第2章 『団欒』

男は落ち着いて彼ら1人1人をよく観察した。


そこには寸分の違いもない同じ人間が4人並んでいて、さもそれが当然かのように振る舞っている。


さらによく見ると、男が彼らを見る目以上に、彼らは男のことを物珍しそうに見ていた。


そして彼らの顔は、どこか懐かしかった。



「あの、ここはどこなんでしょうか…。それと、あの、あなた方は…」



何から聞いたら良いか分からず、とりあえず最も気になっていたことを尋ねてみた。


中年男性4人は肩を並べて顔を見合わせ、最初に部屋に入って来た男性が代表して答えた。



「ここがどこなのかと言われますと、我々にも分かりません。ただ生まれてからずっとここにいるので、我々はここを『家』と呼んでいます。そして我々は家族です」


「い、家?家族?」



なんとも胡散臭い奴らだと思い、男は眉をひそめた。


そして“家族”という曖昧な表現も、形容し難い不気味さを醸し出している。


折角質問したのに、益々彼らのことが分からなくなった。


男が頭を抱えている間、同一人物4人は何やらひそひそと話し合っている。


彼らが男を見る目には、やはり好奇の色が宿っていた。



「すみません、我々もあなたに聞きたいことがたくさんあるのですが、その…失礼ですが、あなたは人間ですよね?」


「……は?」



男は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


彼ら1人1人の顔を見比べたが、同じ人間というだけあって、どこからも悪意は感じられなかった。



「あの、気を悪くされたなら謝ります。ただその…あなたのような容姿の方を目にするのは初めてでして」


「…僕の容姿はそんなに特徴的でしょうか?」


「いえ、特徴的というか、我々は自分たちのこの容姿以外の人間と出会ったことがありませんので、人間はみなこの容姿だと思っていたのです。でも、あなたは顔や声が我々と全然違いますので…」



他の者たちも男の顔を見ながら頷いている。


彼らはと思い込んでいるらしい。


だから、これまで見たことのない容姿であるが、男に対して好奇の目を向けたのだ。


男はふと、昔ネットサーフィンをしているときに見つけた宇宙人の写真を思い出した。


2人の大人の間に手を握られて立っている子供ぐらいの背丈の宇宙人。


シルエットは人間だが、容姿を見ると確実に人間ではないのが分かる写真だった。


そのサイトには『かつて人間に捕まった宇宙人』といった見出しが付けられていた気がする。


その写真自体はネットでも有名なコラージュ画像で、宇宙人も偽物だということは明らかだったのだが、当時まだ若かった男は得体のしれない恐怖を覚えた記憶がある。


目の前の彼らは今、まさにそのような感情になっているのだろうか。



「えっと、別に気には触っていませんので、お構いなく。ええ、私は人間です。それよりもあなた方は、本当に人間はみんな同じ見た目だと信じているのですか?ここには同じ人間しかいない?」


「はい。間違いなくそうです」



彼らは平然とそう答えた。


男はますます彼らに恐怖を感じた。


彼らはもしや、悪質な新興宗教の教祖か何かに監禁されているのではないだろうか。


誰かに記憶を消され、何らかの方法で同じ見た目に整形され、自分たちは家族だと脳に刷り込まれる…。


その結果生まれたのが彼らなのではないか?


ということは、自分がここにいるのは…。


男が考え込んでいる間に、中年男性の1人が腕に刺さっていた点滴の針を抜いてアルコールで消毒をしてくれた。



「まあとにかく、今日はもう遅いですし安静にしていてください。明日ゆっくりお話ししましょう。食事も振舞いますから」



彼らはそう言い残すと部屋を出て行った。


その後ろ姿は勿論、歩き方の癖まで完全に同じであった。


彼らの言うとおりもうかなり夜も更けており、1人になった途端眠気が襲ってきた男はベッドに横になった。


色々と考えることはあったが、それ以上に身体を休めたかった




・・・・・・・・・・




翌朝、誰かが部屋をノックした音で目を覚ました。


起き上がると頭はすっきり冴えていて、男はそばに置いてあった水をひと口飲んだ後に返事をした。


ガチャリとドアが開かれ、やはり昨日の男たちと同じ顔の中年男性が入って来た。服装も上下灰色のスウェットを着ている。


なんとなくあれは夢だったのかと思っていたが、現実に違いないようだ。



「おはようございます。気分はどうでしょうか。1階で朝食を用意しているのですが、ご一緒にどうですか?」


「ええ、是非ともいただきたいです」



男は彼の後について部屋を出て、廊下の突き当りにある階段で下へ降りた。


1階に降りると玄関があり、その右手には広い部屋が見える。


中に入るとどうやら食堂のようで、たくさんの人が思い思いに朝食をとっていた。


部屋全体を見渡した限り20人程度の人がいたが、そこにいる全員が同じ人間だった。


ここまでくると不気味さを通り越して、思わず笑ってしまいそうだ。




男はご飯・みそ汁・納豆・ほうれん草のお浸しに緑茶といったシンプルな朝食を受け取り、ここまで案内をしてくれた男性と共に――といっても全員同じ人物なのだが――朝食をとった。


