第32話 ちょっと……絶望です!
——敗北感。
その巨体から放たれる強烈な殺意の思念は、否応なしに僕の脳裏にそれを感じさせる。まだ戦ったこともなければ、こいつの思惑も何もかも不明であるにもかかわらず、負けたと思わせる圧力が、彼から放たれていた。
「元来ならば、我のみならず軍を率いて攻めるはずであった……しかし大魔獣・ガルラが死に絶え、軍は大いに狼狽。故に出陣は、我のみとなってしまった」
肌は生物の世界ではあまり見られない群青を湛えていて、しかしながら全身を包む屈強な筋肉は、その節々に黒の印影をもたらすほど隆起している。群青という深い色のせいか、その印影の圧力も心なしか増しており、まさに異形の大男と言ったところ。唯一人間的な感覚で理解できるのは、腰元に布を巻いていることと金の長髪を結っていること、そして丸太のような大剣を背中に背負っているそのファッションだけだ。
…………知らねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
いよいよ知らない敵出てきたんだけど⁉ え、何これ? ここって僕の世界じゃないの? 僕こんなムキムキマッチョメンキャラなんて考案したっけ!? マジで覚えてない! でもカッコいいんだけど!
「ぁ……はぁ……」
ほら、原田さんとか恐れてるのか惚れてるのかわからない吐息出てるし! この流れでそれは裏切りでしょ!
「…………誰?」
そんな空気の読めてないテンションとは裏腹に、ローゼは張り詰めた重い空気を震わせて言う。僕達は別として、一軍の頭である理想の上司(総大将ね)すらも気圧されて何も言えない中、彼女はその圧に負けず、立派に口を開いて見せたのだ。
「ほぉ、そなたそれなりの手練れと見受ける。だが貴様ではあるまい……」
「質問に答えなさい。あなたは何者なの?」
「答えるつもりはない。我が我を申すのは我が戦うべき強者のみ。そしてこの戦場において、我が戦うと定めた者はすなわち、大魔獣の首を取った一閃の主」
「っ! そ、それって……」
ローゼが気づき、僕らは察する。その言葉が明確な証拠こそ持たずとも、大体の身分がわかる自己紹介になっているからだ。
「まさかあなたっ……ハイムと戦うためだけに、単身ここまで……」
「ば、そんな馬鹿なことあるものか! ここは我らガイルス連邦の本陣だぞ⁉ ここまで幾人もの兵士が——」
「——倒した」
総大将の言葉を遮り、簡潔明瞭な結論が飛ぶ。が、それはあまりにも受け入れ難い辛過ぎる事実であった。
だが僕にはわかる。原田さん以外の誰からも認知されていないという第三者的立ち位置の僕には、この雰囲気に呑まれないある種の安心があった。
だから気づけた。この詰所の外にさっきまであった、兵士達の息遣いや話し声と言った生気を感じる何かが、綺麗さっぱりなくなっていることを。
「う、嘘だ……そんなぁ!」
総大将が無礼ながら詰所の幕を支える支柱を壊し、外を見る。
「っっ! あぁぁ……うわぁぁぁぁぁぁぁ————!」
「どうされました——っっ」
「ひぃ!!」
絶叫と共に視界が開け、僕達の視線もまた、外の惨劇に向けられる。
「うっっ!」
そして僕は、そのあまりにも惨たらしいその光景に、湧き上がる吐き気を止めることに専念せざるを得なくなった。
——みんな死んでいた。本当にみんな、死んでいた。
かなり特異な死に方だった。死体の全てが五体満足なのだ。腕も足も首も、しっかり胴体にくっついたまま死んでいる。血痕が一滴もないのだ。
ただ、それら四肢の向いている方向が、人体の理を越えているだけで。
「貴様らが味方の死に気づけなかったのも無理はない。我はこのようにして命を摘んだのだからな」
「こ、これは……これh——」
刹那、両眼の瞬きに相当する僅かな時の中で、巨漢は膝をついて絶望する総大将のそばに寄り、その頭を右掌で掴む。
「————」
そしてくるりと手首を捻って掴んだ頭をねじると、鈍い破壊音が間もなくして響き渡り、総大将は絶命。その場に崩れ落ちた。
「なっ……なっ…………」
「こ、浩平君……」
原田さんが僕の名を呼ぶ。きっとこの現状の答えを求めてのことだろう。ローゼは極度の緊張と驚愕で辺りに気が回っていないだろうから、聞こえていないだろう。
「こ、こいつ……」
今の能力……あれは魔法戦術だ。覚えがある。自らを意識していない標的のみに有効な、その敵の間合いに瞬間移動できる能力——ディメンションだ。
この魔法戦術は、タイラン帝国軍に所属する『雇われの剣士ダイモン』っていうキャラに渡したもの。そしてダイモンは、長身痩躯のイケメンヒールキャラだったはずだ。こんな筋肉隆々のキャラに渡した記憶なんてないはず——
「——何が、起きてる?」
「っ! ハイム!? 来ちゃダメぇ!」
と、その時、詰所の奥の治療室からハイムが顔を出す。流石に手負いの状況でも、周囲の異常さに気づいたのだろう。
「なっ、なんだよ……これ……」
「そなただな。大魔獣を倒せし者はっ!」
間髪入れず、巨漢が不敵な笑みを浮かべ、その全身の輪郭を震わせる。魔法戦術への理解があるからこそわかる本の微かな変化。ディメンションを発動させるための予備動作だ。
「ハイムっ!」
思わずそう叫んだ。自分の知らない敵がいて、自分の知らない展開になってきたからこそ飛び出す、本音の危機感の宿った叫び。
だがもう遅い。奴がディメンションを発動してしまった以上、もう僕にはハイムを救う術が——
「——っ——」
「————っ!」
あれ? 目が……合った? 今合ったよね? ハイム、僕のことを認識し————
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