第18話 隠れ家的アジト

 

「ぅおおお?!」


 落ちている時間は、一瞬と言うには長く感じられた。


 ドサッ!


「っ!!」


 背中から藁の山に落下する。

 誠治は草の匂いに包まれながら、とりあえず怪我がなかったことにホッとした。が、


「ひっ!?」


 更に頭上から少女の悲鳴が聞こえる。


(ちょ、次来るの早過ぎだって!)


 誠治は場所を開けようと必死に手足をバタつかせる。が、藁が沈みこみなかなか移動できない。

 そこに……


「きゃぁあああああ!!」


 ドサッ!


「ぐぇっ?!」


 詩乃は見事に誠治の腹部に降ってきた。

 そして更に……


 ドサッ


「がはっ!?」


 少しだけ位置をずらして、ラーナが着地する。誠治は少女たちの安全マットに成り下がっていた。


(ヒドい……)


 割と本気で涙目になる誠治。

 前に座っているローブを羽織った御者は、ラーナが落ちてくるのを確認すると、すぐに馬車を出発させた。




 カラコロカラコロ


 石畳を踏み、乾いた音を立てながら、馬車は夜の街を進む。

 ラーナは誠治と詩乃の頭を藁山に押しつけると、自分も頭を低くして、後ろを警戒していた。


 馬車は大きな邸宅が並ぶ貴族街を抜け、商店の看板が並ぶ商業地区に入る。

 ほとんど人気がなかった貴族街と比べ、未だいくらかの飲食店が営業している商業地区にはちらほらと人出があった。


 馬車は中心部付近の繁華街を避け、ほとんどの店がクローズした職人街を走る。

 しばらく行ったところで、誠治と詩乃の頭を押さえていたラーナの手が離れた。


「多分、もう大丈夫」


 幸いなことに追っ手はいないようだった。


「さすが私。逃走もカンペキ」


 相変わらず自己評価の高い娘さんである。


(人を安全マットにしたくせに)


「…………何か?」


 ラーナがじろりと誠治を睨む。


「いや、何も」


 誠治はジト目を逸らした。


「あの……」


 そのやり取りを見ていた詩乃が、空気を読みながらおずおずと口を開く。


「どこに向かってるのか、訊いていいですか?」


 ラーナは詩乃に目をやった。


「私たちのアジトの一つに向かっている。もう間も無く着くはず」


「アジト?」


 詩乃が聞き返す。


「そう、アジト。隠れ家。秘密基地。ようするに私たちの秘密の活動拠点の一つ」


 ラーナがそう説明して間も無く、馬車は薄汚れた古い住宅街に入って行った。

 旧市街なのだろうか。スラムとまではいかないが、貧民街一歩手前といった雰囲気が漂っている。


 やがて馬車は、ある三階建の集合住宅の前に差し掛かった。

 それまで軽快に走っていた馬車はスピードを落とし、左に曲がって住宅に隣接する納屋に入って行く。


 御者は納屋の奥に馬車をとめると御者台からひらりと飛び降り、入口の引き戸を閉めに行った。


「皆さん、降りても大丈夫ですよ」


 御者はそう言いながら、目深に被っていたローブを脱ぐ。

 ローブの下から現れたのは、二十代前半くらいの中肉中背の青年だった。


 年齢の割に落ち着いた雰囲気の茶髪の青年は、荷台の後ろを開け、誠治たちが降りるのに手を貸してくれた。


「ラーナ、僕は片付けしてから行くから、先にお二人を案内してもらってていいかな?」


「わかった。私について来て」


 ラーナは頷くと、異世界からの客人たちに声をかけた。





 納屋と住宅は中で繋がっているらしく、左手の壁にある扉を開けると、住宅側の中庭に出た。

 中庭には四方の壁際に魔法灯が掲げられていて、足下がはっきり見える程度には明るかった。


 誠治は周りを見回す。


 住宅は上から見ると中庭を囲むようにロの字になっていて、各部屋は中庭から採光できるよう、内側に必ず窓を持っていた。


 ラーナはそのままスタスタと奥に進むと、突き当たりにある扉をノックした。

 間もなく扉が開き、丸々として恰幅のいいひとの良さそうなおばさんが姿を見せた。


「おかえり、ラーナ。無事に帰って来てよかったよ」


 そう言って小柄なラーナを抱きしめる。


「ぱ、パルミラ……ぐるじい……」


 ラーナも苦しげに呻くが、抵抗するでもなくされるがままになっている。

 どうやら、いつものことらしかった。


 しばしあってラーナを解放したパルミラは、誠治と詩乃の方を向く。


「あんたたちが異世界からのお客さんだね。あたしゃパルミラ。表向きは、この家で大家と管理人をやってるよ。遠くの世界からよく来たね。狭い部屋で十分なおもてなしもできないけど、ゆっくりしていっておくれ」


 そう言って微笑んだ。




「さて。あんたたち、お腹すいてないかい?」


 廊下を通り、リビングに通された三人がソファに腰掛けるよりも前に、パルミラはいきなりそんなことを訊いてきた。

 誠治と詩乃は顔を見合わせる。


「お腹すいた」


 二人が答える前に、ラーナが、ちゃ、と手を挙げる。


「僕も」


 誠治がそれに続く。


「あの……私も……」


 最後に詩乃も恥ずかしそうに手を挙げた。


 晩餐会では誠治もメインディッシュが出る前に退席してしまったし、詩乃とラーナにいたっては、昼から何も食べていなかった。


「よし。みんないい返事だ。すぐに用意するから、ちょっと待ってな」


 ニコニコと笑って、パルミラは台所に消えて行った。


「「「はぁ〜〜〜〜」」」


 残された三人は、ずっと続いていた緊張から解放され、思い思いの姿勢で身体をのばす。


 パルミラは宣言通り、文字通りすぐに夕食の準備を整えてくれた。

 その時間、約五分。


 三人が彼女に呼ばれてダイニングに行くと、食卓には五人分の食事が用意され、ちょうど御者の若者が席に着こうとするところだった。


「やぁ、挨拶がまだだったね。僕はクロフト。表向きは旅の商人さ」


 差し出された手を握りながら、誠治と詩乃も自己紹介をする。


「セージとシノか。これからよろしく頼むよ」


 旅の商人は爽やかな笑顔で言った。


「さぁさぁ、どんどん食べな! おかわりもたっぷりあるからね!」


 寸胴を持ってダイニングにやって来たパルミラが、熱々のビーフ(?)シチューを皆の皿に盛り付けながら、豪快に笑った。

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