第63話 領都ノルシュタット

 

 翌日の朝、ザリーク要塞の広い中庭には、大勢の兵士たちが整列していた。


「ご武運を!!」


 出立組を代表して副官のマキシムが叫ぶと、司令官ガンドルムはニヤリと笑った。


「なに、ただでは死なんよ。そっちもしっかりな」


「は!!」


 老騎士の激励に、若獅子は姿勢を正した。


 残留組の見送りを受け、千人の騎士と兵士、魔術師たちはザリークの砦を出立する。

 その中には、誠治たちの馬車と、それを護衛する傭兵風の戦士たちの姿もあった。


 去りゆく者たちの背中に向け、老将は呟く。


「死ぬなよ、若いの」


 彼は踵を返し、魔物を迎え討つ方策を練るため、作戦司令部に向かうのだった。





 領都ノルシュタットへの旅程は順調だった。


 その日の夕方には町に到着し、誠治たちはノートバルト辺境伯の居城に招かれ、滞在することになった。




「大きな町ですね、おじさま!」


 馬車で揺られながら、詩乃は窓の外に広がる夕暮れの町を見て感嘆の声を漏らした。


「そうだね。そういえば、王都では移動は夜中だったし、日中はパルミラさんの家に篭ってたからなあ」


 隣の誠治も、窓の外を見て町の広さに感動を覚える。


 今、彼らを乗せた賓客送迎用の馬車は、ノルシュタットの街に張り巡らされた防御用の市壁の上(・)を走っている。


 眼下には市街地。

 遥か向こうには、新市街地を囲む新市壁が遠望できる。


「しかし、よくこんな巨大な城塞都市を作ったなあ。一朝一夕にはいかないだろうに」


「町に張り巡らされた市壁は、この町の歴史そのものですから」


 向かいに座ったクロフトが、誠治に答えた。




 古くから大侵攻(スタンピード)の脅威に晒され、幾度となく滅びに瀕してきたこの町は、北方の産品と金が集まる領都でありながら、巨大な城塞都市として設計され、膨張と拡大を続けてきた。


 今、馬車が走っている市壁上の馬車専用道も、その過程で作られたものだとか。


「百五十年前の大侵攻(スタンピード)では、町の北半分が廃墟と化したそうです。当時の勇者たちは、大規模殲滅魔法を放ちながら撤退を繰り返し、最終的に我々が今向かっているノルシュタット城に立て籠もって魔物を退けた、と言われています」


「へえ……」


 流れてゆく町を見ながら、当時の様子を頭の中で思い描く誠治。




 城は町の中心に位置している。

 そこに立て籠もって戦ったということは、城の周りを魔物に包囲されていたということか。


 大規模殲滅魔法などという物騒なものを繰り返し放ち、それでも尚、何度も撤退を余儀なくされるほどの魔物の大群。


 当時の勇者たちは如何なる気持ちだったのだろうか。


 彼らがそこまでしなければ退けられなかった敵を、今回はまともな勇者なしで迎え撃つ。


 それは絶望的な戦いを意味していた。




「勝てるかな?」


 ポツリ、と呟く誠治。


「勝たなくてはなりません」


 クロフトが答える。


「私は、ずっとセージたちのそばにいる」


 斜め前に座ったラーナが言った。


「おじさま」


 隣の詩乃が誠治の手に、自分の手を重ねた。


「私、この町でウインドウショッピングしたいです。一緒に行ってくれますよね?」


 微かに苦笑いを浮かべる誠治。


「じゃあ、なんとしても皆で生き残らないとな」


 そう。できる、できないではない。

 やる以外に道はないのだ。





 迎えの馬車に乗って三十分。

 馬車は城に到着した。


 とりあえず食堂に通される一行。

 辺境伯との謁見は、謁見の間ではなく、執務室で行なわれることになった。


 日は既に沈みかけている。


 領都には各地から続々と兵が集結し、並行して避難民の収容が行われていた。

 辺境伯はそれらの指示と調整に忙殺されているらしい。




 誠治から見たノートバルト辺境伯は、三十代半ばのスマートなやり手社長、という印象だった。

 魔王国製魔法具のOEM販売者という実態を考えれば、あながち外れてはいないのかもしれないが。


 見るからに疲労の色の濃い赤髪の辺境伯は、誠治たちにソファをすすめ、自分も向かいのソファに腰掛けた。


「遠路はるばるよく来られた。こんな時でもなければ宴席を設けるんだが」


「いえ、こちらこそお騒がせすることになり申し訳ございません。迅速な対応と我々へのご配慮、感謝致します」


 クロフトが慇懃に礼を言う。


「礼を言うべきはこちらだな。おかげで最低限の迎撃態勢は整えられそうだ。通報と協力に感謝する。……それにしても、私の代で大侵攻(スタンピード)が発生するとは。前回からまだ百五十年しか経っていないというのに」


