第57話 星詠みと死霊使い
「死霊使い(ネクロマンサー)か」
「おや、ご存知ですか?」
クロフトが驚いたように誠治を見た。
「いや、僕がいた世界の、物語の中の存在だよ」
「そうですか。……この世界の死霊使いは、極めて少数ですが実在の存在です。もっとも五精霊教のせいで色々と噂と曲解と迷信に彩られていますが」
「また五精霊教か」
「はい。また五精霊教です。最もひどい誤解は、星詠みは死霊使いである、というものですね。人族の国で星詠みが忌み嫌われているのは、未来が見える、他人の感情を読める、など色々な理由がありますが、一番大きな理由は五精霊教によって『星詠みは死者を操る』という迷信が信じられていることにあります」
確かに詩乃は、死んだ盗賊の感情を感じ取れる、と言っていたが。
「死者の残留思念を見ることができる。故に、死者を操るに違いない。そう結びつけたんでしょうね。彼らが星詠みを『闇の精霊の加護』としているのも、そこから来てるのかもしれません」
「迷信、てことは、実際は違うんだよな?」
釘をさすように確認する誠治に、クロフトは頷いた。
「魔王国では、星詠みは『時間と空間に干渉する力を持つ者』とされています」
「時間と空間ね。……なんとなく分かる気もするけど、それでなんで死者の残留思念を見ることができるのかね?」
時間や空間がどちらかというと科学的な概念なのに対し、残留思念なんてのはオカルトの範疇に思える。誠治には両者にかなり距離があるように感じられた。
「我々は、生物の思考や感情、思念といったものは、肉体があるこの空間とは少しだけずれた別の空間、別の次元にあるか、この空間自体の微かな揺らぎのようなものではないか、と考えています」
「そりゃあまた、突飛な発想だな」
「そうでしょうか? 我々の思考や感情は、確かにここにあるはずなのに、目には見えないし、触ることもできません。しかし、それを視覚として見ることができる者がいます。彼らは未来や過去を見、空間を操作することができる。であれば、逆説的ですが、我々の思念自体が時空間に関わるものだと考えてもいいんじゃないですかね?」
「……可能性は否定しないけどね」
「まぁ、魔王国の研究も想像の域を出ていないのは確かです。が、残留思念が見えることについては、多少説明できるかもしれませんよ」
「もったいぶらずに言いなさい。あまりおじさんを焦らすんじゃありません」
どんなキャラですか、とツッコミを入れるクロフト。
もうひと月も一緒に旅をしているからか、最近は友人のようなやりとりをすることが増えた。
「……まぁいいです。残留思念ですが、あなたが『未来視』と呼んでいる星詠みの力にヒントがあるのでは、と我々は考えています」
「というと?」
「知ってますかね。あの力で見ることができる『過去・未来』は、術者がその場にいる時間に限られる。つまり、術者がその場にいない時間のことは一切見えないんですよ」
「ちょ、ちょっと待った」
誠治はクロフトを手で制し、最初に詩乃が未来視を使った時のことを思い出してみる。
あの時は十五分ほど先の未来に、メイド暗殺者が襲って来るビジョンを見たのだった。
振り返ってみれば、あれが詩乃が見た一番遠い未来で、その後は戦闘の時にせいぜい数秒先を見ていたに過ぎない。
確かにどちらの場合も、詩乃はその場に居続けた。
「言い方を変えれば『未来視』は、その場所にある過去や未来の自分の意識に、今の意識を接続して見る能力な訳です。で、あれば、です。その場所にかつて存在した他者の感情・思念を見ることができてもおかしくないと思いませんか? 何せ星詠みは、限定的ではありますが時間に干渉することができるんですから」
「なるほど……。それが星詠みが見る残留思念の正体、という訳か」
「少なくとも僕らは、そう考えています。……話が長くなりました。まぁ魔王国には星詠みが何千人もいますが、彼らが死者を操ったという話は聞いたことがありません。星詠みと死霊使いは無関係ですよ」
「じゃあ、死霊使いってのは何なんだ?」
誠治は最初の疑問に戻って来た。
「この世界の死霊使いは、実は死霊を使いません」
「なんじゃそりゃ?」
誠治は首を竦めて見せる。
「彼らが操るのは、死体です。『新鮮な』死体に魔法石を埋め込み、死してなお動く魔物に変化させて操る禁術。その研究者であり使用者であるのが、この世界の死霊使いです」
「……さっきの死体消失に、そいつらが関わってる可能性がある訳か」
誠治の呟きに、クロフトは頷いた。
「はい。おそらくは。普通あれだけの死体を移動させようとすれば人手も馬車も相当な数がいりますが、犯人は僕らが村に報告に戻っているわずか一日のうちにそれを実行してしまいました。死体が自分で動いた、動かす術を使った者がいる、と考える方が現実的ですよ」
「なるほどね。それで死霊使いが容疑者な訳だ」
「彼らについては、魔王国の情報網で分かることもあるでしょう。帰国したら報告をあげておきます」
クロフトはそういって話を締めた。
が、実は彼には他にもいくつか気になっていることがあった。
一つ目は、死霊使いがどうやってあそこでの戦闘の事実を掴んだかということである。
戦闘後、偶然通りかかった、なんてことはないだろう。
きっと盗賊に紛れ込んでいたはずだ。
だが、クロフトたちはあの場で盗賊を全員倒したはず。
詩乃のメンタルリンクの監視をかい潜り、一体どうやってあの場から逃げおおせたのか。
二つ目は、死者の手の背後に誰がいたのか、だ。
あの盗賊団は数、質、ともに異常だった。
一般的に盗賊団は数人からせいぜい二十人以下の規模であることが多い。
人が多すぎると強盗だけでは養いきれないからだ。
にも関わらず、あの盗賊団は五十人近くの大所帯で、ハイレベルの火炎魔術師を四人も抱えていた。
ちょっとした領の騎士団か警備隊に匹敵する規模である。
間違いなく、スポンサーないし黒幕がいるはずだ。
三つ目は、黒幕の目的である。あんな小さな子爵領で盗賊を暴れさせて、なんの利があるのか。
「まぁ、僕らには直接関係ないことですが……」
クロフトはボソリと呟く。
だが彼は気づいていない。すでに自分たちが片足を突っ込んでしまっていることに。
そんなことはつゆ知らず、報告書をどう書こう、と頭を悩ませるクロフトだった。
それから二週間。
一行は時々魔物に襲われたりしつつも、北に向けそこそこ平穏な旅を続け、ついに目的地であるノートバルト辺境伯領に入ったのだった。
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