第53話 頭脳戦

 

 組織の中で「首領」と呼ばれているボルテンは、黒い革鎧を来たまま、粗末な掘っ建て小屋の奥で椅子に座っていた。


「帰りが遅いですねぇ」


 傍らに立つ黒ローブの男が、どこか他人事のようにそう言うと、ボルテンは苛ついた様子で目の前の机に拳を振り下ろした。


 メキ、と嫌な音がして、机にヒビが入る。


「くそっ、嫌な予感がしやがる」


「そんなに気になるなら、斥候を差し向けては?」


「……現場への指図はやめてもらおうか。あんたの仕事は、監視と報告だろ」


「これは失礼を。その通りですね」


 涼しい顔で慇懃に頭を垂れるローブの男。

 ボルテンは、ちっ、と舌打ちして部下を呼び、指示を伝えた。





 〈何人か動き始めましたね……〉


 クロフトは探査イメージを注意深く見ていた。

 十人ほどが馬に乗り、動こうとしている。


 〈第一陣がなかなか帰って来ないから、強行偵察、兼、援軍の第二陣ってとこかな。連中もさっきより用心してくるだろうし、どう対処したものか……〉


 〈さっきと同じでいいのでは?〉


 クロフトの問いかけに誠治は首を振った。


 〈第一陣の時は馬車自体を囮に使えたけど、次はそうもいかないな。なんせ馬車の周りに倒れた仲間がゴロゴロしてるんだ。僕が敵なら、見た瞬間に待ち伏せを考える〉


 〈なるほど。先ほどと状況が違う、ということですか〉


 誠治は頷き、再び戦場マップを頭に描く。


 南西には馬車と賊の死体があり、張り出した森を挟んで北東から敵がやって来る。

 敵は森を西に迂回し終わった直後に、馬車と死体を発見するだろう。

 であれば、発見する時までにできるだけ敵を削っておきたい。


 だが攻撃のタイミングが早過ぎれば、敵の拠点から戦闘しているのが見通せてしまう。

 第二陣の最後尾が張り出した森を迂回し始め、敵拠点の死角に入った直後に攻撃を開始するしかないと思われた。


 〈クロフト、連中が馬車を見つけたら、前の奴から順に弓で狙ってくれないか? 僕はさっきと同じように、後ろから狙っていく〉


 〈分かりました。殲滅速度を優先する訳ですね〉


 〈その通り。可能なら敵の本隊に戦っていることを隠したい。……さすがに二回目だから無理かもしれないけどね〉


 こうして二回目の迎撃作戦の内容が決まった。





 間もなく第二陣がやって来た。

 その数、十人。


 彼らは第一陣と同じルートを辿っていたが、より用心し、慎重に行動しているように見えた。


 〈まもなく最後尾が死角にはいります〉


 詩乃の声が響く。


 〈……三、二、一、今!!〉


 詩乃の声とともに、誠治が発砲する。

 直後、最後尾の賊が落馬した。


 〈次、二人目!〉


 装填を急ぐ誠治。


 木に身体を隠しながら構え、二発目を送り込む。

 命中。


 だが敵は、そこで仲間が崩れ落ちるのに気づいてしまった。


「敵襲!!」


 今しがた最後尾になったばかりの男が叫ぶ。


「走れ! 野郎ども!!」


 先頭のリーダーと思しき男が叫び、馬を駆けさせる。


 〈クロフト! 攻撃開始!!〉


 誠治の呼びかけに、クロフトは行動をもって応えた。


 つがえていた矢を引き、放つ。

 矢は一直線に敵のリーダーに向かって飛び、首筋につき刺さった。

 男はたちまち落馬し、地面に転がる。


 そうしているうちに敵の一団は、森の張り出しを抜け、誠治たちの馬車を視界に収める。

 そこで、誠治たちが予想していなかった事態が起こった。


 ピピピピピピピピ!!


 敵の一人が呼び笛を吹いたのだ。

 短く、刻むように。

 さらに敵の一団は、踵を返して元来た道を逃げ始めた。


 〈クロフト! 殲滅を急ごう!!〉


 誠治とクロフトは、全力で駆ける賊を、次々と倒してゆく。


 だが逃げに入った敵は速かった。

 第二陣の最後の一人を倒したのは、敵の拠点の手前だった。

 無惨に屍を晒す盗賊の男。


 〈ヤバいな。これじゃ、森に隠れてるのが丸わかりだ〉


 誠治は嫌な汗をかいていた。


 〈……敵が動いてる。しかも全員〉


 ラーナが呟いた通りだった。

 三十人を越える人数が、拠点と思われる森の中で、黒い感情とともに動いていた。


 〈彼ら全員で出張って来るつもりでしょうか?〉


 〈そうだろうな。十人二組が全滅したんだ。敵ももう、全力で戦うか、逃げるかの二択だろう〉


 クロフトの質問に、誠治が答える。


 〈……この黒い感情を見ると、前者だと思う〉


 ラーナの言葉に、他のメンバーは強張った顔で頷いた。





 呼び笛が聞こえてすぐ、ボルテンは全力出撃の指示を出していた。


 笛は、短く、連呼するように鳴った。

 それが意味するのは「先遣隊、全滅」。


 ボルテン自身も掘っ建て小屋を出て、馬の所へと向かう。

 そこに一人の部下が血相を変えてやって来た。


「第二分隊がやられやした! 全滅です……」


「なにぃ?!」


 ボルテンは想定外の事態に動揺した。


 第二陣の第二分隊には、先遣隊が戦闘中なら加勢を、全滅していたら速やかに引き返すように指示を出していた。

 笛が伝えてきたのは「先遣隊、全滅」。にも関わらず、第二陣が引き返す間も無く全滅したということは……


「待ち伏せか!?」


 ボルテンは一つの結論にたどり着く。


 この辺りの見通しを悪くしている、森の張り出し。敵がそこに潜み、弓や魔法で奇襲してくれば…………わずか十人程度の分隊は一方的にやられるだろう。


 戦力を小出しにせず、最初から全力で出撃していれば違った結果になったかもしれないが。


「くそっ!」


 ボルテンは足下にあった木の根を蹴った。

 が、今更後悔しても仕方ない。敵は目の前にいるのだ。

 彼はすぐに次の手を考え始めた。





 賊は馬に乗り、一斉に森から出てきた。


 誠治とクロフトが銃と弓で遠距離射撃を行い、先頭から倒してゆく。

 が、森から出てきた敵は、危険を物ともせず、次々に突撃を始める。


 敵の勢いに誠治たちは恐怖を感じつつあった。

 弾をこめる指が、弓をひく指が、微かに震える。

 その恐れが、敵の変化に気づくのを遅れさせた。


「火の精霊よ!」


 突撃して来る敵の後方で、数名の魔術師が詠唱を始める。


 誠治たちが気づいた時には、すでに四つの火球が術者の頭上で膨らんでいた。


「まずい! 後退しましょう!!」


 クロフトが叫んだ直後、圧縮されバスケットボール大となった火球が敵の先頭集団の頭を飛び越え、一斉にこちらに飛んで来る。


 ドドン、という爆音を立て、破裂する火球。


 その火の断片は誠治たちが潜む森に炎をばら撒き、瞬く間に燃え広がった。


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