私はすぐさま、海中の重力を解除した。


 ごぷ、ゴポゴポ。

 緩やかに、流体は空間を侵食していき、それから私は独りになった。私を取り囲んでいた魚たちは、もういない。


 とにかく、私はこれから地上に出なくてはならないのだ。


 鯨の生息域に入ったということは、ここはかなり水深が深いはず。冷静さを保ち、通信機から発せられる、先輩からの指示に従う。


 まず、身体に触れる水の一点から、体重を可能な限り、分散させる。つまり。身軽になって、全身を浮上させるというのが先輩の考えた作戦だった。


 ぐ、ぐ。くぽくぽぽぽぽ。ぽぽぽ。

 白い水泡が視界を覆う。


 上へ、上へと突き上げる湧昇流のような。重い水が、私を引き上げていく。釣り針を引っ掛けられた魚のように。私の身体はゆっくりと持ち上がってゆき。水の重みに耐えかねた、ししおどしの反動のように、加速した。


 浮力の恩恵を受けて、私はゆっくりと昇位していく。すごい、と先輩の計画力とその実現性に、私は改めて感心した。



 ✤ ✤ ✤



 ──ごめんなさい、くじらさん。揺蕩うような海の流れに身を任せながらも、通信機に耳を傾ける。イアホンから届く、先輩からの説明を聞いて、私は無力だと知った。


 本当に、何も知らなかった。海のこと。くじらのこと。人間のこと。私のこと。


 井の中の蛙、大海を知らずってカンジで、まさに「なかの私、大海を知らず」といった具合だろう。我ながら、うまいこと思いついたものだと思うが、笑う気力はなかった。

 ただ、どうしようもなく、悲しかった。

 どうか元気で、生きて。くじらさん。



 ✤ ✤ ✤



 ある程度の深さまでくると、水面に降りる、一筋の光が見えてきた。その線を真っ直ぐ目指して、足を動かす。平泳ぎの型を作って、水を必死で蹴る。音もなく、水中であぶくが細かく散る。星屑をこぼしたように、白い水沫は海へと広がる。


 手を伸ばして、地上の光にふれる。

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