第54話 空間障壁

 

「クソねずみどもめ……。炙り出してやる」


 ボルテンは部下たちに全力突撃をさせる一方、『上』から借り受けている魔術師たちには「森の張り出しを焼き潰せ」という指示を出していた。


 突撃は目くらましである。

 敵は森に潜んでいる。

 正面から襲って来ないのは、こちらより戦力が少ないからだ、とボルテンは見抜いていた。


 目論見は成功しつつある。

 爆裂火球によって森は燃え始め、突撃を仕掛けていた部下たちは森の手前で待機しているが、敵からの射撃は止んだままだ。

 もう少しすれば、敵は森から飛び出して来るだろう。


 ボルテンは魔術師たちに火球の第二射を命じると、口元を歪めた。





 誠治たちの目の前には、炎の壁が迫っていた。

 いや、迫っている、というのは正確ではない。

 炎が見えない壁によって遮られている、と言った方が正しかった。


「詩乃ちゃん、いけそう?」


 炎に向かって両手をかざし、まるで押し留めるかのような立ち姿の少女は、眉を寄せ、首を振った。


「壁は作れてますが、燃えてるところ全部を包むのは私だけではちょっと厳しいです」


 詩乃は星詠みの力で目の前の空間を局所的に歪ませ、炎を防ぐ壁を作っていた。


 火球が爆発して目の前が火事になった時、とっさに空間修正の力を利用することを閃いた誠治が、詩乃に頼んで作ってもらった壁だった。


 それでとりあえず炎は防げているものの、横から燃え広がるのを防がなければ、いずれ火と煙にまかれてしまう。

 そこで誠治は、燃えている空間を歪ませて周囲から絶縁することを考えた。


 だが、詩乃は自分の力だけでは無理だと言う。


「魔力が足りません。おじさま、お手伝いお願いできますか?」


「わ、わかった」


 先日のことが頭をよぎり、一瞬躊躇する誠治。


「えっと……これでいいかな?」


 誠治は詩乃の肩に両手をかけ、魔力を注ぎこむイメージを描く。が……


 パシッ


 静電気が走ったかのように、何かに手が弾かれた。


「あれ???」


 首を傾げる誠治。


「…………おじさま? 横着せず、ちゃんとこの間みたいにぎゅっとして下さい」


 詩乃がぷくっと頰を膨らませる。


 手を弾かれたのは、どうやら詩乃が魔力の受取りを拒否したのが原因のようだった。


「あーー、うん。わかった…………」


 誠治は奥さんから「気が利かないなぁ」と言われた旦那のような情けない顔をして、後ろから抱きしめるように、詩乃のかざした両手に自分の手を重ねた。


「……んっ!」


 誠治の温もりに、流れ込む魔力に、艶っぽい声を出す詩乃。


 彼女が作り出していた壁は、みるみるうちに大きくなり、あっという間に燃えている木々を覆った。


「…………えい!!」


 詩乃のかけ声とともに、それは完成する。


「これは…………」


 クロフトが絶句する。


 例えるならそれは、巨大な金魚鉢だった。

 空間が歪み、レンズを通したように風景が歪んで見えている。

 燃える木々は、その金魚鉢の中にあった。


「これで、延焼は防げ……」


 誠治が言いかけた時、ラーナが叫んだ。


「二発目がくる……!」





「なんだありゃ?」


 ボルテンは顔をしかめた。


 魔術師たちが火球の第二射の詠唱に入っている間に、順調に燃え広がりつつあった森に異変が起こっていたのだ。


 燃えている木々の辺りだけが、妙に歪んで見える。

 まるで透明な膜のようだった。

 そしてその膜が、周りへの延焼を防いでいた。


「あんな魔法、見たことねぇぞ」


 ボルテンは今でこそ盗賊の親玉のようなことをしているが、元々は歴とした王国軍の百人隊長だった。

 不祥事で軍を追われ処刑されかけたが、今の組織に拾われなんとか生きのびている。


 彼は歴戦の戦士であり、盗賊討伐から隣国パルト・セラバール帝国との国境紛争まで様々な戦場を経験していて、戦場で使われる魔法も主だったものは戦場や訓練を通じて実際に見たことがあった。


 そのボルテンが見たことがない魔法だ。

 嫌な予感に背筋が寒くなる。


「第二射! まだか?!」


 ボルテンが魔術師どもに怒鳴って間も無く、四発の火球が一斉に彼らの頭上を飛び越え、敵のいる森に殺到した。


 これだけの熱量、これだけの魔力。

 ボルテンが「押し切れるか?!」と思ったその時、彼はまたしても理解し難い光景を目にすることになった。


 森の炎を覆っている透明な膜が脈打ち、突如として膨らんだのだ。


 直後、火球がその膜に衝突する。

 強烈な爆炎。強烈な爆風。そして爆音。

 火球は見事に炸裂した。目標の手前で。そして、部下たちの頭上で。


 爆炎に焼かれ、爆風に吹き飛ばされる盗賊たち。


「うぉおおおおお!!!」


 ボルテンは絶望の雄叫びをあげた。





「……あと十一人。魔術師を早く潰した方が良い」


 ラーナの声に我に帰る誠治。


 今の爆発で、森の手前にいた賊はほぼ戦闘不能になっていた。


 詩乃の力で遮断した空間を急速に前方に向かって拡げたため、金魚鉢内部の空気が薄くなり酸素が少なくなったのか、はたまた急激な気圧の低下で気温が下がったせいなのかは分からないが、目の前にあった炎は一瞬で消えてしまっている。


 この見えない壁……誠治は仮に空間障壁と名付ける……は物理的な壁であるため、炎や魔法はもちろん、おそらく誠治の弾丸やクロフトの矢も弾くことが予想された。


「詩乃ちゃん、すぐに空間修正を解除して!」


「はいっ!!」


 詩乃の返事とともに、一瞬で金魚鉢が消える。

 気圧が変化し、前方に向かって、びゅう、と風が吹いた。


「クロフト、魔術師を」


「分かってます」


 揃って銃と弓を構える誠治とクロフト。


 敵の生き残りがこちらに向かって走り出す。

 空間障壁の解除で空間の歪みがなくなり、また一部の木々が燃え落ちてしまったせいで、敵からこちらが丸見えになっていた。


「ラーナ、接近戦を頼む!」


「……頼まれた」


 小さく頷くラーナ。


「風の精霊よ!」


 クロフトが精霊魔法を使う。

 二人は魔術師に向かい、同時に射撃を行った。

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