「百五十年前といえば、我が国が建国された頃ですね」


 クロフトの言葉に、伯爵は頷く。


「前回の大侵攻の際、初代魔王殿の尽力により、我が領は壊滅を免れたと聞く。以来、我が領と魔王国は友邦となり、良好な関係を築かせてもらっているな。今回の防衛戦でも、魔王国から提供を受けた銃火器が戦力の要となるだろう」


 ザリークで聞いた話では、遠距離の敵は対空機関砲や爆火石を撃ち出す装置(迫撃砲?)で。

 中距離の敵は、小銃や弓、魔法師団による攻撃魔法。

 近距離の敵は、騎士や兵士による剣技や魔法剣で攻撃する、というのが、ノートバルトの防衛戦の戦い方であるらしい。


「そのことなんですが……」


 クロフトは協力を申し出る。


 魔石と魔法石へのオーバーチャージ。

 更に防衛戦への参加。

 ノルシュタットに移動している間に、四人で話し合って決めたことだった。


「だが、構わないのかね? 彼らは魔王国にとって重要な客人なのだろう?」


 辺境伯はちら、と誠治と詩乃に目をやり、腕を組んで問いかける。


「だからこそです。仮に今ここから逃げたとしても、大侵攻から逃げきれないかもしれない。ノートバルトから出た瞬間に、王国の刺客に殺されるかもしれない。であれば、多くの味方とこの町で共に防衛戦に参加する方が、かえって生き残るチャンスがあるかもしれないと考えました」


 誠治の莫大な無属性魔力、詩乃の探査能力と未来視は、ノートバルト辺境伯軍にとって強力な支援となるだろう。


「分かった。我々は君たちの防衛戦参加を歓迎する。ただし、自分の身は自分で守ってくれ」


「分かりました」


 誠治たちは頷いた。


「他に、何か要望はあるかね?」


 辺境伯の問いかけに、クロフトが誠治を振り返る。


「それなら……」





「こりゃすごいな」


 城の武器庫に案内された一行は、そこに並べられた物を見て絶句していた。

 武器庫の中には、刀剣や槍、弓などと一緒に、様々な銃火器と弾丸が並んでいたのだ。


 一番数が多いのが、単発式の小銃。

 その他、数は少ないものの、一発で子弾をバラ撒くショットガンらしきもの。

 爆火石を撃ち出すと思われる迫撃砲らしき火器や、ザリークで見た対空機関砲なども並べられていた。


「どれでも好きなものを持って行っていい。弾も必要なだけ持って行け。……と、兄が言っていたわ」


 辺境伯によく似た赤髪を後ろで短くまとめたローブ姿の少女が、不機嫌そうに武器庫の扉の横に立ち、そう言った。

 やや小柄ではあるが、顔立ちは鼻筋がとおり、立ち姿もきれいなので、とても存在感のある少女だった。


「ありがとうございます。テレーゼさん、でしたっけ?」


 誠治が礼を言うと、テレーゼはその整った顔を顰めた。


「礼を言われる筋合いはないわ。私はお兄様からあなたたちを案内するよう言われたからここにいるだけ。一つ言っておくけど、私はあなたたちを信用している訳ではないわ。魔王国の身分証を持っていると聞いたけど、どう考えても素性が怪しすぎる」


 なにせ王国が秘密裏に召喚した勇者と、その逃亡を助ける魔王国の護衛である。

 自分が相手の立場でも「つくならもう少しマシな嘘をつけ」と思うだろうな、と誠治は思った。


「なるほど。それはごもっともです。……なんというか、申し訳ないですね」


「いちいち謝るな。っていうか、話しかけるな」


 誠治の謝罪に、テレーゼはイラついたようにボソボソと呟き、ぷい、とそっぽを向いてしまった。


 ふと詩乃と視線が合う。

 誠治たちはお互い首を竦めたのだった。




 武器庫では、誠治とクロフトが武器を選んだ。

 クロフトは予備の弓と矢を。

 誠治は二丁の小銃を選んだのだった。

 ラーナは誠治と詩乃の補佐兼護衛なので、いつもの武器で。

 詩乃は気配探知と未来視、最悪の場合は空間障壁に集中する。


「本当は、サブマシンガン的なものがあると良かったんだけど……」


 誠治の言葉に、他の三人は首を傾げた。

 サブマシンガンが何か分からなかったのだ。


 小脇に抱えて使用でき、取り回しの良いサブマシンガンは、人間よりも機動力の高い魔物相手には有用な武器と思われた。


 が、ないものは仕方ない。

 誠治は取り回しが良く、かつ自分が使って射程と威力が伸びるものをチョイスしたのだった。

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