第51話 ロミ村との別れ 〜 孫の手
三日後の朝。
村長の屋敷の前に馬車が停まり、一行はトーリたちに別れを告げていた。
出立が遅くなったのは、森南部の討伐の際に銃と弓を撃ちまくった為、弾丸と矢を追加で作ってもらう必要があったからだ。
「この度は大変お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ快適な部屋と食事をありがとうございました。それで、僕らのことは……」
「わかっております。少なくともふた月は伏せておきますので」
村長とクロフトがやり取りする横では、トーリの二人の子供たちが、詩乃とラーナに抱きついていた。
「お姉ちゃんたち、また色んなお話してね!!」
空いた時間に子供たちと遊んだり、物語を聞かせたりしていた二人は、すっかり彼らから懐かれているようだった。
その姿をほっこりしながら見ていた誠治の背中を、トーリがバンバン叩いてきた。
「それじゃ、道中気をつけてな! ……って、あんたらなら心配ないな」
「いやいや、噂の盗賊が出たらどうなるか。出ないよう祈っててくれよ」
誠治は苦笑いしながら、トーリの腕をたたき返す。
「何はともあれ、元気でな!!」
「そっちもな」
がっちりと握手する二人。
間もなく一行は馬車に乗り込み、短期間の滞在ながら濃厚な思い出がつまったロミ村を後にするのだった。
それから三日。
一行は順調に旅を続けていた。
ロミ村の村長は、一行のために村からの感謝を記した紹介状をしたためてくれており、その後立ち寄った領内の二つの村では、それぞれ名主の屋敷に泊めてもらい、ゆっくり休むことができたのだった。
ロミ村から北上し、二つの村を経て、彼らはついにミゼット子爵領の外れに差し掛かる。
馬車は、子爵領と北の隣領を結ぶ街道を北上していた。
昼食休憩を挟んだ午後。天気は快晴。北と西には草原が、東には森が広がっている。そんな昼下がり。
最初に異変に気付いたのは、いつものように詩乃だった。
「おじさま、ちょっといいですか? 」
「…………へ?」
干し肉と黒パンで一応腹を満たし、ウトウトしていた誠治は、詩乃の呼びかけに寝ぼけた返事を返した。
「この先に、誰かいるみたいなんですけど……」
詩乃の言葉に、誠治は軽く頭を振って眠気を払う。
「…………詩乃ちゃん、皆にメンタルリンクを」
「はい!」
すぐに、気配探知による探査イメージが全員に共有される。
〈……こいつか〉
誠治は、三百メートルほど先にいる、何者かに意識を集中した。
灰色の気配を放つソレは、他の動物……おそらく馬だろう……に乗って、こちらを見ているようだった。
〈クロフト、目視できるか?〉
〈いえ。相手はどうやら、正面にせり出した森の中にいるようです〉
〈森?〉
誠治は荷台から御者台に顔を出した。
そして、クロフトの言わんとすることを理解する。
これまで街道と東の森は、平行するように真っ直ぐ北に伸びていたが、森が正面三百メートルのところで西にせり出し、街道はそれを迂回するように蛇行していたのだ。
〈あっ! 誰かさんが遠ざかります!!〉
詩乃の言葉に、誠治は探査イメージに意識を戻した。
相手は北に向かって馬をすすめ、途中から急に走り始める。
〈森を北に抜けましたね。……恐らくあれは斥候です。彼が向かった先に、何かの本隊がいるんでしょう。それが兵隊か、盗賊かは分かりませんが〉
クロフトの言葉に、ラーナが口を開く。
〈……兵隊なら自国内であんなにコソコソ隠れたりしない。馬の乗り方もだらしない。あれは盗賊。多分『孫の手』とかいう奴ら〉
〈いやいや、背中かいてどうすんの。『死者の手』でしょうが〉
思わずつっこむ誠治。
〈……小さいことを気にする男はモテないと知るべき。〉
〈ひどい…………〉
ラーナの言葉に、落ち込む誠治。だが、拾う神もちゃんといる。
〈おじさま。私はおじさまのこと大好きです!〉
〈あ、ありがとう?〉
どこまでも続く軽口めいたやりとりに、クロフトがさすがに止めに入った。
〈三人とも。漫才もいいですが、後にして下さい。多分賊はあの林を抜けたあたりで襲って来ますよ。皆、打ち合わせ通りの対応でいいですか?〉
〈OKだ〉 〈大丈夫です!〉 〈……問題ない〉
誠治とラーナは武器を取り出し、詩乃は指向性探知を開始する。
クロフトは馬車の速度を落としていた。
彼らは『死者の手』に遭遇した場合に備え、ロミ村出立前に戦い方を話し合っていた。
パーティーとして初めての対人戦闘で、しかも相手は二十人以上。
様々な想定をしなければ、こちらが全滅しかねない。
全員に緊張感が漂う中、馬車は人が歩くくらいの速度でゆっくりと進んでゆく。
やがて馬車が、森がせり出し街道が迂回し始めるあたりに差し掛かった時、詩乃が叫んだ。
〈見つけました! 一時の方向、七百メートルです〉
誠治は弾丸の用意をしていた手を止め、探査イメージを確認する。
〈…………これ、マズいんじゃない?〉
固まる誠治。
ざっとみて三十人は軽く超えている。
ひょっとすると、五十人以上いるかもしれなかった。
〈ミゼット子爵領の警備隊が全滅するのも納得ですね。これは普通の賊の規模じゃないですよ〉
クロフトが呻く。
〈とはいえ、戦うしかないな。馬乗ってる連中相手に逃げ切れるとは思えない〉
言いながら、ずしりと背中と肩に重いものを感じる誠治。
戦力差は六〜十倍。状況は非常に悪い。
こちらにやって来て、もう何度目の命の危機だろうか。
探知イメージ上の賊は、黒い気配をまとい、一部が馬に乗り始めるなど、にわかに動き始めていた。
〈それでは、あの森の陰を出たところで迎え撃ちますか?〉
〈……クロフト、一度馬車を停めてくれるか?〉
そう言って、誠治は考えこむ。
多勢に無勢。せめて少しでも有利に戦うことはできないか?
脳裏にフィールドと敵、自分たちの位置を思い浮かべる。森の張り出しを挟み、自分たちと敵が、南西、北東の位置で対峙している。
クロフトの言うように、敵に姿を晒して戦うべきだろうか?
確かに見通しはよくなるが、それは相手も同じこと。
こちらは戦闘に参加できない詩乃を抱えながら防衛戦闘を行うことになる。
対する敵は馬に乗って迫って来る。
機動力と数に優る敵を迎え撃つには、どうしたらいい?
頭の中の地形マップを、あらためて俯瞰する。
利用できる地形は、一つしかない。
〈…………森、か〉
誠治は全員に、あることを提案した。
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