第60話 四十九時間後 (後編)

 

 宿を出て三十分足らず。

 四人は街の南門にたどり着いていた。


 そして先に進めなくなった。

 門の周囲には、黒焦げになった人間の死体が無数に折り重なり、何十匹ものワイバーンとハービーがその死体の山に群がり貪っていたのだ。


 肉の焼ける嫌な臭いが、誠治たちの鼻をつく。


「追い詰められ、門に殺到したところを焼き殺されたんでしょうね」


 クロフトが、顔面を蒼白にしながら呟く。

 四人は裏路地から門の様子を窺っていた。




「他に抜け道とかは?」


 誠治の質問に、クロフトは首を振る。


「この街には、東西南北にそれぞれ門があります。が、それだけです。北門は魔物の進入を防ぐため封鎖されているでしょうし、南がこの有様では東西の門も似たような状況でしょう」


「つまり、あいつらを突破するしかない訳だ」


 誠治は手元の銃を見た。


 持ってこれた弾はせいぜい百発。なんとか足りるだろうか。

 だが、殲滅速度が間に合うかどうか。


「やるしかない、か」


 迷っている暇はなかった。

 グズグズしているうちに敵は増える。時間は敵の味方だった。


「ここから攻撃しよう。僕とクロフトが前で射撃する。クロフトはハービーを、僕はワイバーンをやる。詩乃ちゃんは僕の後ろで支援。ワイバーンが火炎を放って来たら空間障壁(バリア)をお願い。ラーナは後方と空の警戒を頼む」


 誠治の言葉に全員が頷く。


「それじゃ、いくよ」


 こうして後のない戦いが始まった。




 誠治の銃がワイバーンの頭を吹き飛ばし、クロフトの弓がハービーの首を串刺しにする。


 門の前に、少しずつ魔物たちの死骸が積み上がってゆく。


 五、六匹倒した頃、魔物たちは自分たちが攻撃を受けていることを知り、次々と空に舞い上がった。


「ちっ!!」


 誠治は舌打ちする。


 敵は高速で空中を動き回り、未来視のサポートがあるにも関わらず、狙いを定め難くなった。


 そして射撃の間隙を縫って襲い来るワイバーン。

 一匹が大きく口を開け、四人に迫る。


「詩乃ちゃん!!」


「はいっ!!」


 一瞬で空中に空間障壁(バリア)をつくり、火炎を防ぐ詩乃。


 バリア解除とともに、誠治がそいつを撃ち落とす。

 連携はそれなりに機能していた。




 状況が動いたのは、誠治たちが二十匹程を屠った時だった。


 バラバラに攻撃しては詩乃によって防がれていたワイバーンたちが、イラついたように辺り構わず炎を吐き始めたのだ。


「あ、熱っ!!」


 誠治が後ろに下がる。


 火炎は誠治たちが引きこもっていた路地の周囲の建物を舐め、煉瓦を溶かし、周囲の気温を一気に上げた。


「ふ、防ぎきれません!!」


 詩乃が悲鳴をあげる。

 もはや限界だった。


「後退しよう!」


 誠治の言葉に、再びラーナが先頭になり、逆方向にかけ始めた。

 が…………


「……追って来る!」


 彼らに狙いを定めた魔物たちは、上空から執拗に四人を追撃してきた。




 何度角を曲がっただろうか。

 ついに行く先がなくなり、ラーナは大通りへ出てしまった。


 向かいの路地を目指して通りを駆け抜ける。


「右から来ます!」


 クロフトの叫び声に詩乃が振り向くと、大口をあけてワイバーンが迫って来ていた。

 口の奥に炎がチラつく。


 咄嗟にバリアを張る詩乃。

 四人の足が止まった。


 ガン!


 バリアに突っ込み、落下するワイバーン。

 誠治がトドメを刺そうと銃を向ける。


「セージ! 後ろ!!」


 ラーナが叫び、誠治がふり返ろうとした瞬間。


 首に衝撃が走り、誠治の視界は回転した。


 赤い空。

 遠ざかるハービーの羽。

 首から赤い液体を噴き出しながらフラフラと倒れる、頭のない自分の体。

 口を押さえ、悲鳴をあげる詩乃。

 その頭に背後から喰いつくワイバーン。

 噛み切ろうとする度、何度も地面に叩きつけられる詩乃の体。

 視界を覆い尽くす赤い炎。

 火達磨になり、石畳の上をのたうち回るクロフトとラーナ。

 群がるハービーとワイバーンたち。


 ……ああ、また失敗した。

 誠治の意識は、そこで途切れた。

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