くたびれ中年と星詠みの少女 「加護なし」と笑われたオッサンですが、実は最強の魔導具使いでした(WEB版)
二八乃端月
第1話 おっさん・ミーツ・ガール
夕暮の色に染まる郊外を、短編成の電車が通り抜けてゆく。
薄暗い車内は乗客もまばらで、高校生男女の四人組が楽しげに話している他は、どことなくどんよりとした空気が漂っている。
そんな車内。
高校生たちからやや離れて一人の中年男が座っていた。
無精髭をのばしヨレヨレのシャツを着たその男は、焦点の定まらない虚ろな目でぼんやりとロングシートの端に腰を下ろしている。
仕事を辞めて二ヶ月。
彼は当て所もなく街を彷徨っていた。
昼は公園のベンチや喫茶店で過ごし、夜は飲み屋に入り浸る生活。自宅には寝に帰るだけ。独りきりの一軒家にはなるべく居たくなかった。
過度のアルコールと慢性的な睡眠不足で思考は鈍り、昼夜の感覚もおかしくなっている。
現実感のない毎日が、ただ繰り返される。
離婚して半年。元妻の浮気発覚から八ヶ月。
彼は茫洋として視線を宙に彷徨わせていたが、ふと向かいのシートに座る女子学生に目をとめた。
視界に映る小さな違和感。
しばらく眺めて、その違和感の正体が彼女の履物にあることに気がついた。
少女が履いていたのは、薄汚れた上履きだった。
(なんで上履き?)
誠治はボンヤリした頭で考える。
そうして、たっぷり鈍行で一駅分くらいの時間がかかって、やっとこさ正解らしい答えにたどり着いた。
(いじめか?)
野暮ったい制服を着た、痩せぎすの少女。
学校で誰かに靴を隠されたのか、捨てられたのか。
よくよく見れば、膝の上に抱えた通学用のバッグも、薄汚れ、切り裂かれ、黒や赤のマジックで落書きされていた。
(むごいな……)
誠治は人知れず息を吐いた。
俯いた彼女の頭は車両が揺れるごとに無気力に揺れ、長い髪で隠れた表情を読み取ることはできない。
親子ほども歳が離れているであろうその子は、やけに生々しく痛々しかった。
彼は思う。
そこまでして学校なんか行かなくてもいいのに。どうせ世の中は冷たく、汚い。そんなものとの折り合いは、大人になれば嫌でもつけなければならないのだ。今無理に向き合うことはない。
(って、何様なんだか。自分のことも面倒みられてない分際で……)
誠治は無気力に自嘲する。
ちょうどその時、少女がゆっくり顔を上げた。
表情が硬く、やつれて幽霊のようだった。だが顔立ち自体は整っていて、きちんとすれば将来結構な美人になるのでは、と思う。
一瞬、ふたりの虚ろな視線が交わった。
誠治は、僅かに顔を歪めて視線を外した。
「おい、なんだこれ?」
突然、向こうで談笑していた高校生の一人が叫んだ。
まばらな乗客たちは、もちろん誠治も、声の方を見た。
「なっ……!」
誠治は思わず声をあげる。
高校生たちを取り囲むように、複数の眩く青い光の輪が現れ、廻っていた。
よくよく見ると、その輪を構成しているのは多くの図形であり文字だ。
これはまるで……
「魔法陣?!」
四人組の一人、ちょっとだけ気の強そうなボブカットの女の子が叫んだ。
魔法陣は瞬く間に次々とその数を増やし、立体的に複雑な幾何学模様を描きながら広がっていく。
光は壁や床などまるで存在しないかのように透過していた。
「これ、ヤバくないか?!」
茶髪の男子高校生が叫ぶ。
魔法陣は瞬く間にその光を強めーーーー乗客たちは唖然として誰もその場を動くことができないまま、気がつくと光の濁流にのまれていた。
ーーーーどれほど時間が経ったのか。
誠治は気がつくと、暗く広い部屋に立っていた。
壁際で淡い光を放つランプのような照明器具のおかげで、この建物が石造りであるのが分かる。
