第40話 サプライズ・パーティー

 

 その日の夕方。

 詩乃は割り当てられた部屋で一人、ラーナから教わった星詠みの魔力制御訓練をしていた。


 訓練の内容は、気配探知と未来視の二つ。

 メンタルリンクは詩乃のオリジナルらしく「訓練方法が分からない」ということだった。

 根が真面目な詩乃は旅に出てからずっと、暇を見つけては力を使い自主トレをするようにしている。


 木製のサイコロを使った未来視の訓練の後、詩乃は気配探知の訓練を始めた。


「ふぅ……」


 息を吐いて目を閉じ、周りの気配を感じ取る。


 家の中には、誠治、ラーナ、クロフト、トーリ、トーリの奥さん、トーリの幼い息子と娘、村長、村長の奥さんがいた。


 三人の旅の仲間とトーリの子供たちは、食堂にいるようだ。もうすぐ夕食だし、旅の話でもせがまれているのだろうか。


 トーリの奥さんと村長の奥さんは、そろって台所に。村長は自室、トーリは物置部屋で探し物をしているようだった。




「さて」


 詩乃は、探知範囲を広げる。


 半径五十メートル。

 今度は、納屋にいる四頭の馬、お隣の家人、家の前の道をゆく人々の気配を感じた。

 お隣さんが夫婦そろって不穏な感情を漂わせているが、夫婦喧嘩だろうか。


 力の容量には、まだまだ余裕がありそうだ。

 更に範囲を広げる。


「よいしょ、と……」


 村全体を完全に覆う範囲。おおよそ半径三百メートルが認識される。


 百を超える人間と動物が動いているのが分かった。

 まだ余裕はあるが、このくらいの範囲になると片手間で探知、という訳にもいかなくなってくる。

 特定の人物に意識を集中しながら全体を見るのは、この辺りが限界だろうか。


「…………」


 詩乃は意識を集中し、目一杯まで探知範囲を広げた。


 半径一キロ。

 村の外にポツポツといる人たちは、畑をやっている農家の人たちだろう。

 人より小さい反応は、ウサギやイタチだろうか。空をゆく鳥たちも認識できる。


 さすがにこの広さになると、全体を把握しながら個々を観察するのは厳しい。

 今の詩乃の力では、このあたりが限界のようだった。




「ふぅ…………」


 詩乃は大きく息を吐いた。


 さすがに最大出力で気配探知をした後は、疲労感が大きい。

 詩乃はベッドに体を投げ出すと、仰向けになって伸びをする。


「私、まだまだ……だよね」


 寝転がりながら一人呟く。


 ラーナの話では、平均的な星詠みで探知半径五十メートル程度。

 だが魔王様は、半径十キロの探知をやってのけるという。面積比で詩乃の百倍にも及ぶ広範囲探知である。


 未来視についても、暗殺メイドに襲われたあの時こそ十六分も先が見えたものの、それ以来、せいぜい十数秒先を見るのが精一杯になっていた。

 理由ははっきりとは分からないが、命の危険が迫っていた中での火事場の馬鹿力だったのでは、と詩乃は思っている。


「とりあえず、一分くらい先が見えるようになりたいな……」


 自分の力で、自らと仲間の命を守ることができる。


 詩乃は生まれて初めて、自分の居場所を守る力を手に入れたのだった。


 今まで役立たずと罵られ、邪魔者扱いされていた自分。そんな自分の隣にいる、と言ってくれた誠治のためにも、この力をうまく使えるようになりたいと思った。




 詩乃はベッドの上で仰向けになったまま、目を閉じた。

 意識を集中し、時間を加速させる。


 ……五秒……十秒……十五秒……二十秒……


 二十五秒先まで時間を加速した時、部屋の扉が叩かれ、誠治が現れるのが見えた。


「……おじさま?」


 詩乃はベッドから体を起こす。


 間もなく廊下から、こつこつと足音が聞こえてきた。




 トン、トン、トン


 やや遠慮がちに扉がノックされる。


「は、はいっ! ちょっと待って下さい」


 詩乃は慌ててベッドから下りて早足で扉に駆け寄ると、鍵を開けた。


「やあ」


 先ほど見たビジョンと同じように、そこには困ったような笑みを浮かべる誠治が立っていた。


「夕ご飯ができたみたいなんで、呼びに来たよ」


「あ、ありがとうございます、おじさま……」


 頰が、かぁっと熱くなる。


 この気持ちは、なんなのだろうか。

 自分から抱きつくことに照れはない。だが、誠治から差し出された手をとるのは、なぜかとても恥ずかしかった。


「大丈夫かい? ちょっと顔が赤いけど。風邪でもひいたかな?」


 誠治が詩乃のおでこに手を当てる。

 前にもこんなことがあったな、と思いながら、詩乃は一層顔を赤らめ、されるがままになっていた。


「熱はない、か……」


 誠治の手が離れる。


「あ…………」


 思わず、その手を追いかけそうになった。


「ん?」


 誠治の顔にクエスチョンマークが浮かぶ。


「なっ、なんでもないですっ」


 慌てて両手を振る詩乃。


「そうかい? 体調悪いなら無理しないように…………」


「だ、大丈夫ですから! 食堂に行きましょう」


 詩乃は誠治に腕をからめ、くっつくようにして廊下を歩き始めた。





 食堂の前まで来て、誠治は詩乃の前に立った。

 コン、コン、と軽く扉をノックする。


「……?」


 普段やらない仕草に軽く疑問を覚えながらも、誠治の手招きに従い、扉の前に立つ詩乃。


 そして誠治は、執事のように恭しく扉を開いた。




「「「ハッピーバースデー!!」」」


 皆の声とともに、詩乃の周りを紙吹雪が舞った。


「え? え?!」


 戸惑う詩乃。


 パチパチパチ!!


 仲間とトーリたちの笑顔。

 そして響き渡る拍手。


 テーブルの上にはご馳走が並び、皆が詩乃を祝福している。


「…………」


 詩乃はとっさのことに訳が分からず、隣の誠治を振り返った。


 照れ臭そうに視線を逸らす誠治。

 彼はゴソゴソとポケットを漁ると、小さな木の箱を取り出した。


「詩乃ちゃん、今日で十五になるって言ってたろ? みんなに相談したら、ぜひお祝いしようって話になってね」


 誠治は詩乃の手を取り、小箱を手渡す。


 詩乃がフタを開けると、中には花の形が彫り込まれた木製の小さな髪留めが入っていた。


「誕生日、おめでとう」


 優しい誠治の声。


「おめでとう!」


 次々にかけられる、温かい祝福の言葉。

 詩乃の目に、光るものが滲んだ。


 誕生日を祝ってもらうなど、何年ぶりだろうか。まだ父親が生きていた頃の記憶が微かに思い出される。

 いろんな思いが、胸から溢れ出た。


「みんな……ありがとう!」


 詩乃は誠治に付き添われ、皆の輪の中に入って行った。


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