第37話 年の差デートと木彫りのマグ
「なんか、こっちに来てから、泣くことが多くなった気がします……」
赤くなった目の辺りを手で拭った後、詩乃は恥ずかしそうにはにかみながら言った。
そういえば、暗殺メイドに襲われた時はよく泣いていたな、と誠治は振り返り、いや旅に出てからもよく泣いてるな、と思い直した。
野営の時、詩乃は必ず誠治の隣にくっつくように寝ているが、起き抜けに涙の跡を見ることが多々あった。
「泣きたい時は泣けばいいよ。大人になれば、泣きたくても泣けないことばかりだからなぁ」
誠治の言葉に、詩乃は口をとがらせる。
「むう……子供扱いしないで下さい。おじさまだって十分『男子』じゃないですか」
「僕は『少年』の心を持った大人だよ? 断固として訂正を求めよう」
ふふん、と笑う誠治。
詩乃は赤い目を細めてお澄まし顔をすると、ぴん、と人差し指を立てて見せた。
「さて、ここで問題です。昨日の夕食の時、薄暗いのをいいことに、トーリさんの奥さんのお胸の谷間をチラチラ見てたのは誰でしょうか?」
「のぉおおおお!?」
頭を抱える誠治。
詩乃は自分の首元を指で引っ張り、中をのぞき込むと、ボソっと呟いた。
「……私だって、ちょっとくらいはあるんですよ?」
そう言うと詩乃は誠治の腕をとり、先ほどまでより一段と体を密着させ、元来た方へ歩き出す。
「ちょ、詩乃さん?!」
慌ててそれに追従する誠治。
腕には華奢な詩乃のささやかな感触が、服と下着ごしに伝わってくる。
(いやいや、まだオトナと言うには早いんじゃ?)
詩乃がじろり、と誠治を睨んだ。
「私、明後日で十五になるんですよ? 赤ちゃんだって産めるんです。失礼なことを考えたお詫びを要求します!」
「あ〜〜れ〜〜〜〜?」
誠治はズリズリと引きずられるように、ふた回り近く年下の少女に連れて行かれた。
村の西端まで来ていた二人は、今度は村の中心に向かって歩いていた。
「こうして見ると、少しですけどお店もあるんですね」
詩乃の言う通り、村の中心に近づくにつれ、ちらほらと小さな店が増えてきた。
先ほどの鍛冶屋の他に、革製品の店、衣料品の店、小麦粉を売る店、パン屋、肉屋、酒場、などなど。
広場を中心に、少ないなりに様々な店が軒を連ねている。
「ふむ……」
誠治は詩乃と歩きながら、キョロキョロと店を覗いていく。
そして、
「ここにしよう」
「……?」
一軒の店に、詩乃を連れて入って行った。
そこは、木工細工の店だった。
狭い店内には、木製の食器や椅子、テーブルなどが、所狭しと置かれている。
「いらっしゃい」
奥のカウンターから、三十代くらいの女性が出てきた。
「あら。ひょっとして、昨日村に来たっていう、旅商人の方かしら?」
女性は、興味しんしん、といったように尋ねてくる。
「えーと……はい。その旅商人の同行者です」
誠治と詩乃は、そろって頷いた。
「あら、やっぱり。あなた達、強いんですってね? なんでも、襲って来た化け物たちを返り討ちにしたって聞いたけど……」
女性は、胸元で、ぐっ、っとこぶしをつくって見せる。
「そんな格好いいもんじゃないですけどね。まぁなんとか逃げてきましたよ」
誠治は頭をかいた。
「それで、その商人のお連れさんたちが、今日はなんでうちに? 何か入り用のものでもありますか?」
「ああ、それなんですけど…………実は、木のコップが欲しいな、と思いまして。ありますか?」
「コップね。色々あるわよ。ちょっと待ってて」
女性が店の奥に消えていく。
「おじさま、コップを買うんですか?」
詩乃が誠治を見上げて尋ねてきた。
「ああ。今は野営の時、銅のコップを使ってるじゃない。それで、たかがお茶を飲むにしても、木製のマイマグで飲む方が落ち着くんじゃないかな、と思ってね」
話していると、女性が大きめの木の盆に、様々なコップを載せて戻って来た。
「お待たせ。今、うちに作り置きしてあるのはこのくらいね」
女性は盆をカウンターの机の上に置く。
覗き込む二人。
「おお、なかなか良いんじゃない?」
「かわいい! 鳥や動物が彫り込んであります!!」
詩乃が歓声をあげたように、それらのコップには様々な模様や絵が彫り込まれていた。
「詩乃ちゃん、好きなの選んでいいよ。さっきのお詫びに僕が出すから」
「え? おじさまがプレゼントしてくれるんですか?!」
目を輝かせて聞き返す詩乃に、誠治は微笑しながら頷いた。
今回旅をするにあたり、二人は魔王国からいくらかの現金を貸与されていた。
借りた分は魔王国入国後、働き始めてから現金で返すか、ボランティアなどの奉仕活動で返すことになっている。
「おじさま、ありがとう!!」
詩乃は叫んで誠治に抱きついた。
「ぅおっとぉ!!」
後ろによろめきかけ、なんとか踏ん張る誠治。
「あらあら。仲がいいのね、あなたたち。でも、お店や商品を壊さないでね」
お店の女性は、苦笑いしながらクギを刺した。
「おじさまが選んだマグは、デザインがシンプルで大きくていいですね。ちょっと雰囲気がおじさまに似てる気がします」
「詩乃ちゃんのは、かわいい小鳥が彫ってあったね」
お店を出た二人は再び腕を組み、手に入れたマグとコップについて話をする。
「本当にありがとうございます。あんなに高かったのに……」
手彫りしているだけあって、木製のマグはそこそこのお値段がした。
ちなみに誠治のマグが大銅貨三枚 (千五百円)、詩乃のものが大銅貨五枚 (二千五百円)である。
「いいよいいよ。気にしないで。自分用のマグを持ってたりすると、オトナな感じがするでしょ?」
「そうですね。私このマグ、ずっと大切にします」
「うん。せっかくだから使ってあげて」
「はい!!」
詩乃は誠治に、その日一番の笑顔を向けた。
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