第16話 あゝ、勘違い

 

「よし。それじゃ、これからどうするか考えようか」


 誠治の言葉に、再び詩乃が頷く。


 誠治はわずかに視線を宙に彷徨わせた後、腰の高さほどの城壁に寄りかかり、ちら、と門の表側を覗き見る。

 門の外には堀があり、その向こうには城塞の外郭部が広がっていた。


「まず脱出路だね。こうしてみると分かるけど、城門の外に堀が掘られてて、跳ね橋を下ろさないと渡れないようになってる」


 詩乃も同じように城壁に寄りかかり、ちら、と下を見た。


「暗くて、よく分からないですね……」


「うん。堀の中がどうなってるか分からないから、跳ね橋を下ろして渡るほかないだろうな」


 誠治は考えを巡らせる。


「吊橋を下ろす仕掛けがどこにあるか……。門の表にも裏にもない。と、いうことは、反対側の門塔かな」


「私たちに操作できるでしょうか?」


「原始的な巻上げ機なら、橋を上げるのは一人じゃ難しいけど、下ろす方はさほど難しくないと思うよ。ストッパー外すだけ、とかね」


 微笑んでみせる誠治。


「問題は、見張りの兵士たちをどうするか、だな。把握してる範囲では二人。今回はこちらの存在が知られてるから、奇襲は無理がある。ちょっとした小芝居が必要かな」


「小芝居、ですか?」


 詩乃が首を傾げる。


「ああ。例えば……そうだなぁ。『お腹冷えちゃった。トイレどこ?』みたいな?」


「…………それ、女の子に言わせるんですか?」


 詩乃が眉をひそめ、小さく口を尖らせた。


「いやいやいやいや。それは僕の役ね。詩乃ちゃんのお仕事は、例によって兵隊さんに後ろから近づいて、夢の世界に誘うことだよ」


「おじさまも、結構男子ですよね」


 詩乃は呆れた顔をしてみせる。


「男は、永遠の少年なんだよ」


 格好つける誠治。


「少年はいいですけど、男子は遠慮したいです」


 二人は顔を見合わせ、笑いあった。




 ガチャン


 突然響いた金属音に、二人は、はっとして塔の方を振り返る。


 崩れ落ちている兵士。

 その後ろから現れた人物の姿に、二人は息をのんだ。


「……やっと見つけた。星詠みの女」


 ポニーテールのメイド姿の少女はボソボソと呟き、右目に当てていた加護調べの水晶をはずすと、エプロンのポケットにしまった。


「詩乃ちゃん、メンタルリンクを」


 誠治は詩乃を庇うように前に出る。


「はいっ!」


 次の瞬間、詩乃の意識と繋がった。


 〈届いてますか?〉


 〈うん。大丈夫そうだ〉



 黒いモヤが立ち昇る小柄なメイド少女は、ポケットからナイフを取り出し、順手に構える。


 誠治もローブの内ポケットを探り、先程拾ったナイフを取り出した。


「メイド服は、この国の暗殺者の制服なのか?」


「冗談。これはただの変装。それより……」


 メイド少女は詩乃に目をやり、意外な台詞を吐いた。


「星詠みの女、その男から離れて。その男は危険」


「……は? なんで僕が?!」


 突然現れてナイフを向けて来るお前が何を言うか、と誠治は思う。


「お前からは、本来あるべき気配が感じられない。きっと気喰いの魔石を隠し持ってる。そんなものを持ってるのは、私たち星詠みに害意を持つ者だけ。だから離れて、星詠みの同胞」


「…………あのさぁ」


 誠治はズボンのポケットをまさぐると、『それ』を取り出した。


「言っとくけど、これは僕たちを襲ってきた暗殺者が持ってたものを拝借しただけだからね。元々僕が持ってた物じゃないよ?」


 誠治は、メイド暗殺者がつけていた指輪を掲げてみせる。


「…………そうなの?」


 メイド少女の問いに頷く詩乃。


「「……………………」」


 気まずい沈黙の後、メイド少女がポツリと言う。


「それならそうと、先に言って欲しい」


 少女はナイフをしまった。




(いやいやいやいや! いきなりナイフ抜いたの、そっちだから!!)


 心の中で叫ぶ誠治。


 〈……くす〉


 〈あ、詩乃ちゃん、今笑ったね?!〉


 メンタルリンクは繋がったままだ。


 〈それよりおじさま。女の子から殺気が消えましたよ?〉


 誠治はメイド少女を見た。確かに今は、白いモヤに包まれている。


「それじゃあ改めて訊くけど、君は何者なんだい?」


 誠治の問いに、少女は軽く息を吸い、凛として言葉を放った。


「私はラーナ。カンタルナ連合魔王国の使者。異世界から来た星詠みの同胞を助けに来た」


 ポニーテールが微かに揺れた。





 王城の大広間は騒然としていた。


 突然の爆発音。天井と壁を震わせる揺れ。

 セレーナ王女の進言で、その場ですぐに王が事態の収拾を約束したのだが、辛うじてパニックに至っていないというのが実情だった。


「(何が、どうなっている!?)」


 玉座の王は苛々した様子で、報告に来た家令のペネトに小声で問うた。

 初老の小柄な家令は、猿に似た顔を王の耳に寄せた。


「(申し訳ございません、陛下。影どもが失敗致しました)」


「何?!」


 王の顔が憤怒に歪む。


「(こちらの手練が四人、討たれましてございます)」


「相手は異端の星詠みとはいえ、小娘だろう。一緒にいたのも加護なしの無能男だ。何をてこずっている?!」


 興奮する王に、ペネトは表情を変えず、淡々と報告する。


「(先に送り込んだ者は、星詠みの力で頭をやられておりました。恐らく対象に返り討ちにされたのでしょう。ですが次に送り込んだ三人は、強力な爆裂火球で建物ごと爆殺されておりました)」


「爆裂火球だと?! 火属性の上級魔法ではないか!!」


 王の目が驚愕によって見開かれる。


「(はい。対象の二人は、星詠みと加護なしとのことですから、考えられることは一つ。……第三者の介入でございます)」


 王は、茫然として玉座の背にもたれた。


「勇者たちは我が国の切り札だぞ。これであの出来損ないの異端どもが他国について我が国を批判でも始めたら、どうするのだ……?」


「(既に追っ手を放っております故、ご心配なさらぬよう。間もなく行方を探し当ててご覧にいれます)」


「なんとしてでも見つけるのだ。そして殺せ!」


 脂汗を額に浮かべた王の言葉に、ペネトは左胸に右の手の平をつけ、頭を垂れた。


「御意のままに」


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