第44話 南の森探索・二日目 〜 指向性探知
翌日。
一行は南の森中央部の探索にやって来ていた。
当初の予定通り、森の入口から馬車で一時間ほど南に来たポイントを探索の起点にする。
午前中は起点から東側を探索。
徒歩で一時間入ったところで詩乃に広域探知をしてもらったが、不審なものは見つからなかった。
一行は探索起点に戻って昼食をとると、そのまま午後の探索の確認を行う。
「さて、いよいよ中央・西側の探索です。昨日、鳥の化け物を見つけたのも西側でしたし、十分に注意して臨みましょう」
クロフトの呼びかけに頷く一同。
「何があるか分かりませんから、まずは身の安全を第一に。異変を感じたらすぐに仲間に知らせて下さい。精度よりも早さ重視でいきましょう。気のせいでも構わないですから、迅速に報告して下さい」
「「了解」」
「……わかった」
「わかりました」
四人がそれぞれの言葉で承知の意思表示をする。
「それでは、出発の準備をしましょうか」
昼食のランチボックスを片付け、各自が出発の準備をする中、誠治は詩乃に話しかけていた。
「詩乃ちゃん、ちょっといいかな?」
「はい。どうかしましたか?」
首を傾げる詩乃。
「広域探知すると、やっぱり疲れるよね?」
「ええと……そうですね。結構、疲れるかもしれません」
「だよねぇ………」
頭をかきながら、森の奥に視線を彷徨わせる誠治。
その様子を見た詩乃は少し逡巡して、誠治の目を覗き込んだ。
「…………おじさま? 前も言いましたけど、私もできることはやりますから、一人で抱えこまず遠慮なく言ってくださいね」
自分の心を見通すかのような詩乃の瞳に、どきりとする誠治。
「ああ、うん。ごめん……」
前にそう言われたのは、王城で暗殺メイド対策に頭を抱えている時だったか。
「そうだね。それじゃあ、一つ相談させてもらいたいんだけど」
「はい。なんですか?」
「さっき東側を探索した時、終点で広域探知をしてもらったでしょ? たぶん西側でもあれをやってもらうことになると思うんだけど…………さらに一箇所追加して、中間地点でもやってもらえないかな、と」
「つまり西の探索では、二回広域探知をして欲しい、ということですか?」
「そういうことだね。昨日撃ち落とした鳥の化け物だけど、さすがにあれ一匹だけとは考えにくい。たぶん群れか、少なくともつがいがいると思うんだ。もし複数匹に同時に襲われたら、多分いつもの探知距離じゃ落としきれない。だから、できるだけ遠くから相手を見つけておきたいんだよ」
あの怪鳥がスズメのように群れをつくる鳥なのか、猛禽類のように群れない鳥なのかは分からない。
が、準備だけはしておくべきだと誠治は考えていた。
鷹や鷲のなかには、時速百キロメートル以上で飛ぶものもいるという。秒速にして約三十メートル。詩乃の常用探知距離三百メートルをわずか十秒で詰められる速度である。
そんな敵に対抗するには、相手より先に見つけ、こちらが見つからないうちに敵の手が届かない遠距離から撃ち落とすしかない。
現代の制空戦闘で言う、ファーストルック・ファーストショット・ファーストキル (先に見つけ、先に攻撃し、先に殺す) が必要だった。
「二回ですか……」
詩乃は考えこんだ。
常時三百メートルの気配探知をしながら歩くのでさえ、かなりの負担なのだ。
三十分探知しながら歩いた後、広域探知を展開。その後更に探知しながら三十分歩き、終点でまた広域探知を行う。
どう考えても無理があった。
「おじさま、ごめんなさい。やっぱりちょっと厳しいかも。一回目の探知のあと十分に休憩を頂ければ、なんとか頑張ってみますけど…………」
しゅん、と肩を落とす詩乃。
誠治は慌ててフォローにまわる。
「いやいや、無茶振りしてるのこっちだし。詩乃ちゃんが謝る必要ないよ!」
「せっかくおじさまが頼ってくれたのに……」
「いや、本当。気にしないで。ね?」
気落ちする詩乃を前に、オロオロする誠治。
彼は詩乃を宥めながら、いい案はないかと考えていた。
複数の敵に同時に襲われる可能性を考えれば、迎撃のリアクションタイムを稼ぐため、遠距離での探知は必須になる。
だが広域探知は詩乃の負担が大きく、長時間、または複数回の使用が難しい。
詩乃の負担を少なく、遠距離での探知をするにはどうすればいいのか。
「……あれ?」
誠治はあることに思い当たった。
「?」
詩乃が、どうしたのかと顔をあげる。
「別に『広域』じゃなくてもいいのか?」
誠治の脳裏に、あるイメージが浮かんでいた。
今まで詩乃がやってきた探知は、自分を中心とした半球状の範囲を対象とするものだった。
この場合の探知距離は、常用探知で半径三百メートル、広域探知で一・二キロほどである。
では、探知の範囲を、自分を起点とした前方九十度くらいの扇型の領域に限定してみたらどうだろうか?
