審
通信機から、掠れて聞こえる声を通して、一重さんの安否を確認する。
「一重さん、落ち着いて。とにかく、落ち着いて」
宥めるように、その彼女の震えた声を優しく、柔らかく、受け止めるように。僕は通信に応じる。
通信機と連動している、海域レーダー上に明滅する点が、少なくなっていくのが見て取れた。まずい。鯨の発する、周波数の感知ができなくなっているようだ。
おかしいな……。鯨は、まだ年齢としては十分すぎるほど健康だ。あり得るとすれば──。静かに息を呑む。
最悪のケース。その可能性は、考えていなかった。いや。僕が、考えようとしなかった、だけだ。
唇の下を強く、強く、噛む。そうやって、今にも溢れそうな感情を必死で抑えながら、一つの考えに至る。
✤ ✤ ✤
想到し得る僕の思考の、範疇外にあった、小さな可能性。
それは、一重さんが海に重力場を発生させてしまったことによる波及効果。
鯨は、生物としては哺乳類で、肺呼吸である。そして、重力は波としての性質をもっている。もし、一重さんが重力場を生み出したことで、少なからず、重力を遠隔的に──無重力空間である水中に伝播させてしまったとしたら。
陸上と同様の重力と自らの重みによって、鯨の肺は潰れてしまうのだ。
重力に縛られない鯨と重力に縛られた少女。
──海の中では、互いに相反する存在でしかないということを、僕は悟った。
✤ ✤ ✤
「一重さん。このままだと、鯨が、死にます。
海を、もとに戻してください。全部、僕が悪いんです。僕の考え不足が原因で……」
「それから。今、一重さんがいるそこも危険です」
死ぬ、と口にした途端に、その言葉は鉛のような重みを持って、胸を締め付ける。 強く、じくじくと傷口から染み込んでいくような重み。
「いいですか。今から、僕の言うことに従ってください。」
呼吸を何とか持たせるために、一重さん自身の力を最大限に活用してもらわないといけない。もしもの時のために、想定していた退避プランを、急いで説明する。後は、祈ることしかできない。
僕の計画は、失敗に終わったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます