第58話 ノートバルト辺境伯領

 

「奴らを見つけただと!!」


 ヴァンダルク王・ラルスは、執務用の豪奢な机に、だん、と両手をつき、身を乗り出した。


「……は。おそらく間違いないかと」


 慇懃に立礼するローブの男、ゲルモア。


 部屋の隅に控えている家令のペネトは、苦々しい顔でゲルモアを睨んでいる。




「それで、どこにいたのだ!? 」


 興奮で唾を飛ばすラルス王。


「最初に発見したのは、王都の北西にあるミゼット子爵領です。その時は不明な勢力として把握しましたが、追跡する中で、加護なしと星詠み、それに護衛と思われる商人と少女の一行だと確認できました。彼らは馬車で小領の小さな街や村を経由し、北に向かっているようです」


「北だと?」


「左様にございます。移動速度を考えれば、今頃はノートバルト辺境伯領に到っている頃かと」


「あの小憎らしい若造のところか!! また厄介な場所に……」


 王は頰をピクピクと引き攣らせ、吐き出すように言った。


「陛下、私から一つご提案があるのですが」


 ゲルモアは微かに口角を上げ、王に囁いた。





 ノートバルト辺境伯領はヴァンダルク王国最北に位置する広大な土地である。

 領地の北側は深淵の大樹海を挟んでカンタルナ連合魔王国と隣接し、西側は山脈を挟んでパルト・セラバール帝国と接している。


 領内は肥沃な土地が広がり農業が盛んだが、ノートバルトを代表する産品は農産物ではない。


 歴代の領主が、魔法学院を設立するなど魔法研究を振興してきたことから魔法石や魔道具の製作が盛んであり、北西部のポレンタ鉱山から産出する高品質な魔石と合わせ、ヴァンダルク王国最大の魔道具の供給源となっている。




「……というのが、表向きの説明ですね」


 もはや恒例となったクロフトのドヤ顔説明に、ややゲッソリする他の三人。


 ここは深淵の大樹海の際に造られた街、城塞都市ザリーク。その宿屋の一室である。


「何、その『表向き』ってのは」


 つっこみを待つクロフトに、誠治が生暖かい目で尋ねてやる。

 スルーしないその優しさに、詩乃は曖昧な微笑みを浮かべ、ラーナは表情を変えず見守った。




「先ほど言ったように、このノートバルト領では多くの魔法石・魔道具を売っています。特にこの街の南にある領都ノルシュタットでは多くの魔道具店が軒を連ね、使える魔道具から一発芸にしか使えないクズアイテムまで取り揃えており、さながら魔道具の見本市のような光景です」


 なるほど、と誠治が相槌を打ち先を促す。


「では、それらの大量の魔道具はどこで作っているのか。実は領都ノルシュタットには魔道具の工房はありません。魔道具関連の工房は、魔石鉱山がある鉱山都市ポレンタに集められています」


「それ、工房を構えるのに、場所の制限があるってこと?」


 誠治の問いにクロフトが頷く。


「はい。ノートバルトの領主は技術流出を防ぐため、魔法石・魔道具の工房を持つ場合、鉱山都市ポレンタの第二層、出入口が一つしかない警備の厳しいエリアに限って工房を構えることを認めているんです」




「あの、すみません。第二層って……?」


 詩乃が小さく手をあげる。


「鉱山都市ポレンタは、切り開かれた鉱山を中心に、扇型に街が広がっています。中心の第一層が発掘現場。それを囲うように第二層の工房街。その外に第三層の住宅街が広がっています。発掘現場と工房街は、関係者以外立ち入り禁止です。さて、製作された魔道具は工房街から専用のトロッコで第三層に出荷される訳ですが、目ざとい人ならその量が、工房の規模と数に比べて多過ぎることに気づくでしょう」


「つまり、他所から持ち込んだものを、あたかもそこで作ったようにして出荷している、と」


「ええと、それってどういうことですか?」


 首を傾げる詩乃に、誠治が説明する。


「つまり、こっそり魔王国製の魔法石や魔道具を輸入して、自分のラベルをつけて国内向けに売ってる、ってことだと思うよ」


「ご明察です。代々ノートバルト辺境伯とカンタルナ連合魔王国は、魔王国建国以来、協力関係にあります。ちなみに僕らもこの領経由で王国に入ってるんですよ」




「領主もよくやるなぁ。王国にバレたらヤバいだろうに」


「まぁ、バレてるでしょうね。さすがに」


 しれっとそんなことを言うクロフト。


「いやいやいや。それって問題にならないの?」


 誠治の質問に、クロフトはうん、うんと頷く。


「王国としては、問題にしたくてもできないんですよ。ノートバルト辺境伯は王国の最大戦力です。北の魔王国と繋がり、西のパルト・セラバールに睨みをきかせている。下手にケンカを売ると、色んな意味で国が滅びます」


「うわぁ……」


 誠治の顔が引き攣る。

 つまりこの領は、王国の目の上のたんこぶなのだ。


「という訳で、ここまで来ればとりあえずひと安心です。辺境伯は、王国も五精霊教の勢力も抑えていますし、配下の騎士団・魔法師団には星詠みも配属されています。あなたたちの命を狙う者も、容易に近づくことができませんよ」


 クロフトの言葉に、顔を見合わせる誠治と詩乃。

 誠治は詩乃に頷いてみせた。




「それで、僕らはどのくらいこの街に逗留することになるのかね?」


「ノートバルトに入ってすぐ、魔王国に状況報告を出しました。この街に着いて魔王国の出張所に顔を出したら返事が来てまして、早ければ二、三日で護衛が到着するようです。今まで気を張った旅を続けて来ましたし、それまではせいぜいゆっくりしてましょう」


 クロフトのお気楽な言葉に、どこかほっとした誠治と詩乃だった。

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