第62話 逃げる前にできること
「それは、間違いないのですな?」
頑丈そうな古い事務机の向こうで、白髪の老人が静かに、だが鋭い目で誠治たちに問うた。
「にわかには信じられない話ですが……」
老人の横に立つ若い騎士が眉を顰める。
クロフトはそんな二人の視線に怯むことなく、老人……ノートバルト辺境騎士団ザリーク守備隊隊長ガンドルムに答えた。
「間違いありません。シノは異世界より召喚された星詠みの勇者。魔王様を除けば世界最高の星詠みです」
ここは城塞都市ザリークの北辺に位置する要塞の一室。
誠治たち四人は要塞の入口で魔王国の関係者であることを証明する魔法具を見せ、司令官のガンドルムに大侵攻発生の警告に来ていた。
「ですが、大侵攻(スタンピード)の前には予兆があるはず。今までに魔物の異常行動は報告されていません」
若い騎士……副官のマキシムが反論する。
「その点はなんとも言えません。私に言えるのは、シノの力が本物であり、彼女が大侵攻を予知している、ということだけです。私たちは魔王国と貴領との盟約に基づき、古い友人に危険を知らせに来たに過ぎませんから」
「ふむ…………」
老将は顎に手を当て考えこむと、ややあって詩乃を見た。
「お嬢さんや。一つ頼みがあるんだが」
「は、はい! なんでしょうか?」
詩乃は緊張でガチガチになりながら訊き返した。
数分後…………
「うわああああ!!」
目を閉じて立ち尽くしていた副官のマキシムが、突然叫んだ。
「むう…………」
老将ガンドルムも閉じていた目を開け、座ったまま唸る。
詩乃がメンタルリンクを使い、近い未来に二人の身に起こることを、ビジョンとして見せていたのだ。
「はぁ、はぁ……」
四十時間近く先の未来視を行なった詩乃自身も、かなり消耗してしまい、肩で息をしている。
「……ありがとう、お嬢さん。そこのソファを使っていいから、休みたまえ」
ガンドルムは、孫ほど年が離れた少女に掛けるように声をかけた。
詩乃はその言葉に甘え、ソファに腰掛ける。
ガンドルムは息を整えて言った。
「君たちを信じよう。すぐに住民たちをノルシュタットに避難させる」
カーン、カ、カーン
城塞都市ザリークに、避難を知らせる鐘の音が鳴り響く。
通りに溢れる喧騒と避難する人びと。
街路には守備隊の兵士たちが立ち、人びとを誘導している。
「思ったより混乱はないようですね」
要塞の城壁通路から街を見下ろしていたクロフトが言った。
「年に二回、避難訓練をしているからな。訓練の賜物さ」
横に立つ副官のマキシムがそれに答える。
元々ザリークは、大侵攻に備えて作られた城塞都市だ。
その街の性格上、避難訓練や迎撃訓練は定期的に行っている、と彼は言った。
ノルシュタットまでは徒歩で二日、馬車で一日。
約一万人の住民たちの領都への避難は、ギリギリで間に合う見通しだった。
もちろん道中は五百名の騎士・兵士たちが彼らに同行する。
「しかし、これはすごいね」
誠治は傍らに設置されたものを、興味深そうに観察していた。
マキシムは眉を顰める。
「それが何か分かるのか? 一応、我が領の秘匿兵器なのだが」
「ああ、多分ね……」
言いながら誠治はいろんな角度から観察する。
それは不思議なオブジェだった。
金属製のつぶれた三脚のような土台に円盤が載っていて、さらにその上にはイスが固定されている。イスの前には二枚の盾のようなものがあり、その隙間から全長二メートルほどの鉄の筒が伸びていた。
「おじさま、これは何ですか?」
傍らの詩乃が尋ねると、誠治は腕を組みながら答えた。
「多分、高射機関砲だと思うよ」
「コウシャ……?」
首を傾げる詩乃。
「ああ、ごめん。要するに、空の敵を撃ち落とすための機関銃だよ。多分これでワイバーンなんかを狙うんじゃないかな?」
