第46話 挟撃
シュンーーーーバシッ!!
クロフトが放った矢は、三匹目の怪鳥の眉間に突き刺さり、そのまま頭部を割る。
即死した鳥は、誠治たちのところまで辿り着くことなく地に落ちた。
「クロフト、その耳……」
思わず呼びかけようとした誠治を、詩乃が引き戻した。
「おじさま! 残り三匹が来ます!!」
詩乃の悲鳴のような叫び声に、誠治は探査イメージに意識を集中する。
探知できている最後の三匹。
今まで一直線に襲撃して返り討ちにされた仲間を目の当たりにしたからか、三匹は迂回して南、南西、北西の三方向に分かれて迫って来ていた。
一番先に来るのは、南西。距離四百メートル。
続いて北西・六百、南・七百メートルの順でこちらに急接近している。
「真ん中のは僕がやる。クロフトは右、ラーナは左を頼む!!」
「「了解 (です)!」」
誠治の呼びかけに二人が答える。
(あせるな、あせるな……)
自分に言い聞かせながら、しかし弾をこめる誠治の指は震えていた。
「おじさま! あと二百メートルです!!」
詩乃が叫ぶのと、誠治が構えるのは同時だった。
既に敵ははっきりと目視で射撃できる距離。
化け物が大口を開け、長い牙を突き立てようと迫ってくる。
「うるぁあああ!!」
誠治は全身に伝播してしまった震えを振り払うかのように吠え、引き金をひいた。
銃が輝き、眩い弾丸が撃ち出される。
光る弾丸は一直線に化け物の口に飛び込み、その体をズタズタに引き裂いた。
バサッ!
十メートルほどのところに落下する怪鳥。
誠治はそれを確認する間もなく、右手のクロフトを見る。
「風の精霊よーー!!」
クロフトの手の中で矢が緑に光り、放たれた。
誠治は続いて左のラーナを振り返る。
ラーナはパーティーから左に四歩ほど踏み出した位置で逆手に双剣を構えていた。
その視線の先。
敵は既に二百メートルを切っている。
誠治は銃を地面に投げ捨て、腰の短剣に手を伸ばしながら、ラーナと詩乃の間に体を入れようと足を踏み出した。
怪鳥が啼きながら、その長い爪を構えてラーナに迫る。
「……なめんな。」
ラーナは軽く跳躍すると、左の短剣で怪鳥の足を引っ掛けるように斬りつけ、それに引っ張られて姿勢を崩した鳥の胸ぐらに右の短剣を突き立てた。
グギャー、と叫びながら、それでもラーナをぶら下げたまま大口を開け、牙を剥き出しにして詩乃に突っ込んで来る化け物。
「きゃああ!!」
詩乃の顔が恐怖に歪む。
グシャッ
赤黒い液体があたりに飛び散る。
誠治が逆手に握った短剣は、化け物の口から頭蓋を貫き、誠治はそのまま体当たりされて死体に覆い被さられていた。
のし掛かる化け物の体重。
むせ返るような血と獣の臭い。
「ぐっ、ぐぇ……だ、誰かこいつをどけてくれぇええ!!」
誠治の情けない悲鳴が、森の木々にこだました。
「おじさま、大丈夫ですか……?」
木の根元に座らされた誠治は、ゲーゲー吐いた後、木にもたれ掛かって涙目でゼーゼーしていた。
怪鳥の血で塗れた誠治に寄り添い、かいがいしく水を飲ませて世話をする詩乃。
「ぶざまなとこ見せてスマン…………」
誠治はゲッソリした顔でこうべを垂れる。
「全然、そんなことないです。…………また、おじさまに命を助けられちゃいました。あと、ラーナにも」
片膝をつき誠治の顔についた血を拭っていた詩乃は、少しだけ寂しそうに俯いた。
「詩乃ちゃんの誘導がなかったら、そもそも敵に弾を当てることもできなかったよ。……ありがとう。よく頑張ったな」
誠治は手をのばし、詩乃の頭を撫でる。
「そんなこと…………」
詩乃は頰を朱く染めた。
「セージ、シノ、ちょっといい?」
誠治と詩乃がイチャつ……もといじゃれていると、珍しくラーナがやってきた。
「どうしたんだ?」
誠治の問いかけに、ラーナは少し居心地悪そうにしながら、口を開いた。
「…………さっき、私が仕留めきらなかったせいで、二人を危険に晒した。ごめん」
ラーナは珍しく、はっきりと落ち込んでいるようだった。
「いやいや、あれだけの数の敵相手に仕掛けよう、って言ったの僕だし。実際それで手がまわらなかったから、僕の見積が甘すぎたってことだよ。こちらこそ、ごめん」
「私は、ラーナがいなかったらどうなっていたか……。感謝こそすれ、謝られるようなことはないよ」
落ちこぼれ勇者たちの反応が意外だったのか、ラーナは一瞬キョトンとすると、自嘲するような苦笑いのような微妙な顔をして、頷いた。
「…………わかった」
「それに、昨日ラーナが僕らに訓練不足を注意して稽古つけてくれたおかげで、咄嗟に短剣で対応できたんだ。そういう意味でも、君に感謝してるよ」
「…………そう?」
「そうそう!」
詩乃が何度も頷いて同意した。
「……分かった。自分の中で反省しとく」
そう言って背を向ける直前、気のせいかもしれないが、ラーナの顔が朱くなっているように誠治には見えた。
皆が一息ついたところで、詩乃は再度索敵を行う。
その結果、付近に新たな脅威がないことが分かり、一行はその日の探索を切り上げることにした。
帰りの道中で、誠治は気になっていたことをクロフトに尋ねた。
「なぁクロフト。さっき弓を使った時、ひょっとして魔法使ってたか?」
「ええ。射程距離と威力をかせぐために風の精霊魔法を…………って、ああ。ひょっとして『耳』のことですか?」
頷く誠治。
そう。クロフトが魔法を使えることも知らなかったが、驚いたのは、呪文を唱えていると耳の形が変わり、先が尖ってきたことだった。
「言ってませんでしたっけ? 僕の父は人種ですが、母はハーフエルフなんです。おかげで拙いながらも風の精霊魔法が使えるんですよ」
なんと、今まで一緒に旅していた仲間はファンタジーの世界の住人だった。
「聞いてないって。目の前でどんどん耳の形が変わっていくから、滅茶苦茶驚いたよ…………」
「そういえばあなた方の世界には、妖精種の人類はいないんでしたか。驚かせて申し訳ありませんでした。ちなみにこちらの世界では、ヒト種の街でも大きな街なら、エルフやドワーフを見かけるのはザラですよ。魔王国は僕のような混血の人間だらけですしね」
なんでもないように言うクロフト。
誠治はひらひらと手を振った。
「違う違う。エルフもそうだけど、耳の形が変わるのに驚いた。今はヒト型に戻ってるし」
「ああ、なるほど。これは妖精種の血ゆえですね。精霊に呼びかけている時はエルフの血が濃くなるんです」
「はー、不思議なもんだな」
自分が異世界にいるのだ、と改めて感じた誠治だった。
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