男が食事をしている間に何人もの男性が傍にやってきて、いろいろと話しかけてきた。


彼らはやはり男に興味を示しているようで、丁寧な言葉遣いで様々なことを質問してくる。


その度に男も彼らにいろいろと質問をし、彼らやここに関する情報を得ることができた。




どうやらここは山奥にある小さな村で、男が今いるここは病院ではなく集団住宅施設らしい。


彼らはみな、ここ以外の世界を知らないという。


そしてここには100人ほどの人間が住んでいて、みんな同じ人間らしい。


彼らには子供や大人、成長という概念すらなく、生まれた時からずっと中年男性の様な容姿で過ごしてきたという。


自分たちがどのようにして生まれたのかも、誰も知らないというのだ。


しかも彼らにはそもそも“自分たちは同じ人間である”という認識はなく、全てが一致していることが当たり前だと思っているのだ。


だからこそ、姿かたちの特徴は自分達と似ているのに違う容姿を持っている男が奇妙に見えるのである。


だから男は、自分がもっているの話をたくさんしてやった。


本来の世界には全く同じ特徴を持った人間は1人もおらず、みんなそれぞれの個性を持っていること。


性別という概念があり、それによって同じ人間でも身体のつくりなど様々な面で違いがあること。


国や地域によって人種や生活環境、ルールや常識が全く違うこと。


みんなが自由な価値観や考えをもって生きていて、それ故に争いが起こることもあること。


人生の選択肢は無限大であり、それ故に格差が生じ、その格差に悩む人や逆に優越感に浸ったりする人がいること。


とにかくいろいろなことを話してやった。


中年男性たちは肩を寄せ合って男の話を聞き、信じられないといった表情で唸ったりしている。


男は夢でも見ているような気分だった。


自分が人生の中で疑おうとしたことすらない事実が、彼らにとっては初耳の情報なのだ。


そして男が簡単には飲み込めないようなことが、彼らにとっては常識なのだ。


この状況はなんとも気味の悪いものだが、男はこれまで感じたことのない充実感を得ていた。


思えばここ何年も平坦な生活を送っていて、“驚く”という経験をほとんどしていなかったことを思い出した。



「あなたは随分と騒々しい世界からいらしたんですね。いい意味でも悪い意味でも。苦労なさったでしょう」


「そうなんでしょうか。たしかに悩んだりしたことは多々ありますが、これが当たり前だったので」


「だって私たちは、争いなんてしたことがないんですよ。そもそも起こるはずがないんです。だって我々は全てが同じなんですから、食い違うというのはあり得ないんです。てっきり人間というのはそれが当たり前なんだと思っていましたが、実際は違うんですね」


「それに格差なんてのも生じません。我々は潜在能力にも差はないですし、同じ環境で同じ生活をしているので、他者と自分を比較するなんて経験はしたことがありません。比較したってどうせ同じですしね」


「はあ、なるほど…」



彼らはずっとこんな調子で、男の持っている常識にいちいち驚き、その世界で当たり前のように生きてきた男を労った。


男はだんだん、自分はこれまでとんでもない地獄で生きていて、今いるここが世界の本来あるべき姿なのではないかと思い始めた。


そういえば男は、これまでずっとこんなことを口癖にしてきたのだ。



『誰しもが同じ人生を歩むよう誰かがプログラミングしてくれれば、こんな気持ちにならずに済むんだ』



ここは正に、ずっと思い描いた理想郷ではないか?


男はもはや、ここが怪しい施設だろうが悪質な宗教団体の集まりであろうが、どうせもいいと感じていた。


むしろこれまでのつまらない記憶を消し去って、ここにいる人たちの1部になりたかった。


そうだ、ずっとここにいよう。


どうせ死ぬつもりだったんだ。もう元の世界に未練はない。


男がそんなことを考えていると、彼を取り囲んでいる中年男性の1人がこんなことを呟いた。



「そういえばあなた、“お父さん”にはもう会いましたか?」


「お父さん?君達には親がいるのか?」


「いや、親というのはよく分かりませんが、実はここには唯一我々と違う特徴を持った人間がいるのです。ほぼ同じなんですが、我々より顔に皺が多くて髪も白くて…。彼は我々が生まれた時に最初に目にした人物で、自分のことを“お父さん”と呼ばせているんです」


「彼はこの場所を作った神のような存在なんですよ。ああ、でも別に偉い人なわけではないんです。ただ彼のおかげで今の私たちがあると言っても過言ではないので」


「私がどうかしたかな?」



中年男性たちが話していると、食堂の入り口から声が聞こえてきた。


全員がそちらのほうを向くと、そこには真っ白な髪と髭を生やした仙人のような男が立っていた。


彼の顔をよく見ると、たしかに周りにいる中年男性と同じ人間であることはたしかだ。


しかしどう見ても彼らより歳をとっているのだ。



「あなたが客人ですね。朝食が終わったら、2人でお話しませんか」



彼が微笑んだ時に出来る目の皺も、周りの中年男性のそれと同じだった。

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