第52話 俺たちに◯はない

 

 皮鎧を着た男たちが、次々に馬に跨っていく。

 その数、十人。彼らは組織の中で、第三分隊と呼ばれる男たちだった。


 先ほど見張りから、幌馬車が一台こちらに近づいていると報告があった。

 護衛はなし。絶好のカモである。

 彼らの首領は、早速第三分隊に「狩ってこい」という指示を出した。


 彼らが活動し始めて一年。

 最近は領内を行き来する馬車もほとんどなくなり、近く移動の話も出ていた中での久しぶりの獲物だった。


「女ぁいねーかな」


 分隊長の男は舌舐めずりをすると、部下たちに自分に続くよう指示を出す。


 木々の間を抜け森を出ると、彼らは馬に鞭を入れて速度を上げ、お客さんの出迎えに向かったのだった。





「……あ?」


 先頭を走っていた分隊長の男は、眉を顰めた。


 街道の迂回部を抜けると、正面に幌馬車が見えた。

 そこまではいい。

 問題は、その馬車には二頭の馬こそ繋がれているものの御者台に人影がなく、その場に停まっていることだった。


「荷台に護衛が乗ってるかもしれん。注意しろ!」


 後続にそう言い放ち、ゆっくり近づく分隊長の男。


 背後でドサッという音がしたが、前方に意識を向けていた彼は、そのことに気づかなかった。


 十秒も経たないうちに、再びドサッという音がする。

 だが、まだ誰も気づかない。


 そして、三人目。


 彼らが気づいたのは、後ろから四人目が馬から転げ落ちた時だった。


 隣を並走していた男は、突然仲間が頭を弾かれたように揺らして落馬するのに気づき、声を上げた。


「ヤバい! 攻撃されてる!!」


 その声に、分隊長を含む前の五人はやっと後ろを振り返った。


 果たして彼らが見たものは、後方に点々と転がる仲間四人の死体と、声をあげた五人目が今まさに頭を弾かれるようにして落馬する姿だった。




「散開しろ!」


 鋭い声で分隊長が叫ぶ。


 バラバラに広がる盗賊たち。

 だが、その行動は無意味だった。


 すぐに六人目が頭を弾かれ落馬する。


「畜生っ! どこにいやがる?!」


 分隊長は喚きながら辺りを見回した。


 目に見えない敵がいるのか、それとも遠距離からの魔法攻撃か、その判断すら覚束ない。


 ゾクリ、と、背筋に冷たいものを感じる。

 それは近づいて来る死神の鎌の気配。


 五人目も、六人目も、同じ方向に頭を弾かれたように転落した。

 よく見れば、後ろに転がる死体は皆、同じ方向に落馬している。


 パスッ、と軽い音がして、彼の目の前で七人目が頭を弾かれた。

 また、同じ方向だ。


 彼は、張り出した森の方を見た。

 森の中で、何かが一瞬、青白く光る。

 そして、八人目。


「森の中だ! 馬車の裏に隠れろ!!」


 もはや部下を振り返る余裕もない。


 分隊長は馬を巡らせ、急いで馬車の幌の陰に飛び込んだ。

 体勢を立て直して振り返ると、最後の部下も、幌の陰に飛び込んで来たところだった。


 微かな安堵。

 一方的な全滅は避けられたようだ。


「クソ! みんなやられちまった!!」


 部下が毒づく。


「お前は森を警戒してろ。今、応援を呼ぶ」


 彼は部下に指示すると、非常用の呼び笛を取り出そうと、腰に下げた皮袋を探った。


 ドサリ


 嫌な音がした。


 彼が恐る恐る音をした方を見ると、部下が落馬し、地面に転がっていた。


「なんで…………?」


 部下は馬車の陰に入っていたはずだ。それなのに、なぜ?!


 まさか、幌ごしに当ててきたというのか???

 だとすれば、自分も…………


 手にしていた呼び笛が、するりと地面に落ちる。

 次の瞬間、頭に衝撃が走り、彼の意識は永遠に刈り取られた。





「はぁ……」


 十人目を仕留めると、森の木陰から射撃していた誠治は、大きく息を吐いた。


 人を殺した。

 自分たちの、詩乃の命を守るため。

 相手が賊でやむを得ないとはいえ、吐きそうなほど気分が悪かった。


 〈詩乃ちゃん、馬車の方、見ちゃダメだからね〉


 〈…………はい〉


 ラーナに後ろから目隠しされた詩乃が頷いた。


 馬車の周りには、賊の死体がゴロゴロしている。

 年頃の女の子には、刺激が強すぎるだろう。


 だが、まだ終わった訳ではない。

 倒したのは全体の五分の一程度。これからが本番だった。


 〈さて、これからどうします?〉


 クロフトは誠治に尋ねた。


 最近、彼は意識して誠治に方針や作戦についての意見を訊くようにしている。

 ロミ村での一連の出来事を通して、誠治の状況判断能力に非凡なものを感じていたためだ。


 尋ねられた誠治は少し唸った後、いくつかの選択肢をあげた。


 一、遠距離先制攻撃。現在地から敵の本拠地に対して、遠距離射撃を叩き込む。発砲時にオーバーチャージが必要であり、銃に使われているミストリールと弾丸の発光によりこちらの位置を特定されるリスクが高い。


 二、次の襲撃を待って迎撃。第一陣が戻って来なければ、少なくとも偵察を出すと思われる。襲来規模が読めないのがリスク。残り全員で来られると手に負えなくなる可能性も。


 三、今のうちに退却。確かに今は逃げられるかもしれないが、いずれこの道を通らなければならず、問題の先送りに過ぎない。




 〈それで、セージのおすすめは?〉


 〈三! ……と言いたいところだが、二、かな〉


 〈理由を訊いても?〉


 〈まず、敵がこちらの存在に気づいてる以上、ほっといても向こうからやって来るのは間違いない。ただ、こちらの位置を特定できていないから、わざわざ暴露しない限り、僕たちは常に相手の死角から奇襲をかけることができる。……ここまではいいかな?〉


 無言で頷く仲間たち。


 〈さっき十人倒したとはいえ、こちらと向こうの戦力差は、まだ五〜八倍はあるはずだ。正面から当たれば絶対に支えきれない。であれば、敵に全力攻撃させず、少しずつ攻撃させてそれを潰していくしかないと思うんだが、どうかな?〉


 つまり、敵に戦力の逐次投入を促しつつ、こちらはあくまで森に潜んで狙撃しよう、という作戦だった。


 〈……なるほど。分かりました。僕もその案に賛成です〉


 他の二人も深く頷く。


 〈さて。第一陣は全滅した。帰って来ない仲間に、敵のリーダーはどんな手を打ってくるかな?〉


 一行は、探査イメージに意識を集中するのだった。

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