吹き飛ぶところでしたよ」
何が面白いのか、はっはっはっ、と、笑うマキシム。
乾いた笑い声をあげる作戦参謀に、誠治は顔を引攣らせた。
ちなみに中型爆火石は、赤ん坊のこぶしくらいの大きさで、ラーナが使っていた「大きめ」の爆火石よりも更にひと回り程大きい。
決して市場に出回ることがない代物で、いわば軍専用品である。
「……試爆?」
眉を顰めたテレーゼに、マキシムは誠治の力のことを説明する。
「彼に強化された中型爆火石が二十個あれば、ザリーククラスの都市は文字通り灰燼に帰しますね」
「そんなに?!」
テレーゼは疑いの眼差しを誠治に向ける。
その剣幕に僅かに仰け反る誠治。
一方、指揮官たちはもう少し冷静だった。
「……言葉通りなら、凄まじい力だな」
ライボルグの言葉に、向かいのファルナーが頷く。
「ぜひ明日、試爆をして頂きたいですな。兵の士気も上がるやもしれぬ」
ちなみに通常品の効果半径は五十メートル程度だが、ザリークでのテストの結果、誠治によってオーバーチャージされたものは、百メートル超の効果半径を持つことが分かっていた。
そして、結論が出る。
「伝説級の魔物が出現した場合、勇者殿たちを援護し、総攻撃を行うこととする」
ライボルグの宣言に、辺境伯が満足げに頷いた。
「なんでこんなことに……」
片隅で頭を抱える中年男を気遣う者は、誰もいなかった。
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