第21話 お勉強と作戦会議


 それから三日間、誠治と詩乃はパルミラからこの世界についての基本的な知識を教わった。


 地理、貨幣制度、歴史、宗教、国際情勢。

 元教師だけあって、パルミラの講義はとても分かりやすく、面白かった。



 また日中は座学だけでなく、短剣を使った簡単な戦闘訓練も行なった。

 剣でも槍でもなく短剣なのは、誠治も詩乃も棒を振り回した経験がなく、手元のテクニックと体さばきで勝負する短剣の方が習得が早い、とパルミラが判断したからだ。

 というのは表向きの話。


「ちょっと、あんたたち……」


 最初の訓練で片手剣を持って素振りをした際、誠治は五分も持たず、詩乃にいたっては掲げただけでよろめく有様だった。


「十歳の子供でも、もうちょっとマシなんだけどね」


「す、すみません!」


「どうも、すんません……」


 思わず謝る詩乃と誠治。


 毎日井戸の水汲みやら薪運びをしているこの世界の子供の方が、現代っ子の二人よりよほど体力があったのだ。

 が、ないものねだりをしても仕方がない。パルミラは気持ちを切り替え、短剣を使った攻防の仕方を二人に教え込んだ。

 訓練はパルミラだけでなく、外から帰ってきたラーナやクロフトにも稽古をつけてもらい、三日目には二人とも、なんとか構えだけはサマになるようにはなっていた。



 ちなみに


「おじさま、今日習ったことを一緒におさらいしませんか?」


 思わず「二人きりで」と口走りそうになるのを抑えた少女Aの果敢なアタックは功を奏し、誰かさんのうふふな希望もちゃっかり叶えられたりしていた。





 三日目の夜。


 夕食後、五人はリビングのソファでお茶を飲みながら、今後の予定を話し合っていた。

テーブルにはヴァンダルク王国の地図が広げられている。


「まず、僕から報告しようか」


 クロフトが口を開く。


「これは取引先や顔なじみの旅商人たちから聞いた話だけど……この街ヴァンデルムを含め、近隣の中規模以上の街への出入りチェックが厳しくなってるらしい。具体的には、普段の通行証確認の他に、加護調べの水晶を使った加護属性のチェック、魔法具を使った変装チェックなんかもやってるみたいだ。正面から街に出入りするのは難しいかもね」


「殺し屋を差し向けるくらいだし、やっぱり、そのくらいはやるよね」


 誠治がため息をつく。


「彼らにしてみれば、あなた方は内政的にも外交的にも喉元につきつけられたナイフみたいなものだからね。本来多国間で合意が必要な勇者召喚を一国で勝手にやった挙句、異端だから暗殺しようとするとか。まぁどう考えても自業自得なんだけど」


 クロフトが苦笑して応える。


 彼が言った通り、この世界における勇者召喚には、基本的に多国間合意が必要だった。

より正確に言えば、召喚の儀式を行うために、中央大陸の五つの国が分散保有している伝説級魔法具(アーティファクト)を同時使用する必要があるはずなのだ。


 ところが今回、ヴァンダルク王国はどんな手を使ったのか、一国で勇者召喚を成功させてしまった。

本来複数の国が共通の目的……大規模災害や魔物の大侵攻への対抗……のために召喚し協力を仰ぐべき勇者を、一国が独占する状態となっている。


 勇者たちがヴァンダルクに協力すれば、この中央大陸の軍事的なパワーバランスは大きく崩れ、魔人への対抗を口実にヴァンダルクによって統一される可能性が高かった。


 が、逆に勇者たちがヴァンダルクを見限れば、他国は今回の抜けがけを理由に共同してヴァンダルクに攻め入り、領土を分割してしまうことも考えられる。


 東大陸が魔人に席巻され、世界が瘴気に覆われる中、ヴァンダルクはまさに乾坤一擲の賭けに出たと言えるだろう。



「まぁそんな訳で、中規模以上の街は警備が厳しい。じゃあ小規模な街や村なんかはどうかと言うと、表向きはいつもと変わらないみたいだね」


「表向き?」


 ラーナがクロフトに聞き返す。


「そう。表向き。これは僕自身が馬で半日のところにある村で見聞きしたことだけど、どうやらこの二、三日、見慣れない商人が行商に来てるみたいなんだ」


「……つまり、変装したスパイ?」


「多分ね。彼らは薬なんかを売ってまわってるみたいだけど、行く先々でこう訊くんだそうだ。『ところで最近、見慣れない旅人たちが村に立ち寄ったりしませんでした?』ってね。それはお前だろ、と」


 クロフトは、ははは、と笑った。


「おそらく、旅商人に化けた密偵たちは不定期に各村を巡回するつもりなんだろうね。僕からの報告は、以上だよ」




「難儀な話だなぁ。僕らは完全にお尋ね者か。街もダメ、村もダメじゃ、補給すらおぼつかない……」


 誠治が腕組みをして顔をしかめた。


「補給は大丈夫。私たちの協力者に頼ればなんとかなる。それに警戒が厳しいと言っても、所詮は人が作ったもの。必ず穴はある。そこまで悲観しなくてもいい。……次は私が報告する」


 ラーナは、ちゃ、と片手を挙げた。


「これは王宮で働いている協力者からの話。王国騎士団は、隣国に接している各辺境伯領に対して騎士を派遣したらしい。……おそらく警備強化の指導が目的」


「警備強化はともかくとして、指導? 派遣された騎士が直接検問するんじゃないの?」


 誠治の質問に、ラーナが首を振る。


「王家直轄領を除く各領地の警備は、基本的にその領地を治める領主の仕事になる。領主は大なり小なり自分の騎士団か警備隊を持っていて、彼らが領地警備を担っている。王国騎士団が直接検問を行うのは、人数の面から考えても無理」


「いずれにせよ、各領都ではそれなりの警備と検問があると考えた方がいいね。他には何かある?」


 クロフトの質問に、ラーナはやや迷ったような素振りで口を開いた。


「宮廷魔術団が勇者たちの訓練を始めているらしい。……なのに、本来それを監督するはずの筆頭宮廷魔術士、ゲルモアの姿がない、という話を聞いた。あと、勇者召喚の翌日未明、彼の指示で大量の麻袋が王城から運び出されたという噂がある。……なにかキナ臭い話が多い」


「その話、私から魔王様に手紙でお伝えしておくよ」


 それまでずっと聞き役に徹していたパルミラが、珍しく険しい顔でそう呟いた。

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