第31話 突然の襲来です!
「——ハイム! しっかりしてハイム!」
戦後処理に総員が手足を動かす中、私は担架に乗せられた相棒の変わり果てた姿に耐えきれず、何度も声をかけ続けていた。
「ァ…………ッ、ァ…………」
機動力重視の軽装備は大爆発の熱によって溶け去り、焼けただれたその前身は惜しげもなく外界に晒されている。ままならない呼吸音は彼の果てしない苦痛をこれでもかと表現し、その燦燦たる光景を見る私達に強く訴えてくる。おかげでこちらの心にも、焼け跡のようなじんじんとした痛みが生まれ始めていた。
誰がどう考えても無茶だった。爆発のせいで身体のあちこちが火傷でただれ、呼吸もままならないハイム。ここまで彼の身体を痛めつけることになったのは、私の判断責任。どうやって償えばいいのかまるでわからない。
もしこのまま、ハイムが戦えなくなって戦線離脱を余儀なくされたら? もし騎士になる夢を叶えられないと絶望し、退役を選んだら? 私はどうすればいいの? どうすればハイムの人生を奪った代償を支払えばいいの? どうすれば、どうすればど
うすればどうすれば——
「——ローゼちゃん!」
と、そこに駆け寄ってくる一人の声。今までは決して受け入れたくないその人の存在も、今だけは縋るように受け入れることができた。
「ハイムがっ……ハイムが私のせいで……」
「ううん、ローゼちゃんのせいじゃない! 今は声をかけ続けることだよ! ハイム! しっかりしてハイム!」
彼女は目の前の惨状にも冷静に分析し、少しも慌てずに今できることを始める。今までただの変人だと思っていた彼女への印象が、一気に書き換えられた瞬間だった。
『……そうだよね』
そう。今の私には、ハイムの傷を癒してあげられる術はない。だけどだからと言って、その責任を追及する時間でもない。今はハイムの命の灯火が消えないよう、ひたすら声をかけ続けよう。
「ハイムしっかりして! みんな助かったわ! あなたのおかげで助かったのよ!」
私は、彼が成し遂げた偉業を何度も教えながら、救急室に入るまでの短い道のりを、担架と共に走るのだった。
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「謎の魔獣ですが、奴はハイム殿の攻撃によって爆発四散。完全に息絶えました。ガイルス連邦フーリオ戦線部隊の総大将として、創天の騎士団の活躍に心から感謝申し上げる」
総大将自ら頭を下げ、深い感謝の念を贈る。だが詰所の空気は、どんよりと重苦しいままだ。
「いえ……あの作戦を思いついたのはハイムです。私は何もしていません。感謝ならば、ハイム・ハルベリン自身にお願い致します」
僕がいきなり駆け出した原田さんに追いついた時には、すでにハイムは緊急治療を受けていて、その姿を見ることはできなかった。しかしあの壮絶な爆発とこの空気感からして、相当な傷を負ったみたいだ。
正直、ここからは何一つ安心できない。もうこの物語は僕の手元を離れ、完全オリジナルな展開が始まってしまっている。もう僕の知識は、世界観とか魔法戦術とかの物以外、役に立たなくなってしまった。僕も彼らと同じ空気で、生きていかなければならない。
…………ほんと怖いし、マジで辛い。
ふと、隣に立っている原田さんの表情を見る。流石に今回ばかりは夢の楽しさなど忘れ(夢じゃないんだけど)、雰囲気に準じた苦悶の面影となっている。やっぱり重苦しい。
「総大将、これからどのような作戦行動を取るおつもりですか?」
閉塞した状態を進めるべく、ローゼが今後について尋ねる。
「はい。今回ハイム殿が討伐した敵は、その膨大な魔力や強力な攻撃能力から察するに、タイラン帝国軍の当戦線における主戦力であったと推測できます。なので明日より、敵の本陣めがけ総攻撃を仕掛けることを決定しました」
「それがいいでしょう。敵は予想外の大損害を被り、戦力に穴ができているはずです。今こそ、この膠着した戦線を打開する絶好の機会かと思います」
「で、でも……」
そう言いかけて、原田さんが口を閉じる。
「す、すいません。部外者が偉そうに……」
「構いません。何かご意見が?」
懐の優しい総大将だ。流石は僕の理想の上司を投影させただけある。
「あ、ありがとうございます。ええっと……正直、兵士のみんなもすごい傷ついていると思うので、今攻撃を仕掛けるのは……それに、こんな展開じゃなかったと思うし……」
「展開?」
ちょっ!? 原田さん何言ってんの⁉
「えっ⁉ あ、あ、あぁ気にしないで下さい! と、とにかく、みんな大丈夫なのかなって……」
「そ、そうですか……まぁその点は懸念点ではあります。しかしローゼ殿もおっしゃったように、今を逃してはまた睨み合いが続くだけなのです」
お、おぉそこはスルーしてくれるんだ。確かに、都合のいいところはとことん都合よく作ったはずだから、意外と無理強いも通用するのかもしれないな。
……なんだ、結構まだ原作者知識も役に立つじゃん。案外怖くは——
「——作用。故にこちらも手を打つこととした」
「「「「っっっ!」」」
瞬間、深い重低音が突如として空間を揺らす。と同時に、今の今まで微塵も感じることのなかった強烈な闘気が、全身の肌を焦がした。
「誰っ!」
ローゼが振り向き、そして絶句。その後まもなく全員の口があんぐりと空きっぱなしになり、場の空気はまた別の緊張に飲み込まれる。
——詰所の入り口に、一つの巨躯。見るもの全てを圧倒する鬼神の姿が、僕達を睨んでいた。
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