第61話 大侵攻(スタンピード)
「うわぁあああ!!!」
誠治はベッドの上で飛び起きた。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
自分の手を見る。
暗闇の中でうっすらと、両手がガクガク震えていた。
その震える手で、おそるおそる自分の首筋を触る。
…………大丈夫。まだ繋がっている。
ぜいぜいする息を整え、震えながらため息を吐いた。
「…………なんて夢だ」
リアルな夢だった。
射撃の感覚が、首を掻き切られる感覚が、体に残っていた。
ふと窓を見る。
木製の窓の隙間から、薄明かりが射していた。まだ空が微かに白んでいる頃だろう。
ガタ、と、隣の部屋から物音が聞こえた。
廊下から見て、右隣が詩乃、左隣がクロフトの部屋だ。
今の物音は詩乃の部屋からだ。
ひょっとしたら……。
予感のようなものを感じ、誠治はベッドを抜け出して部屋の出入口へ行くと、扉を開いた。
誰もいない廊下。
だがすぐに隣の部屋の扉が開き、寝間着姿の少女が姿を現わす。
「…………おじさまっ!!」
涙で頰を濡らした詩乃は、誠治の顔を見るや駆け寄り、その胸に飛び込んで来たのだった。
間もなく、詩乃の右隣の部屋と、誠治の左隣の部屋の扉が開き、ラーナとクロフトが姿を見せた。
「夢のことだよな?」
誠治の言葉に、皆が頷く。
「とりあえず僕の部屋で話そうか」
こうして四人は、未明から誠治の部屋で話し合うことになった。
「完全に一致しますね。……視点が違うことを除けば」
クロフトがため息をついた。
四人はツインのベッドに二人ずつ腰かけ、向かい合って話をしている。
「詩乃ちゃん、あれってやっぱり『未来視』?」
誠治は隣に寄り添い、誠治の腕にしがみついている詩乃に尋ねた。
「…………明後日の朝、だと思います」
詩乃は誠治の腕に顔を寄せたまま、呟くように言った。
「無意識に未来視をメンタルリンクで共有したんだろうな」
誠治は二度目だが、ラーナとクロフトはあそこまで長い未来のビジョンを見るのは初めてだろう。
「……襲撃まであと四十八時間ほど。街から逃げ出す時間はあるけど、あの数相手に逃げ切れるかな?」
誠治は空を埋め尽くす魔物の群れを思い出していた。
「クロフト、そもそも大侵攻(スタンピード)って何なんだ?」
誠治の問いに、向かい側に座ったクロフトが口を開く。
「大侵攻(スタンピード)は、数百年に一度起こると言われる魔物の大暴走です。一度発生すれば殲滅しない限り進む先々で雪だるま式に膨れあがり、近くの街を襲撃する。過去にいくつもの街が魔物の群れに呑まれ、一度に複数の国が滅びた例もあります」
過去の大侵攻は、全てヴァンダルクの『深淵の大樹海』かパルト・セラバール南方の『原始の大樹林』のいずれかが起点となっていた。
詩乃のビジョンでは、大樹海のほとりにあるこのザリークが襲われていた訳で、つまり今回は大樹海が発生の起点ということなのだろう。
いつもは冗長なクロフトの説明が、今はありがたいと感じる一同。
誠治は浮かんできた疑問を口にする。
「何か対策はないの?」
クロフトは一瞬、きょとんとした顔になり、その後苦笑した。
「対策は、あなたたちですよ。『勇者召喚』がその答えです。パルミラから教わりませんでしたか?」
そういえば、と誠治と詩乃は振り返る。
大陸内の各国が協力して勇者召喚を行う数少ない事例。
その一つが大侵攻だった。
「大侵攻の前には、必ず予兆があると言われています。魔物の目が赤くなったり、共喰いを始めたり、群れごとぱったり姿を消したり。その予兆から約半年ほどで始まる、というのが、これまでの大侵攻でした」
半年の間に各国で協力して勇者たちを召喚し、鍛える。
それがこの千年間、大陸で行われてきた大侵攻への対策だった。
勇者の力は凄まじく、その魔法は一発で数百の敵を葬り、ドラゴンを滅することもあったという。
「ですが、今回はなんの予兆もなく始まってしまいそうですね。幸か不幸か既に勇者は召喚されてますが、戦力としては修行の時間が足りないですし、王都ヴァンデルムから呼び寄せてもノートバルト領の防衛には間に合わないでしょう」
つまりノートバルトは、現有の常備戦力でなんとか対処するしかない。
それは絶望的な戦いを意味していた。
「大侵攻が迫っていることを騎士団に急ぎ伝えなければなりません。僕らの話をどこまで信じてくれるかは分かりませんが」
「この領は、星詠みも部隊に配属されてるんじゃなかったっけ?」
誠治は首を傾げた。
「もちろんそうですが、二日も先のビジョンを見られる星詠みなんて、シノと魔王様くらいです」
普通の星詠みは、せいぜい数秒後の未来を見られるに過ぎない。
そういう意味では詩乃はまさに破格だった。
「まぁその話は置いておきましょう。ひとつ大事な問題は、騎士団に通報した後、僕らは一体どうするか、ということです」
クロフトの言葉に、首を傾げる誠治と詩乃。
「逃げるんじゃないの? 未来のビジョンでは逃げてたよね?」
「はい。皆で逃げてました」
誠治の言葉に詩乃が頷く。
そのやり取りにクロフトは首を振った。
「確かに夢の中では逃げてましたし、あの状況ではそれが一番マシな選択だったのは間違いありません。既に飛行型の魔物が街に侵入してましたから。ですが、今まだ時間に余裕がある状態で逃げるのが果たして得策かどうか」
「どういうこと?」
三十六計逃げるに如かず、ということわざを思い出しながら誠治が尋ねると、クロフトは二つの理由を挙げた。
「逃げ切れる保証がない、というか、まず逃げ切れないから、というのが一つ。もう一つは、魔王国への道が大樹海の中にある関係で、どちらにしろ魔物が鎮まるまでは通ることができないからです」
つまり、逃げても追いつかれる。逃げる場所もない。ということだった。
「ちなみに逃げる以外の選択肢は?」
「この街ザリークで防衛戦。南にある領都ノルシュタットで防衛戦。この二つを加えた三択でしょうね」
誠治とクロフトは頭を抱える。
そんな中、ラーナが一人呟いた。
「……お腹すいた」
既に外は空が白み始めているようだった。
一行は、すでに起きていた宿の主人に頼んで食堂で早めの朝食をとり、その後、騎士団の詰所を訪ねることにしたのだった。
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