第17話 王城脱出

 

 ラーナと名乗った表情の薄いメイド少女は、誠治たちを説得にかかっていた。


「この国にいれば、あなたたちはいずれ殺される。それが嫌なら私と一緒に来るべき。私たちの国はあなたたちの命と尊厳を保証する」


 敵か、味方か。

 自分たちを利用しようとしているのか、助けようとしているのか。

 言ってることが本当なら、なぜそんなボランティアみたいなことをするのか。

 誠治の頭の中で、思考が加速する。


「君たちの国の目的はなんだ?」


「不当に迫害されている者の保護は、我が国の国是。星詠みはその対象になっている。……ついでに、加護なしも保護対象」


(俺はついでか)


 心の中でツッコミを入れながら、誠治は表情を変えずに続ける。


「君が嘘をついていないという証拠は?」


 相手が嘘をついてないのはメンタルリンクによる感情視で分かっていたが、誠治はあえて動揺を誘うような質問をぶつけてみた。


「その子なら、私が嘘をついてないことが分かるはず」


 誠治は詩乃と顔を見合わせた。

 詩乃が頷く。

 メイド少女は焦れたように続けて二人に呼びかけた。


「もう時間がない。さっきこの国の『影』の連中に襲撃された時、爆裂の魔封石で壁ごと吹っ飛ばした。大穴が開いて騒ぎになってるから、間も無く追っ手がやって来るだろう。早く逃げないと、私もあなたたちも一網打尽」


「「あれ、あんたか(あなたなの)!?」」


 落ちこぼれ勇者コンビはきれいにハモった。

 誠治は、はぁ、とため息をつく。


「分かった。君と一緒に行くよ」


「いい判断。ちょっと決断が遅いけど」


 ラーナは表情をほとんど変えないでドヤ顔をするという高等テクニックを披露した。






 門塔の階段を降りると、もう一人残っていた兵士も宿直室で倒れていた。

 訊けばラーナが星詠みの力で昏倒させたのだと言う。

『にこポン・スタン(誠治命名)』は、星詠みの一般的なスキルらしかった。


「ここで待ってて」


 共に行動を始めるや、ラーナは潜入工作員らしい手際の良さを発揮した。

 彼女が当直室を出て、恐らく反対側の門塔にあると思われる跳ね橋の巻上げ機を操作しに向かうと、ものの一分ほどで外からガラガラ……ズン、という音が聞こえてきた。


 宿直室の出入口から、ラーナのポニーテールがぴょこんと顔を出す。


「橋を下ろした。行こう」




 ラーナに促され、門塔を出て主城門をくぐる。


(やっとここまで来たな……)


 ラーナという協力者を得て、誠治は少しだけ足どりが軽くなった。右も左も分からない異世界で暗中逃げ回るのは、自身が思っている以上に負担になっていたのだ。

 複雑な思いを胸に、跳ね橋を渡る。


「ちょっと待って」


 ほぼ渡りきった辺りでラーナは橋を振り返り、ポケットからナイフを取り出した。


「何をするんだ?」


 ラーナは誠治の質問にすぐには答えず、その場でしゃがみこんで跳ね橋の床板にナイフを突き刺した。

 そのまま二、三回抜き刺しして小さなくぼみを作る。


「……敵を足どめする」


 ポニテ少女はポケットをまさぐると、紅く光る小さな宝石のようなものを取り出し、くぼみに埋めた。


「下がって」


 ラーナの指示で橋から距離をとったところで、門の向こうから人の叫び声が聞こえ、遠目にガチャガチャと兵士たちが走って来るのが見えた。


「伏せて」


 三人がその場で地面に伏せると、ラーナは橋に向かってこぶしを突き出した。


「ドカン。」


 呟くと同時に、こぶしが淡い光を放ち……


 ドン!!


 跳ね橋が爆発した。


「きゃっ!」


 詩乃が両手で頭を庇う。

 誠治は咄嗟に、悲鳴をあげる詩乃に覆い被さった。


 先ほどまで橋だったものの破片が、宙を舞い、辺りにバラバラと落下する。

 幸い、誠治たちに当たることはなかったが。


「ダイナマイトかよ……」


 思わずぼやく。


 実はその時、腕の中の少女が湯気が出そうなほど顔を赤くしていたのだが、暗がりの中、彼がそのことに気づくことはなかった。


「あの……おじさま?」


「ん? ーーーーあ、ごめん!!」


 誠治は自分の所業に気づき、ぱっ、と詩乃から離れた。


「今のは、破片から君を守ろうとしてだな。頼むから警察には……」


 だから、ここには警察などいない。

 詩乃はくすりと笑った。



 橋を落とされた堀の向こうの兵士たちは、こちら側に渡ることができず、立往生している。


「こっち」


 ラーナが誠治の袖を引っ張り、三人は近くにあった建物の影に駆け込んだ。


 今の爆発で堀のこちら側、つまり城塞外縁部の建物から、わらわらと人が出てきていた。このままでは彼らに怪しまれ、拘束されるおそれがある。


「裏を通って行く。暗いから足下に気をつけて」


 ラーナはエプロンのポケットをまさぐると、今度は宝石のような大きめの石がついた指輪を取り出した。

 まるでどこかのタヌキ型ロボットのポケットだな、と誠治は思った。

 ラーナが指輪を左手の指にはめると、指輪の石から小さな光の筋が出た。


「ついて来て」


 少女はその光で足下を照らすと、建物の裏……建物と城壁の間に入って行く。

 誠治と詩乃は顔を見合わせると、慌ててメイド少女の後を追った。




 建物と城壁の間には、幅二メートルほどの隙間があり、小道のようになっていた。

 そこを三人は縦一列になって進む。


 表側から喧騒が聞こえて来る。跳ね橋が爆破されたのが知れ渡り、騒ぎは大きくなりつつあった。


「あっちに注意が向いてる、今が脱出のチャンスだな」


 誠治の言葉に、ラーナが頷く。


「もちろんそれも織り込み済み。私の計画は完璧」


「「…………」」


 どうやら彼女は、意外と調子に乗る性格のようだった。

 だが、敵に襲われやむなくではあるが、宮殿を派手に爆破した彼女に説得力はない。




 いくつかの建物を通り過ぎた後、城壁に登る階段がある場所にたどり着いた。


「ここを登る」


 階段を登ると、城壁の上は通路になっていた。高さ約十メートル。さながら万里の長城のようだ。


「巡回の兵士に見つかると困る。伏せて待ってて」


 ラーナはそう言うと、外側の石垣の脇に屈み、外に向けて光を放つ指輪を振り始めた。


 カラカラカラカラ


 間もなく、城壁の外に小さな馬車がやって来る。

 どうやら路地裏に隠れ、合図があるまで待機していたようだった。


「あの馬車の荷台に飛び降りて」


「はぁ?!」


 誠治は思わず聞き返した。


 確かに荷台には藁と思しきものがいっぱいに積まれ、飛び降りても大丈夫なように見えなくもなかったが。

 それにしても高低差が三メートル以上はある。高さに慣れていない誠治は足が竦んでしまった。


「早く。脱出は時間が勝負」


 急かすラーナ。

 顔を見合わせ、情けない顔をする誠治と詩乃。


「……もういい」


 ラーナは呟くと、ひょい、と誠治を担ぎ、馬車の荷台目掛けて放り投げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る