第22話 旅立ち

 

「今までの話をまとめると……」


 誠治が話をまとめに入る。


「王都ヴァンデルム周辺では極力街や村に寄らずに先を急ぎ、直轄領を出てから小さな村々をまわって迂回しながら目的地を目指す。……って感じかな?」


「概ねそれでいいと思うよ。あとは行った先で情報収集を続けて、間諜の追撃を躱すほかないよね」


 クロフトが頷く。


「異議なし。」


「わ、私もそれでいいと思います」


 ラーナが表情を変えずに賛成し、これまで全く話について行けず空気となっていた詩乃も、小さく手をあげて賛成した。


「じゃあ、出発は明日かね。長旅の支度と縄を用意しとこうか?」


「ん。お願い」


 パルミラの提案にラーナが頷く。


(ん? 縄??)


 誠治の頭の片隅を小さな疑問がよぎる。が、


「よし。じゃああんたらは今日はもう寝て、明日に備えな。明日からしばらくはベッドで寝られなくなるんだ。今晩はゆっくり寝とくんだよ」


 パルミラの言葉で一同解散となり、疑問のことなど忘れてしまった。

 彼がそのことを思い出すのは、二十五時間後のことである。





 翌日の夜。

 日はとっくの昔に沈み、街の灯りも消えつつある夜半。

 誠治たちは玄関口でパルミラに別れを告げていた。


「みんな、気をつけて……」


 パルミラは二人の少女を抱き寄せ、きつく抱きしめた。


「「ぱ、パルミラ (さん)、痛い……」」


「無事にサントルシアに行って、手紙をちょうだいね」


 パルミラは涙ぐみながら二人を離す。


「……分かった」


「お約束します。先生」


 ラーナは照れたように、詩乃は微笑んで、返事を返す。


「あんたも、元気にやるんだよ!」


「パルミラさんも」


 誠治は差し出された手を、しっかりと握り返した。


「それじゃ、行ってくる」


 背を正してそう言ったラーナに、パルミラは涙を拭い向き直った。


「いってらっしゃい!」


「「「いってきます!!」」」


 そうして三人は、夜の王都に足を踏み出した。





 暗い色のコートに身を包んだ三つの人影が、夜道を早足で歩いていた。

 一番小柄な影を先頭に、彼らは外壁を目指す。


 王都ヴァンデルムの外壁は、十メートルほどの高さがあった。

 誠治たちが四日前に飛び降りた王城の城壁よりさらに高い。

 壁の上は幅三メートルほどの通路となっていて、数刻おきに兵士が巡回していた。


「大丈夫です。見通せる範囲に敵らしき人はいません」


 建物の影に隠れ、様子を伺っていた三人の内の一人、詩乃が閉じていた瞼を開け、言った。


「……すごい。私ではせいぜい十メルト四方の探知が限界なのに」


 ラーナが目を細めて呟く。


「驚くのは後にしよう。見張りのいない今がチャンスだよ」


 誠治の言葉に二人は頷いた。




 外壁内側にある連絡階段を上ると、壁の上では平原を渡ってきた風が、びゅう、と吹き抜けていた。


 いつかの時のようにラーナが光を放つ指輪で合図すると、外壁の外の地面から同じく光の明滅が返ってくる。

 クラフトが日没前に街を出て、暗くなるのを待って下まで馬車を廻していたのだ。


「荷物を」


 ラーナに言われ、誠治は背負っていた麻袋を下ろす。

 ラーナは袋の中からドラム型の延長コードリールのようなものを取り出すと、矩形に凹凸がある外壁の凸の部分に二本のバンドでそれを固定した。


「なにそれ?」


 誠治の問いに、ラーナは簡潔に答える。


「縄。」


「え?」


 誠治は眉をひそめた。


 ラーナは誠治の反応を無視して、ドラムに巻きつけてあるロープの先を引っ張り出して結び、二箇所に輪っかを作ると、それを外壁外側に一メートルほど垂らした。


「セージ」


「ん?」


 ラーナが表情を変えずに呼びかける。


「その輪っかに足をかけて、手を通して」


「へ?」


 間の抜けた顔をする誠治。


「下に降ろすから」


「「えーー??!!」


 誠治と詩乃は目をむいた。


 それは特殊な滑車だった。

 ストッパーがついており、続けて引き出そうとしても一巻きごとにロープが止まるようになっていた。


「はぁ……」


 渋々、誠治が壁をまたぎ、縄の輪っかに片足をかける。


「うっ…………」


 足下には吸い込まれそうな暗闇が広がっていた。

 高所恐怖症という訳ではないが、さすがに足がすくんだ。


「いい?」


「あ、ああ……」


 ラーナが無造作にストッパーを外す。


「っ!!」


 ガラガラーーガチャッ


 四十センチほど落下し、ピンと縄が張って止まった。


「こ、これならなんとか……っ?!」


 と、思う間もなく再び落下する。


 ガラガラーーガチャッ


 ガラガラーーガチャッ


 ラーナは誠治の心の準備などおかまいなしに、降下作業を続ける。

 おかげで三分ほどで地上に着いた。


「ようこそ、外の世界へ」


 クロフトが笑顔で出迎えていた。

 誠治が縄から足を抜くと、すぐにカラカラと巻き上げられる。


 次の詩乃も、おっかなびっくりながらなんとか降りて来た。

 誠治の時よりも降ろす速度がゆっくりに感じたのは、もちろん誠治の気のせいということにされる。


 最後のラーナは滑車を外して下に降ろすと、ロープを外壁の凸部にくくりつけ、そのままその縄を伝って鮮やかに降下して来た。

 それを見て「さすが潜入のプロ。ただの無愛想少女じゃないんだな」と漏らした誠治は、縄の途中で飛び降りて来たラーナの安全マットにされる。


 地上に着いたラーナは、ポケットから小ぶりな魔法石を取り出すと、いつか見たときのように頭上に掲げた。


「ドカン。」


 外壁の上から、パンッ、という乾いた破裂音が聞こえ、端が弾け飛んだロープが落ちて来る。


「証拠隠滅☆」


 ラーナが表情を変えないまま、どこか楽しそうに呟き、縄を回収した。


「みんな、早く乗って」


 いつの間にか御者台に戻ったクロフトが、三人に声をかける。


 馬車は前回逃走で使ったものと同じだが、今回は荷台に幌が張られ、居住性が向上していた。

 誠治たちが荷台に上ったのを確認して、クロフトが馬車を出す。




 暗闇の中、馬車は灯りもつけずに走り出す。


 クロフトは見慣れない片眼鏡のようなものを嵌めており、誠治がラーナに「あれが暗い中走れる秘密?」と尋ねると端的に「そう」とだけ返事が返って来た。


 誠治が荷台の上から後ろを振り返ると、少しずつヴァンデルムの街の灯が遠ざかっていくのが見えた。


 異世界への転移、生命の危機、死闘、脱出、そしてパルミラの料理。

 色んな感情が胸に去来する。

 ふと隣に座った詩乃の顏を見ると、頰に一筋の涙が流れていた。


「大丈夫?」


 誠治が問うと、詩乃は無理やり微笑んだように見えた。


「……大丈夫です」


 そう言って、詩乃は誠治の腕に顏を埋めた。

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