第66話 朝焼けの空
その日の早朝、空は真っ赤な朝焼けに染まっていた。
草原に伸びる街道の傍らで野営し、北方を見張っていた兵士は、交代で仮眠している相方の兵士を揺さぶり起こした。
不機嫌そうに起き出す相方に、北の空を指差す兵士。
寝ぼけた相方は、即座に事態を理解した。
「第三観測点より報告! ザリーク付近に多数の爆炎を確認。戦闘状態にあると思われます!」
ノルシュタット城の作戦司令部に第一報がもたらされたのは、朝焼けが終わり、雲が白く見え始める頃だった。
「来たか……」
「来ましたな」
騎士団長ライボルグと魔術師団長ファルナーは頷きあった。
「伯爵に報告を行います」
テレーゼが伯爵への報告のため、早足で司令部を出て行く。
「各部隊を即応態勢に」
ライボルグの命令一下、司令部は慌ただしく動き始めた。
「おじさま、無理しないで下さいね」
隣で心配する詩乃の声に、誠治は微笑みながら頷いた。
「大丈夫。魔力には余裕があるから。むしろ座りっぱなしで腰が……」
そう言ってイスから半分腰を上げ、
「ふおっ?!!!」
ドスン、とイスに尻餅をついた。
「おじさま!?」 「……セージ?」
「だ、大丈夫。足が痺れてるだけだから」
誠治は、心配そうに見てきた詩乃とラーナに慌ててそう言った。
実際、太ももやらふくろはぎやら、色々痺れていた。
それもそのはずである。
誠治は朝からずっと、同じ姿勢で魔法石や魔石に魔力を注ぎ続けてきたのだ。
ノートバルト軍の切り札、中型爆火石に始まり、高射機関砲用の魔石カートリッジ、迫撃砲用の魔石カートリッジ、無数の小型爆火石と、休みなくチャージし続けている。
気がつけばもう、昼をまわっていた。
「おじさま。そろそろお昼にしませんか?」
「本番は明日。今日張り切りすぎて明日動けなかったら、本末転倒」
誠治に袋から出した魔法石を渡していた詩乃と、チャージした石を受け取って袋に入れていたラーナが、両脇から誠治にせまる。
「そ、そうだね。食堂でパンか何か配ってるみたいだから、もらいに行こうか?」
「はいっ」 「了解」
何か、色々な意味で包囲された気がする誠治だった。
その頃クロフトは北の外周城壁の上に立ち、オーバーチャージされた中型爆火石の試爆に立ち会っていた。
ドンッ、という音とともに迫撃砲のランチャーから放たれた魔法石が、白く光りながら放物線を描き、一キロほど先に着弾する。
瞬間、巨大な火球が炸裂した。
大気が震え、大地が震える。
「…………」
その場にいた人間は皆、一様に呆気にとられていた。もちろん、その馬鹿げた威力に対してである。
ちなみにザリークでの試爆の際、立ち昇るキノコ雲を見た誠治はこう呟いていた。
「デイビー・クロケットか……」
デイビー・クロケットは某国の黒歴史の一つ。「歩兵が手軽に使える核兵器」として開発された核弾頭無反動砲である。
冷戦時代には実際に部隊配備されていたというから、まさに狂気の沙汰だ。
実際のところ、誠治がオーバーチャージした中型爆火石にはそこまでの威力はなかったのだが、それでも半径百メートルほどの範囲が吹き飛ばされて更地になっていた。
「……なに、あれは?」
呆然と立ち尽くすテレーゼの問いに、クロフトが答える。
「勇者謹製の強化版中型爆火石ですね」
「そんなことは分かってるわ! あの威力はなんなの!?」
テレーゼにはその威力の異常さが身に染みて分かる。彼女は炎の加護を持つ魔術師だった。
自分の爆裂火球と比べれば、その威力は子供と大人ほどの違いがある。
そんな彼女をマキシムが宥めた。
「まあまあ。言ったろう? 勇者に頼ってみては、って」
ニヤッと笑うマキシム。
訂正。彼に宥める気はゼロであった。
「たしかに……確かにあれなら、伝説級の魔物に相対できるかもしれないわ。だけど、私たちはあれをいくつ保有してるの?」
「二十個ほどだな。歩行型の雑魚を殲滅するためにほとんど使っちまうだろうが、二、三個は残しておいた方がいいだろう」
会議の席と違い、テレーゼと気安く話すマキシム。
騎士と魔術師団、同じ副官という立場ではあるが、年齢でも入団歴でも彼はテレーゼの先輩である。
周囲からは、十年後には騎士団長を継ぐものと目されていた。
