第23話 風呂と魔物とメンタルリンク
王都ヴァンデルムを出立して三日。
二日目には無事に王家直轄領を出て、馬車は街道を西に向かっていた。
ヴァンダルク王国は西側から北部にかけて山岳が広がっており、その山々を西に抜けた先にパルト・セラバール帝国がある。
ヴァンダルクとパルト・セラバールはこの数百年、領土拡大を企図して幾度かの戦争と無数の小競り合いを繰り返しているが、両国を分断する峻険な山脈により侵攻側の補給が滞りがちとなり、相手側の領域を長期占領することができないまま、結局国境線は変わらずに現在に至っている。
国境線のヴァンダルク側には、山脈に沿って三つの辺境伯領と多くの小領があり、未開発の土地も多く存在していた。
一行は、王都を出て一度西に向かった後、大きく迂回して北上し深淵の大樹海を目指す、という計画を立てていた。
これまでにいくつかの街や村を素通りしてきたが、大きな問題もなく、今のところは順調と言っていいだろう。
もっとも、干し肉とハードビスケットばかりの食事には一同さすがに辟易していたが。
さらに転移組には、もう一つ由々しき問題があった。
「うう……お風呂は無理でも、水浴びくらいはしたいです…………」
胸元をくんくん、と嗅ぎながら、詩乃が情けない顔をする。
「詩乃ちゃんは臭くないよ。僕なんて服からおっさん臭が…………」
二人して、どよ〜ん、と落ち込む転移組。
それを見てポニテ少女がわずかに眉をひそめる。
「ふたりとも、キレイ好き過ぎ。この世界ではノイローゼの域」
「そう言われても……。色々あったけど、向こうでもお風呂だけは毎日入ってたし…………」
「風呂は、僕らにとって文明そのものだから。……ねぇ?」
うなずき合う二人の日本人。
思えば、パルミラの宿泊所には中庭に井戸があり、毎日水浴びも洗濯もできた。
それが旅立ってから三日、水浴びも洗濯もできていないのだ。
風呂文化の日本人にはどうにも耐え難い状況だった。
意気投合する二人を見て、ラーナは、はぁ、とため息をついた。
「今晩、野営する時に物理浄化の魔石を使う。それでガマンして」
「物理浄化の魔石?」
詩乃が尋ねる。
「『物理浄化』の魔法を封じた魔石。使うと衣服もきれいになるけど、人の汚れも落とせる」
「「やった!!」」
小躍りする勢いで喜ぶ二人の日本人。
そこにラーナが冷や水をかける。
「この魔石、三個しか手持ちがないし、母国以外では入手困難。……ご利用は計画的に」
「「え…………?」」
固まる二人の日本人。
その時、詩乃が「ん?」と首を傾げた。
「どうかしたかい?」
「あっちの方に、何かいるみたいです」
誠治の問いに、詩乃は進行方向の斜め前を指差す。
「敵?」
ラーナが腰の短剣に手を伸ばした。
が、詩乃は首を振る。
「敵意は感じますけど、なんか小さい感じです」
「小さい敵意?」
誠治の言葉に、詩乃は再び首を振る。
「いえ、サイズが…………」
ラーナは荷台から御者台に移動し、クロフトの右隣に立つと目を細めて前方の草原を睨んだ。
「どうかした?」
クロフトの口調に、わずかに緊張がにじむ。
「シノが、前方に小さい何かがいる、って言ってる」
クロフトは馬車を止め、ラーナと同じように前方に視線を走らせる。
そこに、幌から誠治が顔を出した。
「何かいた?」
「……何も」
ラーナが答え、続いてクロフトも小さく首を振った。
誠治は頭を引っ込めると、詩乃に向き合った。
「僕と、前の二人にも、メンタルリンクできるかな?」
詩乃は、んー、と一瞬思案した後、「やってみます」と答える。
間も無く誠治に、詩乃の意識が繋がった。
気配探知によるフィールドイメージが頭に流れ込み、誠治たち四人の光点と、詩乃のいう「小さいサイズの敵意」のモヤモヤがマッピングされているのが分かる。
〈ああ、この小さいやつか……〉
