第31話 くたびれ中年とおもちゃの鉄砲

 

「よし。じゃあ、いくよ」


 誠治はグリップに意識を集中し、少し力をこめた。

 すぅ、と、体の中の何かが流れる感覚があり、おもちゃの鉄砲に流れ込む。


「あ…………」


 詩乃が息を飲んだ。

 誠治によって魔力を注がれた鉄砲は、グリップと銃身の一部が青白く発光を始めていた。


「やはり、すごい魔力量ですね。銃身を強化し弾道を安定させるために使われているミストリールまで反応しています。本来、魔力充填の回路とは線が分かれてるはずなんですが……」


 そう言うとクロフトは、革袋をごそごそと漁りに行き、こぶしをふた回り大きくしたくらいの重そうな石を取り出し、両手で抱えて持ってきた。


「なんですか、それ?」


 詩乃が尋ねる。


「これはただの石です。ちょっとだけミストリールを含んでいるようですが。ほら、ここだけ少し光っているでしょう?」


 確かにクロフトが示したあたりだけ、銀色に光っている。

 クロフトはその石を持って窓際に行くと窓を開け、窓枠の上にドン、と置いた。


「さてセージ。せっかくですから、空砲を撃ってみましょう。普通にチャージした空砲であれば、二、三歩離れたところにある小石を吹き飛ばすのが関の山ですが、セージのチャージなら、ひょっとしたらこの石でも吹き飛ばせるかもしれません」


「……それ、危なくないの?」


 微妙な表情で尋ねた誠治に、クロフトは頷く。


「窓の外は草原ですし、銃身はあなたの魔力を吸ったミストリールで補強され、弾道も安定しています。まず大丈夫でしょう」


「分かったよ。ただ、念のためみんな僕の後ろにいてね」


 誠治は窓枠まで二、三歩のところまで歩いて行き、両手でおもちゃ鉄砲を構えた。

 昔、社員旅行でグアムに行った時に体験した、本物の拳銃での射撃のことを思い出してみる。



「それじゃ、いくよ?」


 他のメンバーが、コクコクと頷く。


 セージは窓際の石に狙いを定め、ゆっくり深呼吸をして心を落ち着ける。少しずつ銃身の青白い光が強くなっていく。

 そして、静かに引き金を引いた。


 ズドン!


 パァン!!


 その瞬間、石は粉々になり、ショットガンの散弾のごとく窓の外に吹き飛んだ。

 腹に響く空気の振動と、派手な破裂音が部屋を揺らす。


 あまりの反動に、誠治の上半身は大きく波打った。

 かなり覚悟して踏ん張っていたにも関わらず、である。それはもう、マグナムでもぶっ放したかのようだった。


「「「…………」」」


「…………おーい。どこが大丈夫だって???」


 ヨロヨロと振り返り、恨めしそうにクロフトを睨む誠治。


「すみません。思った以上の威力でしたね」


 クロフトもさすがに申し訳なさそうな顔をした。

 その時、


 ドタドタドタ!


 誰かが廊下を走って来る音が聞こえ、間もなく部屋の扉が激しく叩かれた。




「おい、あんたら! 何かあったのか?!」


 トーリの怒鳴り声が響く。

 顔を見合わせる一同。


(……どうするの?)


 ラーナが冷たい目でクロフトを睨む。


(まぁ、音を立てたのは我々ですし、正直に話してお詫びするしかないでしょうね)


 クロフトはばつが悪そうに扉の方を見た。


 ドンドンドン!


「とにかくここを開けてくれ!!」


「あー……。今開けますよー」


 クロフトは仲間に向かって目配せすると、扉を開けた。


「なんかすごい音がしたが、何があったんだ?」


 トーリは眉を顰め、開口一番に説明を求めてきた。


「実は、先程襲撃された時に使った夜間照明の魔道具の手入れをしてまして……」


「手入れすると、あんな音がするものなのか?」


 トーリは腕を組み、クロフトを細目で睨んだ。


「……具合をみるために窓の外に向けて使ったら、調整がまずかったようで、予想外に大きな音が出てしまったんです」


 クロフトが誠治を振り返る。

 誠治は、件の魔道具を掲げて見せた。


「部屋や物が壊れたり、ということはなかったんですが…………夜半にうるさかったですよね?」


「ああ、ひどいもんだ。家中がビリビリ揺れたんだぞ? うちの嫁さんが腰を抜かしちまった」


「それはその……本当に申し訳ありませんでした」


 クロフトは首をすくめて謝罪した。




 トーリは仏頂面で腕を組み、一同を見ていたが、やがて、はぁ、とため息をついた。


「全く。村で騒ぎを起こすのはこれきりにしてくれ」


 トーリはそこでちょっと躊躇うと、ボソッと呟くように続けた。


「…………あんたら、魔王国の関係者なんだろ?」


 その瞬間、部屋の空気が固まった。

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