第43話 鳥
誠治が撃ち落とした鳥を確認しに行った一行は、それを見て息を飲んだ。
「なんだこいつは……」
トーリの言葉が皆の気持ちを代弁していた。
それは恐らく鳥だった。
全長一・五メートル。その漆黒の羽は、広げれば四メートル近くになるだろう。
全身が黒く硬質な羽根で覆われており、人の太ももほどありそうな太い腕の先には鋭く長い爪がついていた。
特筆すべきは口だろうか。
本来くちばしがあるだろう場所には肉食獣のような口があり、鋭い牙が二本突き出していた。
目と頭は誠治の銃撃で吹き飛んでおり、一見して即死だったことが分かる。
「ちょっと失礼」
クロフトがつかつかと死体に歩み寄ると、腰からナイフを取り出し、鳥の胸の辺りに突き刺した。
そして、そのまま切り裂く。
どす黒い血が溢れ出た。
「っ……」
顔をそむける詩乃。
クロフトはそのままナイフで胸部を探ると、少しして何かを体内からほじくり出した。
ゴロリと、ゴルフボールをふた回り大きくしたくらいの大きさの赤く光るものが地面に転がる。
「…………魔石?」
ラーナの言葉に頷くクロフト。
彼はポケットからボロ布を取り出すと、それで魔石を拾い、血を拭った。
「先日倒した猿の化け物を解体してもらったら、心臓のあたりからこれと同じくらいの大きさの魔石が出てきました」
「……こんな魔物、見たことない」
ラーナの言葉に、クロフトが頷く。
「僕もです。体内に魔石がある以上、魔物なんでしょうが……。代表的な魔物のことは一通り知っているつもりですが、こいつやこの間の猿は初めて見ます。ハーピーともマーダーエイプとも違う。この森特有の未知の魔物か、それともどこかからやって来たのか……」
「おいおい、やめてくれ。俺も小さい頃からこの森に入ってるが、こんな化け物初めて見るぞ」
トーリが顔をしかめる。
「あるいは、突然変異という可能性もあります。ただ、この間の猿の化け物は群れでしたし、一匹だけならともかく群れごと突然変異するなど、聞いたことがないですね」
「こいつは、一匹だけなのかな?」
クロフトの言を受け、何気なく発した誠治の言葉に、その場にいた全員が凍りつく。
「こんなのが群れで空から襲ってきたら……」
トーリが口にした場面を思い浮かべる一同。
ラーナがポツリと呟いた。
「悪夢」
「あの…………」
それまで黙っていた詩乃が、おずおずと手をあげた。
皆が振り返り、彼女を見る。
「気がついたことがあるなら、どんどん言ってみ?」
誠治に先を促され、詩乃は小さく頷いて言葉を続ける。
「未来視や誘導はできなくなりますが、気配探知を使って、もう少し広い範囲を『見る』ことができます。やってみましょうか?」
「……今でも三百メートルは見てるのに、まだ広げられる?」
ラーナの言葉に頷く詩乃。
「短い時間でよければ、今の何倍かは……」
「「「おお……」」」
感嘆の声をあげる一同。
「……規格外にも程がある」
ラーナは呆れたように呟いた。
「探知範囲を広げると、私からは細かいものを判別できなくなります。さっきラーナがやったように、他の人に一つひとつ確認して頂く必要があるんですが……」
詩乃の言葉に、誠治が頷く。
「分かった。それは分担しようか」
その場で相談し、判別の割り振りを決める。
森の奥・西側をラーナ、南側をクロフト、北側を誠治、自分たちが歩いて来た東側をトーリが担当することになった。
できるだけ外周に近いところから確認するよう申し合わせる。
詩乃が段階的に監視エリアを縮小できるようにするための配慮だ。
「それじゃあ、いきますね」
詩乃は皆に声をかけると、目を閉じ、意識を集中させる。
現在の探知半径は、大体三百メートル程。それを自分の限界まで段階的に拡張する。
四百、五百、六百……
そして、千二百まで到達した。ここらが本当の意味での現在の限界ラインである。
彼女の探知結果は、メンタルリンクを介して探査イメージとして共有される。
〈は、早めに確認お願いします……〉
詩乃の声が皆の頭に響く。
〈了解です。全員、できるだけ速やかに確認しましょう〉
クロフトが返事をした。
十分後。
全員が担当のエリアを確認し終わっていた。
「結局、化け物はあいつ一匹だったな」
トーリが、ふぅ、とほっとしたようにため息を吐いた。
「詩乃ちゃん、ご苦労さま」
誠治は詩乃の頭をワシワシする。
「ひゃっ?!」
顔を真っ赤にして、なすがままにされる詩乃。
「他に脅威はないようですから、とりあえず今日はここらで引き揚げましょうか。まだ初日ですし、あと四カ所探索する中で新しい発見があるかもしれません」
「そうだなぁ。僕もそろそろ、足と体力が……」
「明らかに運動不足……」
ジトッとした目で、実は最近少しメタボ気味の誠治を見つめるラーナ。
「ラーナ。ひょっとして私のおじさまをバカにしてます?」
目を細め、冷たい目で睨む詩乃。
ラーナは表情を変えず言い返す。
「バカになどしてない。ただ最近、短剣の訓練をしてないな、と思っただけ。……銃の練習を優先するのは当然。だけど懐に潜り込まれた時、短剣が使えないと対処の選択肢がぐっと狭まる。毎日少しでいいから、訓練を続けるべき」
「むぅ…………」
ラーナの正論に、詩乃が口を尖らせる。
それを見て、誠治が頭をかきながら言った。
「確かに、最近短剣の訓練サボってたなぁ。ラーナ、また稽古をつけてくれるか?」
「もちろん」
乏しい表情の中にもどこか嬉しそうなラーナに、詩乃が焦ったように叫ぶ。
「わ、私も一緒にやります!」
ラーナはそんな詩乃を見て微かに、本当に分からないくらい微かに、笑みを浮かべた。
「……どんとこい」
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