第2話 呼んだ者、呼ばれた者
最初に部屋に入って来たのは、腰に細剣を吊るした女性騎士だった。
同様の騎士が二名続き、扉脇に控える。
続いて侍女が数名入って来た後、白を基調にしたシンプルなドレスを身につけた金髪の少女が現れた。
「お姫様、かな?」
颯太が呟く。
歳の頃十六、七と思われるその美しい少女は長い髪をなびかせ、女性騎士をお供にゆっくりと誠治たちのところに歩いて来る。
ごくり、と誰かが唾を飲んだ。
少女は転移組の前までくると足を止める。流れるように女性騎士が進み出て、立礼した。
「異世界よりのご客人の皆様に申し上げます。私はヴァンダルク王国百合騎士団所属、メイリス・カルナマゼル。こちらはヴァンダルク王国王女、王位継承権第二位のセレーナ・メルギド・ヴァンダルク殿下です」
その言葉は日本語ではないはずなのに、なぜか意味は完全に伝わった。
セレーナ王女は、スカートの端をつまんで軽やかに挨拶してみせる。
「皆様初めまして。セレーナと申します。言葉が異なっているとは思いますが、内容は伝わりますでしょうか?」
「ああ、問題ない」
黒髪イケメンの正也がそう返すと、セレーナは嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。こちらにも、皆様の言葉が理解できます。どうやら伝承は間違っていなかったようですね」
「伝承?」
颯太が聞き返す。
「はい。伝承です。こちらの世界には、異世界からの勇者召喚にまつわる伝承があるのですが、その中には言葉と意思疎通について語られたものもあるのです」
セレーナの言葉に、今度は可奈が眉をひそめた。
「召喚? ……ここはやはり異世界なのね」
「はい。そのことで、まずはお詫びをしなければなりません」
セレーナは居ずまいを正した。
「皆様をこの地にお呼びしたのは、私たちです。私たちの身勝手で皆様をお呼びだてしまい、まことに申し訳ございません」
王女の謝罪に対し、どう反応していいのか困り顔を見合わせる乗客たち。
王女はその様子を見て再び口を開いた。
「今この世界は、魔界からの侵略者により滅亡の危機に瀕しています。彼ら魔人は東の大陸に転移門を開き、異形の魔物を送り込んできました。魔物の出現とともに世界中に瘴気が広がり、野生動物は凶暴化。ついには食料生産にも影響が出始めました。もはや一刻の猶予もありません。皆様、どうかお願いです。私たちに力をお貸し下さい。異世界から来られた皆様は、特別な力を得ておられるはずです。その力で私たちを、この世界をお救い下さい」
セレーナはそう言って、深々と頭を下げた。
「俺たちに、力が……」
自分の両手を見て、正也が呟く。
勇者召喚。美しい姫君の懇願。その事実に、彼の心は舞い上がりつつあった。
彼女は自分たちには世界を救う力があるという。それが本当なら……自分たちに特別な力があるのなら、力なき者を助けるのは人として当然のはずだ。
「そりゃあ、もちろん……」
「ちょっと待って」
舞い上がった正也を制止したのは、可奈だった。
「いくつか訊きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「私にお答えできることであれば」
セレーナが頷く。
「それじゃ一つ目の質問。私たちは元の世界に戻れるの?」
誰もが一番知りたいと思っていたことを、可奈はストレートに尋ねた。全員の視線が美姫に注がれる。
質問されることを想定していたのか、セレーナは軽く頷いて口を開いた。
「戻れると思います」
その言葉に転移組の張り詰めた空気がゆらいだ。
「実はこの世界で勇者召喚が行われるのは、初めてではありません。きちんとした記録の残っているものだけでも二回。伝承や伝説、伝聞として伝わるものを含めれば、この千年の間に四、五回程度、召喚が行われているようです」
「そんなに……」
颯太があきれたような顔をした。
「過去の勇者たちの遺物と伝承は世界中に散らばっていますが、その勇者像は多様で、性別も年齢もまちまちです。今回のように、一度に複数の勇者を召喚したという話もあります。そして彼らの中には、元の世界に帰ったと伝わる者も、少なからずいるのです」
誠治は、具体性がありそうでない話だな、とぼんやりと思った。もっとも彼自身は元の世界への思い入れなど全くなく、特に戻りたいとも思っていないのだが。
同じく話を聞いていた可奈は、額を指で押さえた。