すぐ近くには、同じ電車に乗っていた乗客たちが六人、誠治同様に立ちつくしている。
高校生四人組の男二人と女二人、若いOL風の女性、上履き少女、という顔ぶれだった。
「なに? ここ……」
不安げに呟いたのは、四人組の一人、かわいい系のセミロングの女の子だった。
「魔法陣に転移とくれば、勇者召喚がテンプレだけどね」
同じく四人組の、やや軽そうな茶髪少年がそれに応える。
「そんな訳ないでしょ。マンガやアニメじゃあるまいし。まだ集団幻覚の方があり得るわよ」
これはボブカットの子だ。
「いやいや。さっきとっさに『魔法陣』って叫んだの、
茶髪がすかさず茶化して笑う。
「私は見えた通りに言っただけ。フィクションと現実の区別はついてるわ。生き方そのものが冗談みたいな
可奈と呼ばれた子は、目を細め冷たく言い放った。
「まぁまぁ。あれこれ言い合うのはもうちょっと状況がはっきりしてからにしよう。とにかく今は現状を確認しないと、な」
四人組の最後の一人。落ち着いた雰囲気の黒髪の少年が仲裁に入り、二人に言い聞かせるように言った。
「わ、わたしは、言い合いなんてしないわ。颯太が勝手に絡んできただけよ。
可奈がどぎまぎと言い繕う。
それを見た颯太は苦笑いしながら両手をあげてみせた。
「はいはい。僕が悪かったです。ごめんなさい」
「可奈ちゃん。仲良くやろうよ、ね?」
「
美鈴と呼ばれた娘は、俯いてしまう。
どうやら仲良しに見える四人の中にも色々あるようだ。彼らのやりとりをぼんやり見ていた誠治は、そんなことを思った。
あれこれ言い合っている高校生たちから視線を移すと、OLは辺りを見回し、周囲を観察しているようだった。
「扉がひとつ。ランプが七つ。横二十、縦三十、高さ四。床と壁は石……」
目を細め何やらブツブツと呟くOL。とりあえず大丈夫そうだ。違う意味では危なそうだが。
髪を後ろで一つ括りにしたその女性は、目鼻立ちがはっきりした隠れ美人で、誠治の好みのレンジに十分入る容姿だ。が、いかんせん言動が怪し過ぎて、お近づきになりたいとは到底思えないのだった。
誠治は最後に、傍らの上履き少女を見る。
と、彼女が胸の前で祈るように手を組み、その手が微かに震えているのに気がついた。
「おい、大丈夫か?」
思わず口をついて出た言葉。
離婚以来、他人と関わるのを避け、必要最低限のコミュニケーションしか取らなかった誠治は、とっさに出た自分の声に驚いた。
だが声を掛けられた少女はもっと驚いたらしい。
ビクッと肩を震わせ、おそるおそる誠治の方を見た。
「いや、あの……。震えてるみたいだけど、大丈夫?」
柄にもなく優しい声をつくり、もう一度話しかける。
無精髭のおっさんが女の子に話しかけている状況を想像すれば、それがどの程度相手の警戒感を薄めるのに効果があるのか、甚だ疑問ではあるのだが。
案の定、女の子は恐ろしげに半歩後ずさりし、しばらく戸惑うように視線を彷徨わせていたが、やがて誠治から目をそらして呟いた。
「…………ぶ」
「え……?」
一瞬の躊躇いの後、聞き返した誠治に少女は顔を向け、今度ははっきり言う。
「大丈夫……です」
「……ああ。ああ、そうか。それならいいんだ。うん」
女子中学生(?)相手にキョドる中年。
危ない絵面だ。
ドン、ドン!
その時、部屋に一つだけあった扉が、強めにノックされた。
全員の視線が、一点に集中する。
高校男子の二人は、女性陣を護るように前に出た。おっさんも少々遅れて、上履き少女を隠すような位置に立つ。
「失礼します」
ややハスキーな女性の声が聞こえ、扉が開かれた。
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