第45話 トリ・トリ・トリ!

 

 森の西側の探索を始めて三十分。

 一行は、詩乃の指向性探知を頼りに歩を進めていた。

 幸か不幸か、ここまでのところ不審な反応は見つかっていない。


「かなり覚悟してきたんだが、不思議なほど何もないな」


 トーリが肩透かしをくったように呟いた。


「ええ。確かに不思議なほど何もありませんね。……セージ、気づいてます?」


 クロフトが一瞬だけ振り返り、後ろを歩いている誠治に声をかけた。


「化け物らしい反応もないけど、それ以前に生き物の反応自体が妙に少ないね」


「やっぱり気づいてましたか。それで、あなたはどう見ます?」


「一、民族大移動した。二、毒ガスか何かでここらの生き物はみんな死んじゃった。三、化け物にみんな喰われちゃって、喰った化け物は新たな獲物を探して出張中。さて、どれがいい?」


「…………『一』。」


 殿を務めるラーナが、表情を変えずに回答する。


「確かに。僕も『一』がいいな」


 誠治は苦笑した。


「残念ながら、一番可能性が高いのは『三』ですね。よほど用心した方が……」


 クロフトがそう言いかけた時だった。




「いました」


 詩乃が小声で呼びかけた。

 皆、足を止め、意識共有している探査イメージを確認する。


「「…………っ!」」


 息を飲んだのは、一人ではなかった。


 およそ七百メートル先の正面。

 上空五十メートルほどのところを、いくつもの悪意がぐるぐると周回しながら飛んでいた。


 〈……対象を確認する〉


 ラーナがメンタルリンクを通じて宣言し、その内の一匹を探査イメージ上で拡大した。


 悪意をまとった怪鳥の姿が引き伸ばされる。

 その姿は、昨日撃ち落としたそれと同一だった。


 〈昨日と同じやつだね〉


 誠治が呟く横で、クロフトが個体の数を数える。


 〈……一、二、三、四、……………………十五匹くらいですか。完全に『群れ』ですね〉


 〈弾は足りる。詩乃ちゃんにサポートしてもらって一匹あたり十秒で片付けるとして…………二分半か。いけるかな?〉


 〈……たぶん、ギリギリ。向こうがどのくらいでこっちを見つけるかによる。ただ、見つかっていない今がチャンスなのは確か〉


 誠治の問いに、ラーナが答えた。




 誠治は静かに目を閉じ、一瞬の逡巡の後、決断する。


 〈攻撃しよう〉


 村との契約で、化け物の討伐も請負ってしまっている以上、いずれ戦わなければならない相手である。

 出直して来たとして、今よりいい条件で奇襲できるとは限らなかった。


 〈クロフト、ラーナ、撃ち漏らしの処理を頼むよ〉


 〈了解です〉 〈……わかった〉


 〈詩乃ちゃんはサポートをよろしく〉


 〈おっけーです!〉


 〈トーリ、悪いけどそっちまで気にかける余裕がなくなると思う〉


 〈俺のことは気にするな。自分の身は自分で守るさ〉


 誠治は矢継ぎ早に仲間に声をかける。

 やると決めた以上、一秒が惜しかった。





 〈それじゃあ、いくよ〉


 誠治は銃口から弾をこめ、怪鳥の群れに筒先を向けた。


 銃身とグリップが魔力充填で青白く発光する。

 今回は遠距離射撃かつ速射のため、魔力充填の制御は省略する。


 〈未来位置の予測、始めます!〉


 探知イメージに映る怪鳥の群れ全体が、二重になった。


 〈発砲っ!!〉


 ズドン!


 重い反動が誠治の身体を揺らし、青白い光をまとった弾丸が、レーザーのような残光を引いて発射された。


 一瞬の後、探知していた化け物の反応が一つ消え、頭部をなくした鳥が落ちていくのが遠目に見えた。


 ギャー、ギャー、と怪鳥たちが騒ぎ始める。


 〈続いて、第二射っ〉


 誠治は素早く弾を込め、銃を構える。


 〈発砲!!〉


 第一射から十秒足らず。

 再び鳥の頭が吹き飛んだ。





 誠治は次々に化け物を撃ち落としていった。


 鳥たちは最初、突然の攻撃にギャー、ギャー啼きながら混乱しているようだったが、当然ながらしばらくすると、自分たちがどこから狙い撃ちされているのか気づく個体が現れる。


 誠治が八匹目を落とした時だった。


 それまで七百メートル先の上空をぐるぐるまわっていた怪鳥の一匹が突然、ギャーッと喚きながら、誠治たちの方に滑空しながら突っ込んできたのだ。


「う……見つかったな」


 誠治は手早く弾をこめ、構える。

 敵との距離は四百メートルを切っていた。


「発砲!!」


 焦ったためか充填した魔力が多く、今までよりも強力な反動とともに青く光る弾丸が発射される。


 次の瞬間、木々のはるか向こうで、バシャという音とともに、怪鳥の体が頭から胴まで弾け飛んだ。




「次、三匹来ます!」


 クロフトが叫ぶ。


 誠治が意識を向けると、今撃ち落とした敵に続いて、三匹の個体が先ほどと同じコースで突っ込んできていた。


「ちぃっ!」


 銃に新たな弾をこめながら、舌打ちする誠治。


 すでに彼我の差は六百メートルを切っている。

 さらに悪いことに、三匹の後ろには、残された最後の三匹が、バラバラに迂回する軌道を描いていた。


「二匹目は、僕が引き受けます。セージは手前、ラーナは三匹目を!」


「分かってる!」 「……任された」


 誠治は柄にもなく、声を荒げた。

 非常にまずい状況だった。攻撃が間に合わず、迎撃の手が足りない。


 誠治は突っ込んでくる三匹に銃口を向け、慎重に狙いをつけながら、意識していつも以上に圧力をかけて魔力を注ぎ込む。

 銃全体が眩く輝き、やがて白い光に覆われた。

 タイミングは、詩乃の未来予測が教えてくれる。


「発砲!!」


 ズドン!!


 これまでで最も激しい反動とともに、弾丸が白光を放って撃ち出される。

 その弾は、突っ込んで来る三匹の化け物に向かい、一筋の線のように飛んでいった。


 そして、直撃する。


 バシャシャ!!


 一匹目の頭部と胴を粉砕した鉛の弾丸は、歪み、引き千切れ、無数の破片となって後続の二匹目を引き裂く。

 誠治は、一匹目と二匹目が一直線に並ぶタイミングを狙い、最大出力の攻撃を叩きこんだのだった。




 ピギャー!


 前の二匹を撃ち落とされ、三匹目が激怒するような啼き声をあげながら、突っ込んでくる。


「風の精霊よ。我が一矢に闇を切り裂く力を!」


 クロフトが呪文のようなものを唱えながら、弓を引き絞る。

 すると、つがえた矢が若草色の光を帯び始めた。


「……え?」


 次の弾をこめながらその様子を見ていた誠治は、思わず声をあげた。

 クロフトの耳がわずかに形を変え、妙に尖っていったからだ。


 そして、光る矢が放たれた。


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