第30話 これが命懸けです!

「——あぁくっそ! 俺達でやるしかねぇじゃねぇか!」


 白銀の剣を鞘から引き抜き、両手に力を入れて肉体を奮い立たせる。荒げた呼吸を一度抑え込み、集中力の向上に全精神力を注ぎ込む。同じくローゼも刃を握り直し、同様に感覚を研ぎ澄まし始めた。

 この戦線が、この長きに渡って劣勢に回されている原因が、何となくわかった気がする。彼らは激戦区に配備された兵士とはいえ、それはあくまで補充された頭数だけの存在。かつてこの地を守り続けてきた猛者たる兵士や騎士は、苛烈を極めた戦闘の連続で、ほとんどが死に絶えてしまったのだろう。

 だから俺は、この現状に対する意識を変えた。


『ここにいるのは、戦闘経験がさほどない新米兵士ばかり。俺やローゼと同じだ。唯一違うのは、死線を一度でも潜り抜けたかどうか』


 つまりこの現場での猛者は——俺達のみ。


「ローゼ! 俺の剣に乗れ!」

「は、はぁ⁉ 何言ってんの! 騎士見習いとして、そんなことできるわけ——」

「——背に腹は代えられねぇだろ! 俺が全力でお前を空中に吹っ飛ばす! あの光弾の雨を一気に捌けるのは、お前しかいねぇ!」


 甲羅に結集していく光は、いよいよ弾幕を生み出せるほどに輝き始めている。あの四つの砲門からの一斉射はすぐそこに迫っているわけだ。なりふり構ってはいられない。


「で、でもその後はどうするの⁉ 攻撃を防ぎ切っても、状況の打開にはもう一手が必要でしょ⁉」

「そこんとこは気合いでなんとかする! 俺を信じて、今は飛んでくれ!」


 正直、無茶なやり方だとは思う。だが俺の単純な脳みそで考えられるのは、やっぱりこういう博打事しかねぇんだ。勉強の大切さが、ここにきてよくわかる。


「……信じて、いいのね?」


 ローゼが言う。全く、しおらしい顔しやがって。心配の念が顔によく表れてやがる。俺が危なっかしいことばっか考え付くのが想像ついてんだろうな。幼馴染ってのは、こういうのが癪に障る。大きなお世話だ。

 俺はその不安を拭い去ってやれるよう、死を間近にしたこの状態の中、できる限りの笑みを浮かべながら告げた。


「言ってるだろ? 俺を信じてくれって」

「…………わかった」


 安心してくれたのか、それとも頑強な主張に根負けしたのか、ローゼは小さく息を吐きながらそう答えた。


「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ————」


 その時、戦場を揺さぶる轟音が駆け巡り、無数の閃光が空に舞い散る。絶対不可避の死の雨が、今ここに再び撃ち放たれたのだ。

 ——そこからの俺達の行動は、まさに迅速だった。

 ローゼは覚悟を決めてこちらに駆け寄り、小さく跳躍する。その着地点に俺の剣を滑り込ませ、剣の刀身に彼女の右足を乗せると、肺に詰め込めるだけの空気を取り込み、全力の詠唱をかました。


「パワーガルディウムゥゥゥゥゥ!」


 咆哮と同時に魔法戦術を使用。常軌を逸した腕力を現出し、その力で剣を思いっきり空へと振り上げる。支点は俺の腕、力点は持ち手の柄、そして肝心の作用点は、ローゼと剣の接触点。即席ながらも完成した、人工のてこ。これが俺の第一の作戦である。


「うおぉぉぉりゃあぁぁぁ!」


 弾丸の如き高速で上空へ飛び上がるローゼの体躯。その速さは落下してくる光球と同等であり、故に両者は、瞬き数回程度の時間の中で距離を縮める。


「はあぁぁぁ!」


 ローゼの猛々しい声と共に、発動済みのアクセラレイトが二度目の速斬撃を見せる。まるで一つの連鎖のように爆発が同時多発的に起こり、地上の命を灰塵と化すべく撃たれた光玉の弾丸は、またしてもその役目を全うできず、志半ばで息絶えた。

 ——ここからは、俺自身の博打だ。


「はっ!」

「っ! ちょ、ハイムぅぅぅ!」


 戦闘を終え、自由落下に身を任せて落ちてくるローゼのすぐそばを、俺は渾身の力を込めた跳躍で舞い上がり、通り過ぎる。勢いは衰えを知らずぐんぐん加速していき、悪魔の甲羅に届くと確信できたところで、俺は剣を弓のような動作で引きつけ、刺突の構えを作った。

 これは俺の勘だが、恐らくこの亀の魔獣は、本体の全てが魔力によって構成されていると思う。だからこそあの短時間で膨大なエネルギーを集めることができるし、何者かにエネルギーを奪われたくないから、甲羅から少しも姿を出さない。あいつの肉体はエネルギーの終着点であり、外部からの攻撃にとことん弱い最大の急所でもあるわけだ。

 だからそれを貫く。全身全霊にして一撃必殺、唯一無二の一閃を放つことで、この悪魔に破邪の刺突をぶつけるのだ。


「うおぉぉぉぉぉぉぉ————!」


 俺は勝つ。必ずこの魔獣を討伐して見せる。

 たとえ、この身が爆ぜようとも。


—————————————————————————————————————



「はぁ……はぁ……」


 戦場から離れるために使った道を、僕は残った体力の全てを燃やし、全速力で駆け戻っていた。だが所詮は運動神経ゼロの男。ハイム達の下に辿り着くには、まだまだ遠い。

 本当はもっと早く向かおうと思っていたのだが、原田さんの説得に予想外の時間をかけてしまった。やっぱりこの世界が夢ではないことを、後でしっかり伝えておこう。そうじゃないと、流石に色々と手間がかかり過ぎて辛いし、僕ともこの世界の住人とも話せる彼女の存在は、これからきっと大事になるだろうし。


『いや、そんな戦後のことはどうでもいい。今はこのイレギュラーな事態を乗り切ることを考えるんだ。もし二人が死ねば、どうなってしまうかわから——』


 ——瞬間、広大な空を覆い尽くすほどの極大の爆発が、僕の足と呼吸を止めた。

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