第64話 対大侵攻・防衛作戦会議 (前編)
「なぜあなたたちがここにいるの?」
会議室の扉を開けると、十人ばかりの人間が会議用のテーブルを囲んでいて、苛立ちと敵意のこもった声が誠治とクロフトを出迎えた。
ちなみに夕食後、詩乃とラーナは割り当てられた部屋で休んでいる。
誠治たちに罵声を浴びせた声の主は、ローブ姿の赤髪の少女。テレーゼである。
彼女は凛とした瞳で二人を睨んでいた。
「なぜ、と言われても……」
誠治はクロフトと顔を見合わせる。
「私が呼んだんだ」
穏やかな声で場を収めたのは、会議テーブルの一番奥に座っていたノートバルト辺境伯だった。
「お兄様?! なんでこんな連中を……」
「テレーゼ。あの慎重なガンドルムが彼らを信じたんだ。私が信じない道理はないだろう。それに今は一人でも戦力が欲しい。彼は加護なしの勇者。もう一人の少女は星詠みの勇者だそうだ」
「そんな胡散臭い話……」
「彼らの力については、私が保証します」
テレーゼの言葉を遮ったのは、対面に座っていたマキシムだった。
「少女の星詠みの力も、彼の加護なしの力も、私自身が確認しております。少なくとも勇者を騙るに値する力の持ち主ですよ」
そう言って、にや、と笑ってこちらを見るあたり、なかなかいい性格をしてるなコイツ、と誠治は苦笑する。
「っ…………」
反論しようにも言葉が出て来ないテレーゼ。
そこに辺境伯が一押しする。
「……まぁそういう訳だ。魔王国の護衛の方も、忌憚なく意見を言ってもらいたい。今回の防衛戦では、貴国から提供された武器が戦局を左右するだろうからね」
「過分なお言葉、恐れ入ります。我々も微力ながら協力させて頂きます」
クロフトが辺境伯に立礼をする。
「よし。それでは作戦会議といこうじゃないか」
「僭越ながら、私が進行させて頂きます。本作戦で首席作戦参謀を務めますマキシムです」
会議の議事は、マキシムが進行することになった。
最前線で重鎮らしきガンドルムの副官を務めていたことを考えると、彼は将来を期待されているんだな、と誠治は思った。
「まず、予測される魔物の襲来時間をお伝えします」
騎士団と魔法師団による作戦参謀会議がはじき出した予測は以下の通り。
・ザリークへの第一波到達、明日早朝。
(ワイバーン、ハーピーなどの飛行型の魔物)
……これは、星詠みの勇者、則ち詩乃の予知による。
・ザリークへの第二波到達、明日午前〜正午頃。
(ゴブリン、オークなどの歩行型の魔物)
・ノルシュタットへの第一波到達、明後日の朝以降。
・ノルシュタットへの第二波到達、第一波から半日以内。
誠治は、あの夢の光景を思い出す。
街の空を埋め尽くす黒い魔物の群れ。
高射機関砲と小銃、魔法、弓、槍、剣で、どの程度対抗できるだろうか。
「現段階で、ここノルシュタット到達時刻の正確な予測は困難です。が、ザリークとの間に複数の観測点を設け、敵の侵攻速度の把握に努めます」
「よろしい。第一波迎撃は対空攻撃、第二波迎撃は対地攻撃が主になる想定か?」
マキシムの隣に座った、壮年の騎士が尋ねる。雰囲気と席次からして、騎士団長だろうか。
「仰る通りです。過去の文献によれば、街が襲撃を受けた際、第一波の襲来後、数時間から半日ほどで第二波の攻撃を受けています。このことから魔物たちは、第一波が先導する形で、ある程度ダマになって動くものと思われます」
マキシムの説明に、騎士団長は顎に手をやった。
「一波と二波の襲来が逆になった例は?」
「少なくとも過去の記録にはありません」
「ふむ……」
「ライボルグ殿、逆はないにしても、同時に来た場合のことは考えておいた方が良いのではないかな?」
騎士団長ライボルグの向かい、テレーゼの隣に座ったローブの老人……魔法師団長のファルナーが、片頬を吊り上げるようにして言った。
「なるほど。確かに、最悪の想定をしておくべきですな」
ライボルグが頷く。
「分かりました。飛行型、歩行型、両方の魔物による同時侵攻を想定し、作戦原案を練り直します」
「うむ。ご苦労だがよろしく頼む」
「は。次に、現段階の戦力と、明後日朝までに見込まれる増援戦力をご報告致します」
現段階の正面戦力は、
高射機関砲……七門、
魔法石迫撃砲……十門
小銃装備の歩兵……三百人、
弓兵……千人、
槍、剣、斧装備の歩兵……二千人
騎兵……五百人
攻撃魔術師……百人
支援魔術師……百人
治癒魔術師……二十人
傭兵・冒険者……千人
計……約五千人である。
これはノートバルトの戦力の約五割にあたる。
増援戦力は、四つの街から歩兵を中心に弓兵など約二千人が期待される。
最終的には合わせて計七千人、ノートバルトの戦力の七割が集結する見通しであった。
「増援戦力は移動による疲労もあるので予備戦力として扱い、正面戦力としては五千人を予定しております。また既に多数の申し出がある市民有志には、物資集積所から現場への輸送を担当してもらうことに致します」
「よろしい。では作戦概要の説明を」
ライボルグが先を促した。
「こちらの図をご覧下さい」
会議テーブルの上には、大きな図が広げられていた。
マキシムは長い棒で図を指し示しながら説明を始める。
「これはノルシュタットの城塞、都市、市壁を俯瞰した図です。町周辺は農地と平野が広がっていますが、数で大幅に劣る中で野戦を行なっても勝算がない為、市壁を用いた都市防衛を想定しております」
誠治は都市図を観察した。
市壁は上から見ると大まかに二重の方形をしていた。
「回」の字である。
内側の市壁は一辺が一キロ程で旧市街の市壁。
外側の市壁は一辺が二キロ程で新市街の市壁。
軍事関連施設は、深淵の大樹海に近い北に集中し、北側には内外の市壁とさらに城を繋ぐ連絡壁が、東西に一本ずつ、北に二本走っている。
先ほど馬車で上を走ってきた、あの壁だ。
「まず観測兵からの報告を元に、魔物の襲来までに新市街の住人を全て旧市街に避難させます」
「避難誘導と物資の配給体制は問題ないか?」
ライボルグの問いにマキシムが答える。
「は。街会の組織を単位として避難計画は毎年見直していますので、適切な指示を行えば避難は問題ないと思われます。配給については、備蓄により一週間程度は炊き出しが可能です」
「一週間あれば、勝つしろ負けるにしろ、結果は出ますな」
魔術師団長ファルナーが呟くように言った。
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