くたびれ中年と星詠みの少女 「加護なし」と笑われたオッサンですが、実は最強の魔導具使いでした（WEB版）

第11話 運命への反逆

　誠治は対峙した相手の右手に握られた凶器を流し見た。

　両刃の小型ナイフで刃渡は十センチ程。

　ナイフ投げには丁度良さそうだが、相手を殺すのならそれなりの技術がいりそうだった。

　自分が扱えばリンゴの皮剥きくらいにしか使えないだろうが、その道に長けた人間が使えば十分な武器になり得る。

　まして刃に毒が塗られていれば、一巻の終わりだ。

　誠治はそう判断した。

　つまり、相手の脅威度は先ほどまでとは比較にならない程高くなってしまった、ということだった。

（くそ！ せっかく武器を封じたのにーーーー）

　背中にだらりと嫌な汗が流れる。

　メイド姿の暗殺者はナイフを逆手に構え、ジリジリと近付いてくる。

　右後ろの背後には短剣が転がり、左後ろのベッドには詩乃がいる。

　絶対にここを通す訳にはいかなかった。

　刃物を持った暗殺者の素手での制圧。至難の技だがやるしかない。

「はっ！！」

　ついにメイドが床を蹴って飛びかかって来る。

　その光景は未来視で二度も見た斬撃のシーンと瓜二つ。

　右手に逆手持ちしたナイフによる、首筋を狙った斬撃。

（それ、牽制だろ！）

　刃の軌道が二重に重なって見えた。

　誠治は後ろに仰け反り、紙一重でナイフを躱す。鼻先を刃がかすめた。

「っ！！」

　メイドは驚きをもって敵を睨んだ。

（躱された？！）

　相手の男は青い顔をしているが、彼女が得意としている飛び込みざまの斬撃を、紙一重で躱していた。

　あれは『次』に繋げるためのフリではあるが、同時に手負いにして以降の戦闘を有利に運ぶための『本気』の一撃でもある。

　暗殺者に焦りが芽生えた。

　彼女の得意技は、ここから左手を添えて刺突に繋ぐことだったが、初撃を躱されたため次が有効な一撃となるか覚束なくなってしまった。

　やむなく右手を左肩のあたりに上げたそのままの姿勢から、大きく右脚を踏み込んで、速さと距離を詰めることを優先して標的に斬りかかる。

　ヒュン

「うわっつ！！」

　どんくさそうな男は後ろに飛び退き、またギリギリのところで斬撃を躱した。

（なぜあれが躱される？！）

　女は明らかに格下の中年親父に、本来なら当たってしかるべき一撃を当てられず、冷静さを失いつつあった。

　ヒュン

「ぅお？！」

　ヒュン！

「ぐぉ！」

　ビュン！！

「うっつ！！」

　続けざまの斬撃も、なぜか素人親父を捉えられない。

　そしてその焦りは、次第に彼女の太刀筋を大振りなものにしていった。

　そして…………

　ブン！！！

「ほっ！！」

　パシッ！

　彼女の横薙ぎの斬撃を躱しざま、誠治の平手がナイフを握った手の甲を払った。

「き、貴様ァアアアア！！」

　暗殺者は理解不能な目の前の理不尽に、我を忘れた。

　一方、誠治は冷や冷やしながらも、なんとかメイドの攻撃を躱し続けていた。

　素人がプロの暗殺者とやりあえているのには、実は理由がある。

　彼には今、刃の軌道が二重に重なって見えていた。

　つまり一瞬先の斬撃の軌道が、現実の斬撃に先行して見えていた。それはあたかもレースゲームのゴーストカーのように。

『未来視＋メンタルリンク』

　誠治が考え、詩乃がぶっつけ本番で臨んでいる前代未聞の戦術。

　メイドが部屋に入って来た瞬間から、詩乃は一瞬先の未来のビジョンを誠治に送り続けていた。

　次に相手がどう動くのか。どういう軌道でナイフが振るわれるのか。それが『見える』ので、素人の誠治でも辛うじて一級暗殺メイドの斬撃を避けることができているのだ。

