第55話 揺れる想い

 

 森の中から再び青白い光と矢が放たれ、ボルテンの背後にいた二人の魔術師が倒れた。


「「うわぁあああ!!」」


 仲間の末路を見て、あたふたと逃げようとする、残った二人の魔術師。


 が、それは叶わなかった。


 森に逃げ込んだ魔術師たちは、数歩森に踏み入ったところで、かたや頭を吹き飛ばされ、かたや首を抉られて即死してしまった。


「……逃げ場なし、か」


 ボルテンは覚悟を決め、馬に鞭を入れる。


 自分より敵に近い五人の手下は、敵に突撃をかけようとしていた。





「……はっ!」


 馬に乗り迫る賊に、ラーナはナイフを投擲した。


 先頭を走っていた男が喉を潰され、そのまま落馬する。

 だが残る四人はそのまま突撃してきた。


「詩乃ちゃん、空間障壁!!」


「はいっ!!」


 詩乃は両手を突き出し、二人目の進路正面に空間の壁をつくる。


「あぶっ!!??」


 二人目の男は馬ごと頭から見えない壁に激突し、地面に転がった。


 続く三人目はクロフトが、四人目は誠治が、弓と銃で片付ける。


 だが最後の男は、勢いを衰えさせることなく、むしろ速度をあげて誠治たちに迫っていた。


「ウルァアアア!!!」


 男が大声で喚きながら突っ込んでくる。


 その前に立ち塞がったのは、小柄なポニーテールの少女。

 ラーナは側の木を蹴飛ばして跳躍すると、ギリギリで馬を躱し、そのまま左手の短剣で相手の剣を受け流しながら、右手の短剣で相手の首を掻き切った。


 落馬する男。

 だが、男が乗った馬はそのままの勢いで誠治たちに迫って来る。


「危ない!!」


 誠治は詩乃を抱いて跳びのき、地面を転がった。


 馬は二人のすぐ横を駆け抜けてゆく。




「大丈夫ですか?!」


 クロフトとラーナが駆け寄って来る。


「なんとか、ね。詩乃ちゃん、怪我はない?」


「……だ、大丈夫です」


 詩乃は誠治の腕の中で顔を赤くして俯いた。


「……ごめん」


 ラーナが肩を落とす。


「いやいや、ラーナはちゃんと自分の仕事したじゃない。なんでも一人でやろうと……ラーナ!! 後ろ!!!」


 振り向いたラーナは、自分に迫る馬と賊を見た。


 白刃が煌めく。

 部下たちに僅かに遅れ、ボルテンが音を殺し単騎で襲撃してきたのだ。


「……くっ!!」


 ラーナは慌てて短剣を構えるが、咄嗟のことに態勢が崩れる。

 そこにボルテンのブロードソードが迫った。


 スローモーションのように振り下ろされる剣。

 その軌跡は、ラーナの首を狙っていた。

 避けようのない一撃。


 ラーナは死を覚悟した。


 ズドン!!


 ラーナは自分のすぐ真横を何かが飛び抜け、その余波で空気が渦巻くのを感じる。


 目に見えぬ何かは、ボルテンの上半身を直撃した。


「ごゔぁっ!!」


 胸と顔に強烈な衝撃を受け、ボルテンは吹き飛んだ。

 馬から叩き落とされ強かに地面に頭を打ち付けた盗賊の首領は、そのままゴロゴロ転がり木の根にぶつかって止まると、ピクリとも動かなくなる。


 一方、ラーナを狙っていた剣はボルテンの手を離れてくるくると宙を舞い、遠くの地面に転がった。


 間一髪で死を免れたラーナは、のろのろと背後を振り返る。

 その先には、片膝をつき両手で銃を構える中年男の姿があった。




「はぁ、はぁ、はぁ……」


 誠治はバクバク打ち続ける心臓の音を聞きながら、発砲したままの姿勢で固まっていた。


 賊を撃ち、直後に詩乃を抱えて地面に転がっていた誠治に、弾を込めている時間はなかった。

 だから魔力を一瞬でフルチャージするとそのまま引き金を引いたのだ。つまり空砲である。


 空砲の状態でも近距離であれば空気弾を叩き込めることは、トーリの家で試射した時に体験していた。

 誠治は咄嗟にそれを思い出し、結果としてラーナの命を救うことができたのだった。




 ラーナは誠治を見つめる。


 うだつの上がらなそうな、運動不足の中年男。

 いつも曖昧な笑みを浮かべてヘコヘコして、男性としての魅力なんてとても感じられないおっさんである。


 だが今、自分の命を救ってくれたのは、他ならぬ彼だった。彼に助けられたのは今回だけじゃない。

 さっきの馬の突進の時も、森の探索の時も、彼女のミスをフォローしてくれた。


 ここのところ自分はミスしてばかりだ。

 体格差や武器の問題で仕方ない面もあるだろうが、今回は明らかに自らの油断が命の危機を呼んでしまった。

 誠治に「訓練不足」などと偉そうなことを言える立場ではなかった。




 ラーナはふらふらと誠治に歩み寄る。


 もちろん今度はちゃんと探査イメージを確認してからだ。

 敵は、もういなかった。


「…………セージ」


「ん?」


 誠治は汚れたズボンを、パンパンと手で払いながら立ち上がった。


 ラーナは視線を下に彷徨わせながら、呟く。


「…………あ……ありがと」


「……怪我はない?」


 誠治の問いに、小さく頷くラーナ。


「そうか。それは良かった!」


 ラーナが顔を上げると、誠治が笑顔で彼女を見ていた。


 ラーナは、なぜか自分の顔が熱くなるのを感じ、くるりと身を翻すと背中を向け、誠治から離れたのだった。





「あれは一体、何なんでしょうね」


 盗賊の拠点があった場所から一キロほど離れた森の中に、場違いな黒ローブの男が佇んでいた。


「遠距離で正確に当ててくる飛び道具。風属性で強化された矢。それにあれは……空間魔法?」


 男は片眉を顰めると、首をかしげるようにして右手を挙げた。

 その腕に嵌められた腕輪から、波のように空間の揺らぎが広がる。


「なんにしろ、大切な駒を四つも失ってしまいました。導師様になんと報告したものか」


 男の呟きは、その姿とともに、風に揺れる木々のざわめきの中に消えた。


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