〈はい。その小さなモヤモヤです。次、ラーナさんに繋いでみますね〉
詩乃の意識が、御者台のラーナに向かう。
「なに?!」
前の方から、珍しく動揺したロリ少女の声が聞こえる。
直後、意識が繋がる。
〈ラーナさん、私です。詩乃です〉
〈シノ?〉
〈はい。私です〉
〈アー、アー、マイクテス、マイクテス。現在、メンタルリンクのテスト中〉
〈…………その馬鹿っぽいのがセージなのは、言わなくても分かる〉
〈ひどい!!〉
〈じゃあ次、クロフトさんに繋ぎます〉
直後……
「おお?!」
無事、クロフトにも接続できた。
誠治が全員に呼びかける。
〈さて。これで四人がメンタルリンクで繋がった訳だが……ラーナとクロフトにも『敵』の位置は見えてるか?〉
〈見える〉
〈こっちも大丈夫です。しかしこれは……すごいものですね。これだけ広範囲に敵味方を判別できるとは!〉
クロフトが感嘆していた。
〈全くだ。大したものだよ。……さて。それで『敵』なんだが、そもそもそれ、人間かね? 子供にしても小さ過ぎるように思うんだが……〉
〈今まで私が見た人たちと比べて、モヤモヤの色や出方がシンプルな気がします。他の人はもうちょっと複雑な色合いや漂わせ方をしてました〉
誠治の疑問に、詩乃が答える。
〈ちょっと待って〉
ラーナは皆を制止すると、問題の『敵』に意識を集中した。
すると、まるでズームレンズを使ったかのように対象が拡大され、全員の意識に共有される。
〈…………ウサギ。〉
それは、ウサギのシルエットだった。ただし、頭にツノがついていたが。
〈……一角ウサギだねぇ。魔物だけど普通に食べられるし、これは、夕ご飯のお肉案件かな?〉
クロフトは呑気に呟くと、傍らに吊っていた弓を手に取った。
彼は短剣から槍まで様々な武器を使いこなせるが、意外なことに一番得意なのは弓ということだった。
〈目視できないから、シノの探知を使って狙ってみるよ〉
クロフトはギリギリと矢を引きしぼり、やや上に狙いをつける。
次の瞬間、よからぬ気配を察知したのかそれとも野生のカンなのか、一角ウサギは馬車に背を向け、ぴょんぴょん跳んで逃げ出し始めた。
〈〈に、肉が!!〉〉
メンタルリンク上に複数の悲鳴があがる。
〈このっ!!〉
ヒュンッ
クロフトの手から矢が放たれ、青空の下、弧を描いて飛んで行った。そして……
グサッ
パタッ
小さな敵意の気配は、消え去った。
「うわ、本当に当たっちゃったよ……」
一番驚いていたのは、矢を放った本人だった。
「え? え?? 当たっちゃまずかったんですか?!」
何を勘違いしたのか、オロオロする詩乃。
そんな彼女を見て、誠治は半笑いで呟いた。
「に、人間FCS…………」
矢が放たれる寸前、逃げる肉……もといウサギに向けて未来視が発動していたことを思い返す誠治。
敵位置の観測と未来位置の予測、そして矢の軌道予知。詩乃の力は、現代兵器に搭載される射撃管制装置 (FCS : Fire Control System)と同じ機能を果たしていた。
「これを人間FCSと呼ばずして、なんと呼ぼうか!?」
感動のあまり、思わず声に出して叫ぶ誠治。実はこの中年男、中途半端にミリオタであった。
「おーじーさーま?」
「…………へ?」
横から固まった笑顔で近づく詩乃。誠治は、ギギギ、とそちらに顔を向けた。
「また人に失礼なあだ名をつけようとしてたでしょう?」
「そ、そんなコト……ナイデスヨ?」
「問・答・無・用☆」
詩乃は誠治の腕に抱きつき、手の甲を思い切りつねった。
「ぎゃああああ!!」
草原におっさんの悲鳴が響き渡る。
※一角ウサギは、この後、関係者全員で美味しくいただきました。
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