　もちろんそれは文字通りの意味で紙一重、首の皮一枚の綱渡りであったのだが。

　ビュンッ

「ほっ！」

　ビュン！

「はっ！」

　ブン！！

「よっ！！」

　メイドの斬撃を捌くうち、誠治にも僅かながら相手を見る余裕が出てきていた。そして、

　ブン！！！

「うりゃ！」

　パシッ

「ぐっーー！！」

　反時計回りに雑に大振りしたメイドの腕を左手で流しながら、すかさず踏み込み自分の右腕を相手の右脇から後頭部に絡める。

　そうしてナイフを持つ右腕を半固定して無理やり頭上に掲げさせながら、自分の左腕は相手の首を締めるように首筋にまわし抱き抱えるように自分の右手首を掴んで固定した。

「ーーんぐっ！？」

　ついに絞め技がきまる。

　メイドはどこかのフリーダムな女神像のように右腕を掲げさせられ、首に巻きつけられた誠治の左腕によって頚動脈を強烈に絞められるという、悲惨な状態に陥った。

　結果論ではあるが、柔道で言う片羽絞めと裸絞めの合いの子のような絞め方になっていた。

「ぐぅっーーーー！！」

　メイドは辛うじて動かせる左手で誠治の腕を引き剥がそうと必死でもがくが、一度きまった絞め技は容易には外れない。

　ぐっーー

　誠治は自分の胸板を相手の首に押しつけ、左腕を更に絞めつけるように体重をかけた。

　一秒、

　二秒、

　三秒、

　突然、絞めていた相手から力が抜ける。

　メイドはナイフを取り落とすと、そのまま床に崩れ落ちた。

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

　誠治はその場でへたり込んだ。

（なんとかやった、か……）

　オチた相手は、起こさなければそのままあの世に逝くこともあるが、自然回復することも多い。

　だがとりあえず、目の前の危機は乗り切ったと考えていいだろう。

「はぁ〜〜〜〜」

　誠治は大きく息を吐いた。

　運命への反逆……自分と詩乃が殺されるという未来を、とりあえずは変えることができた。

　この後、詩乃を護りながら城から脱出するというミッションは残っているが、敵はまだ自分たちが暗殺者を撃退したことを知らない。

　詩乃の暗殺と排除命令で動いているのは城の中でも一部の人間だけであろうから、詩乃の対人レーダー……もとい気配感知があれば、なんとかならなくはないだろう。

　誠治は立ち上がり、メイドが取り落としたナイフを拾い上げると、詩乃を振り返った。

「……おじさま？」

　詩乃はベッドから立ち上がり、ふらふらと誠治に歩み寄ると、

「おじさまっ！！」

　目に涙を浮かべ、力いっぱい誠治に飛びかか……もとい、飛びついて来た。

「ぐほっ！！」

　異世界や 腹に飛び入る 上履き少女 ぐほっ （字余り）

　一句できた。

　いや、できてしまった。誰の心も動かせない川柳が。誰も復活しない復活の呪文が。

　強烈な腹への一撃に意識をアレしている誠治に気付かず、詩乃は誠治のシャツに顔を埋めて呟いた。

「おじさま……無事でよかった…………」

　誠治はなんとか意識を呼び戻し、詩乃の肩をぽん、ぽん、と叩いた。

「ありがとう。詩乃ちゃんのおかげだよ」

　詩乃は顔を埋めたまま、ぶんぶんと首を振る。

「おじさまのおかげです。私ひとりでは何の抵抗もできずに殺されてました……」

「僕ひとりでも殺されてたよ」

「じゃあ、ふたりの共同作業ですね！」

　詩乃は誠治を見上げて微笑んだ。

（ええと、何この魔性？ 将来、絶対男どもを惑わすぞ、こりゃ……。いや、かわいいけどね）

　おじさんは、女の子の将来がなんとなく不安になった。

　そうやって二人がイチャついていた時。

　背後でユラリと立ち上がる影があった。