「つまり、あなたたち自身は私たちが戻る方法を知らない、ということ?」
「はい。残念ながら……。ただし伝承によれば、東の大陸に異世界への扉を開く鍵があると伝わっております」
可奈はセレーナを睨んだ。
「元の世界に戻りたきゃ、東の大陸にいる魔人とか魔物をなんとかしろ、ってことね」
セレーナは困ったように首を振った。
「ひょっとすると、それ以外の方法があるのかもしれませんが……申し訳ありません。私たちには他に情報がないのです」
「…………そう。分かったわ。それじゃ二つ目の質問ね。さっき聞いた、世界を救って欲しい、ってお願いだけど、私たち全員が断った場合はどうなるの?」
誠治は可奈の顔をまじまじと見た。この子、物怖じしないなぁ、と少し感心する。
「私たちの要請を断られた場合でも、皆様の安全と生活、そして国内を移動する自由を保障させて頂きますわ。我が国が存続するかぎりは……」
「要するに、協力しなくてもいいけど、自分たちの国が滅亡したら知らないよ、と」
可奈の言葉に、セレーナが頷く。
(この二人のやり取り、やたらとハラハラさせられるんだが……)
特に、可奈の言葉に毒がありすぎる。確かに核心をついてはいるのだが。
誠治は久しぶりに胃がキリキリと痛む感覚を味わっていた。
「まぁ、大体分かったわ。私からの質問は以上よ。ありがとう」
可奈があっさりと質問を打ち切り、他の転移組は些かほっとしていた。
「他の方は、お訊きになりたいことはございませんか?」
セレーナの問いかけに、正也が手をあげた。
「セレーナさんがさっき言ってた、俺たちが与えられたかもしれない『特別な力』について、教えてもらえるか? 正直、何も変わった実感がないんだが」
お姫様をつかまえて『さん』づけはないだろうが、と誠治はまたハラハラしたが、セレーナもおつきの騎士や侍女たちも、そこはスルーしているようだった。
「この世界に転移する際、皆様には何らかの精霊の加護がついたはずです。加護そのものはこの世界でも珍しいものではありませんが、皆様が得たものは私たちのそれに比べ、はるかに強力なものとなっているでしょう」
「精霊の加護?」
「はい。この世には火や水、風や土といった様々な精霊がおり、万物の理を司っていますが、彼ら精霊は人や動物、モノに宿ってその力を顕現します。人や動物に宿った場合は魔法、モノに宿った場合は自然現象として扱われますが、本質的には同じものです。精霊の加護とはつまり、その精霊を効果的に操る力のことです」
「よく分からないんだが、要するに魔法の属性適性みたいなものか?」
「大体その理解で合っていると思いますよ。私も人からの受け売りですから、凡そのことしか説明できないですが。詳しいことは、またあらためて宮廷魔術師から説明させることにしましょう」
そこで王女は、ぴた、と手を合わせて異世界人たちを笑顔で見回した。
「さて。上で我が父、ヴァンダルク王が皆様にご挨拶申し上げるため、お待ちしております。侍女がご案内しますので、申し訳ありませんが移動をお願いできますか?」
王女との面談はそこまでとなった。
年長の侍女が進み出て、身なりを整える為に別室に案内するという。王との謁見はその後になるらしい。
そうして異世界からの来客たちは、自分たちが召喚された部屋をあとにしたのだった。
部屋には、二人の人間が残っていた。
客人たちを笑顔で見送った少女は、顔に笑顔を貼り付けたまま傍らの女騎士・メイリスに尋ねた。
「あんなもので、どうかしら?」
「迫真の『お願い』でしたね。普段とのギャップに思わず噴き出しそうになりましたよ」
「……召喚陣のエサにするわよ?」
「おや。褒め言葉のつもりだったのですが」
メイリスは歪んだ笑みを浮かべて言う。
ブロンドの美姫は、不機嫌そうにちっ、と舌打ちした。
「あとは、あの強欲オヤジ次第ね。また下手に欲をかいて、ボロを出さないとよいのだけど」
「ゲルモア殿もおりますし、必要があれば軌道修正されるでしょう」
セレーナは眉間に皺を寄せた。
「あの魔術師、なかなかの曲者よ。今はこっちについてるけど、気がついたら全部持っていかれてた、なんてことになりかねないわ」
「監視を続けておりますが、今のところ変わった動きはありませんね」
「宰相派だけでなく、他国との接触にも注意して監視を続けさせなさい」
「御意に」
やがて部屋には誰もいなくなり、扉が閉じられた。
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