第20話 ランチミーティング

 

 食堂では、ちょうどパルミラが昼食の準備を終えたところだった。


「やっと起きたのかい? 綺麗どころを二人も引き連れて、いいご身分じゃないか。さぁ、昼ご飯できてるよ! 片付かないから、さっさと食べておくれな」


 詩乃に引きずられて姿を現した誠治に、ニヤニヤとやや人の悪い視線を飛ばしながら、パルミラは三人に席に着くよう促した。


 昼食は、サラダやハムを中心にやや軽めの料理が並んでいた。




「「「いただきまーす!」」」


 朝食を食べなかった分、三人とも箸が……もといフォークがすすむ。


「それで、これから僕らはどうするんだい?」


 食べながら、誠治はラーナに今後の話を振った。


 ラーナはもぐもぐと口の中を空にすると、少し考えた後、口を開いた。


「最終的には、私たちの国カンタルナ連合魔王国の首都、サントルシアを目指す。そこで魔王陛下がシノを待ってる」


「「ま、魔王 (さま)!?」」


 さらりと聞き捨てならないことを言ったラーナに、誠治と詩乃は思わず訊き返す。


「そう。魔王陛下。我が国の元首にして、人使いの荒いうちの上司」


 ラーナは平然として頷いた。


「その魔王陛下が、なんで詩乃ちゃんを?」


 誠治が詩乃に視線を送る。


「私、魔王様に面識なんてないですよ?」


 詩乃が戸惑ったように首を振った。

 誠治はラーナに向き直る。


「そういえば不思議だったんだけど、なんで君たちは僕らが異世界から来ることや、詩乃ちゃんに星詠みの加護があることを知ってたの?」


 誠治の問いに、ラーナが相変わらずのポーカーフェイスで答えた。


「魔王陛下は、この世界最高の星詠み。あなた達が勇者召喚でこの世界に来ることも、その中の一人に強大な星詠みの加護が与えられることも、陛下は全て見通していた」


 ラーナは詩乃を見る。


「シノは我が国、ひいては世界の運命に深く関わることになる。必ず無事に連れて帰るように、と。陛下はそう言って私を送り出した。だから私は、命にかえてもシノをサントルシアに送り届ける」


(ど、どこかで聞いた……いや、言ったセリフだなぁ。ハタで聞くとなかなかこれは…………)


 誠治はあまりの恥ずかしさに思わず宙に視線を彷徨わせた。詩乃は詩乃で、顔を赤らめながら複雑な表情をしている。


「お、重いよ。ラーナさん…………」


「私は陛下に忠誠を誓っている。少なくとも陛下のために死ねるくらいには。だから私は、自分の命にかえてもシノをサントルシアに送り届ける」


「おバカ」


 それまでラーナの隣の席で、食べながら黙って話を聞いていたパルミラが、隙あり、とばかりにラーナにデコピンした。


「…………いたい」


 少しだけ涙目になり、抗議するラーナ。


「あんた、陛下がなんで『無事に連れて帰る』ように言われたか、全然わかってないじゃないか」


 パルミラが、やれやれといった感じでラーナを見つめる。


「そんなことは……」


「あるでしょ。陛下が『連れて来い』じゃなくてわざわざ『連れて帰れ』って言われたのは、あんたも無事に帰って来なさい、って意味でしょうが。命にかえちゃだめだわね」


(なるほど。うまいこと言ったもんだ)


 パルミラの言葉に感心する誠治。


 どうやらこの世界の魔王はとても部下思いのようだった。




「それで、これからのことだけどーーーー」


 誠治は話を戻す。


「すぐに君たちの国に向けて出発するの?」


 誠治の質問に、首を振るラーナ。


「カンタルナは、ここヴァンダルクの北方、深淵の大樹海を越えた先にある。樹海入口にある小さな街までは馬車で二十日、道中には大きな街が二つある。今日出発しても明日出発してもあまり変わらない」


「確かに二十日もかかるなら、一日、二日は誤差の範囲だね」


 誠治は、うん、うん、と頷く。


「そこで、とりあえず何日かはここに逗留して、情報を集めようと思う」


「情報?」


「そう、情報。おそらく、この街をはじめ大きな街には既に追っ手が放たれてる。私やシノの力である程度察知できるけど、急ぐ旅でもないから、どうせ行くなら向こうの動きを掴んでからにしたい」


「なるほど」


 誠治は納得した。

 かつて営業をやっていた時も、顧客と競合の情報は、様々な方法で収集していた。

 振り返ってみると、それがあったから取れた案件も少なくなかった気がする。


「それに、あなた達二人がこの世界について学ぶ時間も必要。旅をしていてあまりに常識を知らないと、悪目立ちするし、厄介ごとに巻き込まれやすい」


「「あ〜〜」」


 誠治と詩乃の声が重なる。

 異世界の歩き方など分からないし、二人とも今のままでは、半日も生き延びられない自信があった。


「ここでパルミラから色々と教わるといい。彼女は教師だったこともあるから、頼りになるだろう」


「あたしでよけりゃ、何でも訊いとくれ!」


 横に座っているパルミラが、笑顔で大きく頷いた。


「私は街に出て、他の仲間や協力者から情報を集めて来る。クロフトも今頃商売しながら情報を集めてるから、二、三日あれば色んなことが分かるはず」


「分かった。じゃあ僕らは、旅に差し支えないくらいの常識を二日か三日でマスターする、ということで。詩乃ちゃんもそれでいい?」


「はい!」


 詩乃は満面の笑みを返す。

 その笑顔からは「おじさまとふたりきりで勉強……うふふふふ」などという心の声は、一切読み取れない。

 ただし、誠治には、という注釈はつくが……。

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