第33話 許せない果物です!

「——ほぉ、流石だ」

「は、ハイム……?」


 ローゼが疑問を呈するのも無理はない。巨漢の掌は、脳の認知の速さすらも超える領域で以て、髪の毛に触れるラインまで接近した。決戦を乗り越え、ボロ雑巾にような状態にあったハイムが、その魔の手から逃れることなどできるはずがない。

 ハイム一人だけなら、間違いなく命を絶たれていた。

 ——しかし、そのストーリー展開だけは、許すわけにはいかない。


「その魔法戦術、どこで覚えた?」


 ハイム——否、僕はその剛腕の手首を掌底で跳ね飛ばし、話題の主導権を握るべく先制攻撃をかける。巨漢はこちらの対応に驚きながらも、彼なりの手応え釣り竿に見事に引っかかったのか、好奇心に溢れた笑みと共に僕を称賛した。


「ローゼ、今すぐ生存者を連れてここから離れてくれ。ぼ……じゃなくて、俺はこいつを倒す」

「何馬鹿なこと言ってるのよ! そんな状態で戦えるわけないでしょ!」

「女騎士よ。早く隣の女と奥の看護兵を連れて立ち去れ。今は、貴様らの首をひねるための体力すらも惜しい。邪魔だ」


 敵味方問わず向けられた撤退の進言に、ローゼは巨漢を一度睨み、次いでこちらを見つめる。その不安と心配に駆られた双眸は、まさに僕が描きたかった理想のヒロイン像であった。

 最高だ。元からこう書いていたら、この作品も名作! みたいに言われてたのかな……ちょっと悔しいよ。


「心配するな。この状況じゃ、俺が残るのが最善策なのはお前もわかってるだろ?」

「でも……」

「だから大丈夫だって。必ず帰るから、待っててくれ」


 これはもちろん、ハイムとしての言葉だ。だけど僕の気持ちもある。

 ローゼにもハイムにも、この物語に登場する命達にはすべからく、生きていて欲しい。親心的なものだと思うけど、本当に願っていることだ。

 この物語のイレギュラーが僕のせいならば、僕がそのイレギュラーから彼らを守ればいい。また一つ、旅を続ける理由ができたな。


「……必ずよ」

「おう! 任せとけ!」


 どうやら、説得は成功したみたいだ。


「あ、あれ? 浩平君どこ? 逃げちゃったの? 今なんかすんごいいい展開だよ⁉ 先に逃げちゃったの⁉」

「あなたさっきから何言ってるの? 逃げるわよ。さぁ!」

「あぁ! ちょ、ローゼちゃん! は、ハイム! 頑張ってねぇぇぇ!」


 ……マイペースっていうのは、ほんと末恐ろしいな。

 二人は僕の背中を横切り、治療室で数度の会話を挟んでから、ついにその気配を遠ざけた。これで、舞台は揃ったわけだ。


「さぁ、話してもらうぜ? 戦うべき強者には、自己紹介してくれるんだろ?」

「うむ……そなた、我が思う以上の手練れかもしれん、かなり気に入った」


 少々唐突な合体ではあったが、これはかなり好都合だ。僕が自分の手でハイムを救うことができるだけでなく、この原始人ばりの恰好をしたブルーベリー筋肉の素性を探ることができるかもしれない。

 それに、個人的にぶつけたい気持ちもある。


「我の名はガンドレッド。タイランの皇帝に使えし者だ。我の力は、ある男から奪った戦利品だ」


 ようやく口にした名前は、やっぱり僕の頭にない名前だった。


「奪ったって……ダイモンからか?」

「敗者の名は覚えておらん。だがそのような感じではあったかもしれん」


 どういうことだ? 魔法戦術を他人から奪えるなんて設定、作ってないぞ?


『やっぱりこいつは、僕の知るキャラクターじゃない……』


 自らの作った世界で、未知との遭遇、か。もうちょっと元ネタみたいに希望がある感じで遭遇したかったな。


「此度はそなたとの決闘を申し込むために、参上した」

「決闘……それだけが目的か?」

「作用。戦士として他に望みは——」

「——ならどうしてこんな惨いことをした! 俺と戦うためだけなら、これほどの虐殺は必要なかったはずだ!」


 その時、ガンドレッドの眉に新たに三つのしわが生まれる。見るからな不機嫌で圧が増すが、日和っている暇はない。


「そなた……ここは戦場であることを忘れたのか? 我はそなたと戦うために敵の本陣に切り込みをかけただけ。故に虐殺ではなく、我の力で討ち果たしたのだ」

「総大将の命を奪ったのは何でだ! あれはどう考えても無意味な殺害だった! 絶対にいらない行為だったはずだ! 彼は戦意を喪失していただろ!」

「何を言う。大将を討つことは、停滞した戦いを打破する最有効策であろうが。まぁ敵軍を壊滅させる効果はなかったが、おかげでそなたが出てきた」

「お前……いきなりぽっと出で出てきやがったくせに、ふざけたことばかり言うんじゃねぇ!」


 湧き上がる怒気と積み上がる怨嗟。作者として、そして一人の人間として、当然かつ絶大な二つの感情が憎しみの渦を巻き怒らせ、拳を握る腕がわなわなと震える。しかし、ガンドレッドはその高慢な姿勢を崩さない。


「もう一度言う。我が望むのは、そなたのような強者と戦うことただ一つ。これ以外に我が戦う理由はない。そして今、我はそなたに事の次第を伝えきった。もはや言葉はいらぬ」


 ガンドレッドの大木の如き両腕が、メキメキと音を立ててその筋肉を膨張させ、拳を握る。


「「…………」」


 緊張が再び張り詰める。無邪気で純粋な闘争心と、悲しみと憎しみの宿る復讐心がせめぎ合い、その波動は新たなる決戦の到来を予感させた。


『さぁ……どう来る……』


 敵の動向を窺う隙はない。ならば決着は瞬刻。僕にしか見抜けない一瞬の発動ラグに合わせて、広範囲に斬撃を一振り…………


「……あれ?」


 その時、僕はようやく気がついた。


『腰に……剣がない⁉』

「いざ、参る!」

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