対してテレーゼは伯爵の妹であり、魔術師としてはノートバルトでも三本の指に入る実力の持ち主だが、いかんせん未だ十八の小娘に過ぎない。
「微妙なところね」
テレーゼは整った顔を歪めた。
「クロフト、魔王国の人間として、君はどう見る?」
マキシムに話を振られたクロフトは、手をあごに当て、爆心地を睨みながら少し考えると、口を開いた。
「使い方次第、ですね。複数の爆火石による攻撃は同時弾着が基本と言われていますが、二十個ではあっという間に撃ちつくしてしまいます」
同時弾着すると、敵は逃げる場所もなく「面」で叩き潰されるため、非常に効果的に一定範囲を制圧することができる。
現代でも使われている榴弾砲撃の基本である。
「……小型の爆火石はどのくらいの数があるんです?」
クロフトが考える姿勢のまま、マキシムに尋ねる。
「ざっと千から千五百といったところかな」
その数字に、テレーゼが驚く。
「小型のものは、結構持ってるのね」
魔石は、大きくなるほど希少価値が上がる。
逆に小粒のものは価格が安く、数も出回っていた。
貴金属と同じである。
黙って考えこんでいたクロフトは、しばらくして口を開いた。
「……なるほど。十人が一分間に一発撃ったとして、一時間六百発。二時間は保ちますね。二分に一発なら四時間は撃ち続けられる。誠治がオーバーチャージした小型爆火石の有効効果範囲はどのくらいでしたっけ?」
「半径四十メートルほどだ」
マキシムの言葉に、頷くクロフト。
「であれば、十人が並んで撃てば、ざっと横に八百メートル、縦に八十メートルの範囲を制圧可能ですね。……ここまではいいですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「一般的に、人が歩く速度は毎分八十メートル程度と言われてます。仮に魔物が同じくらいの速度でやって来るとすると、最初の砲撃で面制圧してから約一分間で、有効範囲が新たな敵で満たされることになります。つまり理屈の上では、一分間に一度砲撃している限り、少なくとも横八百メートルの範囲は敵を通すことはない訳です」
「それは机上の空論でしょ。魔物の侵攻速度がもっと早いかもしれないし、横八百メートル以上に広がって押し寄せるかもしれないわ」
テレーゼが眉間にしわを寄せた。
「もちろんおっしゃる通りです。これは仮定、つまり机上の計算に過ぎません」
柔らかく微笑むクロフト。
「なにを……」
「まぁ待て、テレーゼ」
馬鹿にされたのかと気色ばむテレーゼを抑えたのは、マキシムだった。
「クロフト、魔王国の人間は皆『そういう』考え方をするのか?」
表情を変えることなく問いかけたマキシムだったが、内心では隣に立つ同年代の友好国の男に、底知れぬ不気味さを感じていた。
計算と仮定に基づく、冷徹とも言える戦術論。
そんなものはこれまで見たことも聞いたこともなかったからだ。
「一般化はできませんが……僕らは基礎学校の頃から『数値化して考える』ことを繰り返し訓練されて育ちます。ああ、基礎学校というのは、魔王国で一定年齢になると必ず通わなければならない学校のことです。だから、僕でなくても似たような考え方をする人は多いんじゃないですかね」
「それは昔からか?」
「魔王国建国以来の伝統らしいですよ」
マキシムの背筋を冷たいものが流れた。
国民全員が合理的なものの見方、考え方の素養を持つ国。
魔王国の魔法技術が突出しているのも頷ける話だった。
「それで、君が作戦を考えるなら、どうする?」
「小型魔法石を一定間隔、一、二分間隔で同時投射して小物を間引きし、残りを魔術師団、弓兵、歩兵で対処。大物には中型魔法石を投射して対応、といったところですかね」
「ふむ…………」
マキシムはしばらく考え込むと、やがてクロフトに向き直った。
「クロフト、一つ頼まれて欲しいんだが」
「はあ、なんでしょう?」
「砲兵部隊のアドバイザーとして、部隊指揮官に現場で適宜アドバイスをしてやってくれないか?」
「「はあ???」」
クロフトはマキシムからの意外な申し出に、素っ頓狂な声をあげる。
ついでになぜか隣にいたテレーゼもハモっていた。
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