誠治はポリポリと頭をかいた。
二十口径ほどのその機関銃は、元の世界にあったものと似た形をしていたが、いくつか特徴的な違いもあった。
まず、上から差し込まれた弾倉(マガジン)が細長い。つまり弾の全長が短かった。
理由は簡単で、薬莢が必要ないからだ。
こちらの銃は火薬を使わず魔法式により空気を破裂させて弾丸を飛ばす。そのため薬莢の必要がなかった。
次に、機関部の右側に、赤く光る魔石が十個埋まったカートリッジが刺さっている。
弾を打ち出すパワーソースとして、また銃座を動かす回転機構の動力として、魔力を使う仕組みであることが見てとれるのだった。
「でも、なんでこんなものが剣と魔法の世界にあるんだろうね?」
誠治は首を傾げた。
「魔王国が拠点防衛用に秘密で提供したんですよ。この大きさでは、気軽に戦場に持ち運びすることもできませんし、ヒト族の国々に与える影響も限定できる、と判断したそうです」
「詳しいね」
誠治のツッコミに、バツが悪そうにするクロフト。
「一応、情報機関に籍を置いてますので。……念のため言っておきますけど、僕がペラペラ喋るなんてのはほとんどないことなんですよ?」
「……本当?」
ラーナのツッコミに、クロフトが心外そうな顔をする。
「本当です! あなたまで何てこと言うんですか?! セージとシノには何も隠さなくていい。疑問があればできるだけ説明するように。というのが、上からの指示なんです。……さて、おしゃべりはこのくらいにしましょう。誠治はチャージをお願いしますよ」
「ああ、そうだったな」
誠治は対空機関砲にくっついている魔石に手を触れ、魔力を注ぎ込む。
魔石は一瞬で眩い光を放ち始めた。
「これは……すごいな」
その様子を見ていたマキシムが呟く。
「よし。次、行ってみよう!」
思わぬ形でこの世界の兵器に触れることができ、機嫌を良くした誠治は、そう叫んだのだった。
その日、誠治たちは砦に滞在し、夜までかけて守備隊が保有する全ての魔石と魔法石をオーバーチャージしてまわった。
ちなみに例の高射機関砲は、北側に三基、南側に一基が配備されていた。
誠治は体力的にはキツかったものの、魔力自体にはまだまだ余裕があり、その様子にクロフトは呆れ、ラーナは羨ましそうに彼を見るのだった。
誠治たちは翌日には領都ノルシュタットに出発する。
同行するのは、マキシムたち若手の騎士と兵士、魔術師、約千名。
城塞都市ザリークにはガンドルムたち老兵や家族のいない者、五百名ほどが残り、魔物を迎え討つことになった。
彼らは死兵だった。
魔物たちを少しでも足止めするための、死を前提とした戦いを待つ兵士たち。
住民の避難と同時に、領内の各拠点には早馬が走り、大侵攻の発生を伝えている。
彼らが僅かでも魔物たちをこの街に張り付けることができれば、その分、領都ノルシュタットの防衛戦力が充実するのだ。
ともに夕食をとる彼らは明るかった。
ここで皆を護るため命を散らせるなら本望だと。
むしろザリークを去る若手騎士たちの方が落ち込んでいた。
彼らはマキシムを代表にして、自分たちも街に残るとガンドルムに直談判したのだが、ガンドルムは首を縦には振らなかった。
曰く「お前たちはノルシュタットで民と家族を護れ。ここは老兵と身寄りのない者の戦場なのだ」と。
その晩、ザリークの北門に十名ほどの客人が現れた。
彼らは旅人の格好をしていたが、魔王国の身分証を提示し、誠治たちを護衛するために来た軍人であることを告げた。
彼らは言った。
「森の様子がおかしい」、「魔物はおろか、普通の動物さえ見なかった」と。
彼らの話を聞いたガンドルムは『大侵攻(スタンピード)の予兆』を確信した。
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