第56話 そして何十人かいなくなった

 

 盗賊たちの亡骸をそのままにしておく訳にもいかず、誠治たちは話し合った上で、前の晩に宿泊した南の村まで戻り盗賊のことを伝えることにした。


 詩乃がなるべく死体を見ないよう、目をつぶらせ、誠治が手をひいて馬車まで連れて行く。


 幸いなことに馬車も馬も無傷だったので、一行はそのまま街道を南下して来た道を戻ることになった。





「詩乃ちゃん、大丈夫かい?」


 揺れる馬車の中。

 誠治は隣に座る詩乃に声をかけた。顔色がいつもより悪そうに見えたからだ。


 目を閉じて馬車まで移動したとはいえ、目の前で行われた戦闘では、誠治たちの攻撃によって盗賊が絶命するところを目撃してしまっている。

 そのせいで気分が悪くなったのでは、と誠治は思ったのだった。


 詩乃は誠治の問いかけに、口を押さえながら首を振った。


「ちょっと、盗賊の人たちの悪意に酔ってしまって…………」


 詩乃の説明によると、人は死んでも、その感情……この場合は悪意……はその場に残り、すぐには消えない、ということだった。


「おじさま。ちょっとだけ、ぎゅっとさせてくれませんか?」


 隣の詩乃が誠治に身を寄せて来る。


「え? ええと……」


 戸惑う誠治。

 森の中での一件以来、妙に意識してしまうことが増えている。

 少し躊躇った後、


「あー、えー……うん。わかった」


 誠治はローブを広げ、包むように詩乃を抱き寄せた。

 今は詩乃を介抱する必要があるから、と、自分に言い訳をして、折り合いをつけたのだった。


 誠治に寄りかかった詩乃は、安心したのかまもなく眠りに落ちた。




「はぁ…………」


 ちょっと情けなくなり、ため息を吐く誠治。


 顔を上げると、斜め向かいに座っているラーナと目が合った。

 すぐに、つい、と目を逸らすラーナ。


「なぁラーナ」


「……なに?」


「ひょっとして、何か言いたいことあるんじゃ……」


「ない。」


 顔を背けたまま即答するラーナ。


「そ、そうか。…………そういえば、なんで今日はいつもと違う場所に座ってるの?」


 ラーナの定位置は、幌の入口から見て右奥。誠治の正面だ。

 今は右手前、詩乃の正面に座っている。


「……別に。理由なんてない」


 再び素っ気ない返事を返すラーナ。


「そうですか…………」


 誠治は、詩乃とのやり取りをキモがられたのかな、と一層気落ちしながら、ラーナの頰が朱くなっていることには全く気づかなかった。





 襲撃地点から村までは半日の道のりである。

 おかげで到着する頃にはとっぷりと日が暮れていた。


 名主の屋敷を尋ねて盗賊団が全滅したことを伝えると、名主は大いに驚いていた。

 もちろん自分たちが討伐したことは伏せ、あくまで偶然通りがかって見つけたことにしてある。

 大事にされ、王国の追っ手に見つかってはたまらないからだ。


 名主は村の男衆を募って同行させ、調査の上で死体を後始末することを約束してくれた。

 その日は再び名主の家に泊めてもらうことになり、一行は戦闘以来高ぶっていた緊張から解放され、泥のように眠ったのだった。





 翌日。

 名主の家の前には村の男衆が集まっていた。


 二十人近くいるだろうか。男ばかりで非常にむさ苦しい光景である。

 クロフトの顔が引き攣る。


「これは…………なんというか……」


「ひどいな」


 誠治もただただ首を振る。


 男たちは、村内にあった三台の馬車に分乗する。

 誠治たちの馬車を先頭に、車列を作って進む手筈となっていた。


 街道を北上すれば嫌でも目的地にたどり着くのだが、念のため同行して欲しいと名主から申し入れがあったのだ。

 目的地に着けば、そこでお別れである。


「では、出発!!」


 クロフトの号令一下、一行は、村を出立した。





 昼食後間も無く、四台の馬車は前日に誠治たちが襲撃された場所に差し掛かっていた。


「これは…………どういうことでしょうか?」


 その光景を見たクロフトは、眉間に皺を寄せる。


「ラーナ、セージ、ちょっと見て下さい!」


 クロフトの声に、まもなく二人が幌から顔を出す。


「……なに?」


「どうした。着いたのか?」


 のんきな反応を返す二人。


「ええ、着きましたよ。着いたんですけどね……」


 クロフトは前方を指し示した。


 前方に張り出した森が見える。

 誠治たちが隠れていた林だ。

 昨日と変わらず、街道は森を避けるように左に迂回している。


 別に変わったところはない。

 今まで馬車で揺られながら見てきた景色と同じ。

 何も変わったところはないのだ。


「あれ? …………死体は?」


 そこにあったはずの異常なものは、跡形もなく消え失せていた。





 結論から言えば、痕跡はしっかりと残っていた。


 消えたのは「きれいな死体」だけ。

 爆裂火球で吹き飛んだ破損の大きい死体や、盗賊たちが潜んでいた森の中の集落などは、ほぼそのままの形で残っていた。




「それでは、僕らは先を急ぎますので」


 誠治たちは後を村の男衆に任せ、出発する。


 男衆の代表は後始末を約束し、彼の指導の下で村人たちはテキパキと遺留品集めを始めるのだった。





「どこに行ったんだろうなぁ、あの大量の死体…………」


 北に向かって進む馬車の御者台で、誠治はクロフトの横に座り呟いた。


「どこに行ったのかは分かりませんが、誰がやったのかは、ある程度絞れるかもしれませんね」


「え……あれやったの、お前の知り合い???」


 クロフトの言葉に目を剥く誠治。


「いやいや、人聞きの悪いことを言わないで下さいよ。魔王国の情報網を使えば、ある程度の絞り込みができるかも、って話です」


 クロフトは首をすくめて見せる。


「多分手がかりは『きれいな死体』だけなくなってた、ってとこじゃないかと。破損した遺体が放置されてましたから、犯人の目的は死者を弔うためじゃないですよね。では、純粋にダメージの少ない死体を必要とするのは、どういう人間か……」


「医者や医学生が解剖に使うとかしか、思いつかんが」


「解剖するのに何十体も持ってく必要はないでしょう。精々、数人分で事足りるはずです」


「まぁ、そうだよな」


 誠治があっさりと同意すると、クロフトは、こほん、と咳払いして続けた。


「魔法や魔石がないセージたちの世界では考えられないかもしれませんが、この世界には死者を操る者がいます」


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