詩乃の負担が探知する空間の容積によって増減するならば、後方から側面までの領域を切り捨て、正面の領域に意識を集中すれば、常用探知と同じ負担でより遠くまでの範囲を探知できるのではないか。
誠治は詩乃の肩に右手を置いた。
ビクッとその肩が震え、伏せていた視線を上げ、誠治の顔を見る詩乃。
「…………おじさま?」
「詩乃ちゃんに、一つやってみてもらいたいことがあるんだけど」
「は、はいっ」
詩乃は顔を赤くして頷いた。
「それでは、出発しましょうか。シノ、メンタルリンクと探知をお願いできますか?」
クロフトの呼びかけに、誠治が手をあげて発言を求める。
「ああ、それなんだけどね。ちょっと試したいことがあるんだ。いいかな?」
「…………? もちろん、いいですけど」
皆、何が始まるのかと、不思議そうな顔で転移者二人を見つめる。
「それじゃあ詩乃ちゃん、お願いします」
「はい。それでは、メンタルリンクからいきます」
詩乃は目を閉じ、もはや探索前の恒例儀式となったメンタルリンクの構築を行う。
〈皆さん、繋がってますか?〉
〈OK!〉 〈大丈夫です〉 〈〈問題ない(ぜ)〉〉
ばらばらと、返事が返ってくる。
〈それでは次、『指向性探知』いきますっ!〉
詩乃が再び集中すると同時に、各人の意識に探査イメージが流れこむ。
ただし今回はいつものイメージとは違う。
角度が一行の前方約六十度の範囲に限定されている反面、探知距離はいつもの倍以上、七百メートルを超える範囲を捉えていた。
〈これは……。探知範囲を狭めて、代わりに距離を伸ばしてる?〉
ラーナが唖然としたように呟く。
〈その通り。それじゃあ詩乃ちゃん、次、探知方向を左右に振ってみて〉
〈はい。えっと…………こうですか?〉
誠治の指示通り、まるで暗闇で懐中電灯を左右に振るかのように、探知範囲が左右に振れる。
探知方向が変わることで、生き物の反応が現れたり、消えたりした。
〈探知範囲が狭くなった分は、『見回して確認する』ということですか。……考えましたね、セージ!〉
クロフトが感嘆の声をあげる。
ヒントは、昔ながらの回転式レーダーにあった。
船の上、または空港の端でくるくる回っているアレである。『見える範囲が狭いなら、回転させればいいじゃない!』という、非常に単純な発想のアレであった。
もっともレーダーという概念を知らないこの世界の住人には、コペルニクス的転回に思えたようだが。
〈詩乃ちゃん、グッジョブ!!〉
〈あ、ありがとうございます……〉
誠治の褒め言葉に、詩乃は恥ずかしそうに俯いた。
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