第42話 南の森探索・初日
「さて。それではいよいよ森に入ります。シノ、準備をお願いできますか?」
「わかりました」
森の前で馬車を停車させたクロフトに、詩乃が応える。彼女は座ったまま背筋を伸ばし、目を閉じた。
そしてその場にいる全員に、一人ずつ意識を繋いでゆく。
〈なっ?!〉
初めてメンタルリンクを体験するトーリは、なかなかいい反応で驚いてくれた。
〈これで、全員の意識を繋ぎました。次、気配探知しますね〉
詩乃の言葉が各自の頭に響き、続いて自分たちを中心とした半球状のビジョンが共有される。
半径三百メートル。三次元レーダーのようなそのビジョンは、今の詩乃が大きな負担なく常時展開できる最大範囲の探知だった。
〈こ、こりゃあすごい!〉
言わずもがな、トーリである。
探査イメージ上では、森の中で小さな生き物が何匹か動いているのが見えた。
「ん。」
そのうちの一番近いところにいた一匹に、ラーナが意識を集中し、フォーカスする。
小さな耳に、体格の割に大きい頰袋。
〈リス……でしょうか?〉
リンクした意識の中で詩乃が呟く。
〈リスだよなぁ〉
誠治が返す。
〈悪い気配は感じません。大丈夫じゃないでしょうか〉
詩乃の言葉に、クロフトが頷いた。
〈同感です。その調子でよろしくお願いします〉
そう言うとクロフトは馬車を動かし始める。
そして彼らは、再び森に足を踏み入れた。
馬車で行くこと十分。
森の入口から一キロほど入ったところで、クロフトは馬車を停めた。
これまでのところ、リスやウサギ、鳥の類を見かけたくらいで、化け物や妙なモノには出会っていない。
ただの平和な森だった。
「さて、トーリ。この辺でいいですか?」
クロフトが隣のトーリに声をかける。
「ああ、いいだろう」
事前の打ち合わせ通り、馬車を降りて、この場を起点として東側と西側に分け入って探索を行う。
徒歩で一時間ほどの距離が探索範囲だ。
「今、朝の九時半だから、十時半くらいまで歩いたら引き返そう」
誠治が胸ポケットから懐中時計を取り出して、言った。
ちなみにこの時計は、日本から持ってきた自動巻きのものである。
かつては資料作成などでパソコンを触ることが多かったため、彼はタイピングの邪魔になりがちな腕時計を嫌い、懐中時計を好んで使っていた。
もちろん、ファッション的な意味合いもあったのだが。
トーリが誠治の時計をのぞき込む。
「すごいな、その時計。そんなに小さいのにちゃんと動くんだから。それも魔道具なんだろ?」
「ああ、まぁ、そんなところだねぇ」
ははは、と誤魔化す誠治。
その様子を遠目で見ながら、ラーナがボソッと呟く。
「……あんな魔道具があるなら、私も欲しい」
「僕もです。あれ、いくらで売れるでしょうね?」
クロフトとラーナは顔を見合わせ、二人して首をすくめた。
「とりあえず、馬車を隠しますよ?」
クロフトを除く全員が降車した後、彼は馬車を道の脇に寄せ、馬を近くの木に繋いだ。
そして懐から小ぶりの魔法石を取り出すと「偽装」と呟き、馬車に向かって石を投げた。
ぐにゃり、と風景が歪み、馬車と馬が一瞬でかき消える。
その光景に、ラーナを除く他の面々は目を丸くした。
ヒヒン、と小さく馬の声が聞こえたので、馬たちは消えたのではなく、単に姿が見えなくなっただけなのだと分かる。
「魔王国、ハンパねぇな」
「こりゃあまるでステルス迷彩だなぁ……」
トーリと誠治が同時に呟き、ん? と顔を見合わせた。
「さて、それでは探索開始です。まずは午前中明るいと思われる東側を調べようと思いますが、構いませんか?」
クロフトの提案に、全員が頷く。
「詩乃ちゃん、問題なさそう?」
メンタルリンクで探査結果は見えるものの、誠治は念のため本人に確認する。
「はい。今のところ嫌な感じもしませんし、多分大丈夫だと思います」
「了解。何か気づいたら教えてね」
「はい! …………あの、おじさま?」
「ん?」
詩乃はモジモジしながら小声で問いかける。
「何かあればすぐに言いますから…………守って下さいね?」
「もちろん。危ないのは近づけないから、安心して」
「はいっ!」
詩乃は誠治の腕に抱きついた。
二時間後。
一行は馬車のところに戻って来ていた。
「しかし、意外なほど何もなかったな」
トーリが傍らに腰を下ろして言った。
「ん。とても平和」
これはラーナ。
初めての探索の結果。
簡潔に言うと、何もなかった。
せいぜいリスやウサギが横切り、小鳥がさえずる程度。実に平和なピクニックだった。
「皆さん、お昼にしましょう」
詩乃とクロフトが馬車からランチバスケットを持って降りて来る。
時刻はちょうど正午になろうとしていた。
「さて。それではそろそろ、西の探索に行きましょうか?」
午後一時。
お昼を食べて一休みした一行は、南の森、北西部の探索に出発する
本日二度目の探索とあって、やや足取りも軽い。
一行は順調に探索を進めることになった。
「あ……」
詩乃が立ち止まったのは、出発から小一時間して、そろそろ引き返そうという頃だった。
「どうした?」
誠治が詩乃に尋ねる。
「悪意を持った動物がいます。これは……鳥?」
一同、メンタルリンクの探査イメージを確認する。
「ええと……これか!」
誠治が呟く。
確かに前方上空に、黒い鳥のようなものが飛んでいた。
距離は、詩乃の常用探知範囲ギリギリの約三百メートル。
「セージ、攻撃の準備を!」
クロフトが叫ぶ。
「お、おう……!」
誠治は慌てて腰袋から銃を取り出すと、ポケットから一発弾丸を取り出し、銃口にこめた。
「…………充填っ」
両手で銃を持ち、静かに魔力を充填する。
グリップが光り、魔石に魔力がチャージされる。
「詩乃ちゃん、未来視のサポートをお願い」
小声で詩乃に指示を出しながら、銃を敵に向けて構える誠治。
〈未来位置の予測……いきます!〉
詩乃からの返事の直後、探知している敵の姿が二重になった。片方は実体、もう片方は一瞬先の未来の姿である。
誠治は詩乃の誘導に従い、静かに狙いをつける。
すー、はー、すー……
「発砲っ!」
静かに宣言し、引き金を引く誠治。
次の瞬間、
パンッ!!
乾いた破裂音とともに、高速で撃ち出される弾丸。
直後、バシッ、という音とともに、飛んでいた鳥が落下した。同時に探索イメージの反応も消失する。
「「「はぁ〜〜〜」」」
緊張状態から回復し、全員が息を吐いた。
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