第29話 死が降ってきそうです!

 降り注ぐ光明が死を呼ぶ閃光だとわかった時には、もうすでに回避不可能なところまでそれは到達していた。

 久方ぶりに覚えた死の感覚が、僕の精神を勢いよく掴んでくる。その鋭利な爪を柔らかな心の肉に突き立て、命を刈り取ろうと食い込ませてくる。一度差し込まれた凶刃は、もう僕や原田さんでは抜くことができない。

 その絶対の恐怖の魔の手に、僕らの生命が奪われようとした、その時——


「——アクセラレイト!」


 瞬間、肌を切り裂くような一陣の風と共に、上空の光弾が神速の斬撃に衝突。光弾はこの土地を焼き払うことなく爆発し、無へ帰す。

 こんな芸当ができるのは、知る限り一人しかいない。


「ローゼちゃん!」


 僕がその結論に至る前に、原田さんの口は目の前の少女の名を呼んだ。どうやらオタクの早押しは、時として原作者の思考を越える速さを持つらしい。


「その調子なら、ケガはないわね。なら今すぐここから離れて。後で迎えに——」

「——今のって魔法戦術⁉ アクセラレイトだよね? 今使ったよね⁉ 目の前で披露してくれたよね⁉」

「うるさい! 早くどっか行っててよ!」


 おおよそ戦場とは思えないやりとりの最中、背後からハイムも戦場へ駆けてきた。時を同じくして、本部一帯に敵襲を告げる伝令の声がこだまし、周囲から軽装備のかち合う音が無数になり始める。大戦の前触れだ。


「原田、大丈夫か⁉」

「はぅぅ! わ……私のこと、呼んでくれた……で、できればもう一度、下の名前の方で——」

「——原田さん、行こう!」

「えっ⁉ ちょ、ちょちょ待ってよぉぉぉぉ!」


 これ以上の展開改変を防ぐべく、僕は彼女の手を取ってこの場を逃走。この総本部から退避を始めた。

 やはり、改変は起きていた。総本部を狙った奇襲を仕掛けてくるなんてこと、僕は書いていない。本部近辺で戦う展開も、ハイム一行の到着から数日後だったはずだ。


『くそ……大事にならなければいいんだけど……』


 僕は二人の安否を案じながら、また再びここに戻ってくることを、密かに誓うのだった。


—————————————————————————————————————



原田の姿が見えなくなったところまでをしっかり確認し、俺はローゼのそばに寄りながら、腰元の剣を抜いた。

 それにしても、あいつの逃げ方やけに気持ち悪かったな。手を逃げる方向に突き出して、今にも倒れそうな前傾姿勢で走り去っていきやがった。のほほんとした雰囲気醸し出しておいて、体幹はかなり鍛えてるな、あれ。これが終わったら、遊び半分で剣術を教えてみよう。戦力になるかもしれねぇし。


「ローゼ、今のは何だと思う?」

「わからない。でもこんな広範囲を一度に焼けるほどの魔力と、光弾一発の威力……ただ者ではないことは確かでしょうね」


 今さっき、あの攻撃をいなしたローゼだからこそわかる、強者の感覚というものがあるのだろう。彼女の目は魔獣と対峙する時の殺気をすでに湛えており、迸る闘志が渦を巻いて、全身から湧き上がっている。完全に臨戦態勢だ。 


「ハイム殿、ローゼ殿! ご無事か⁉」


 その時、背後からフーリオ戦線部隊の総大将が、数名の兵士を脇に固めてやってきた。


「はい、こちらは問題ございません。それよりも大将殿、さっきのような攻撃に心当たりは?」

「いや……それが、皆目見当がつかん。今まで何度もフーリオでの戦いを乗り越えてきたつもりだが、今のような攻撃は初めてだ」


 となれば、考えられる可能性として、帝国側の増援がある。俺とローゼがここにやってきたのと時を同じくして、敵にも新たに放たれた魔獣がいるのかもしれない。この地を一挙に死地にすることができる、常識はずれの魔獣が。


「————」


 と、その時、突如として天空から空間を震わせる唸り声が響き渡り、同時に全身を舐め回す謎の悪寒が、腕や足に無数の鳥肌を発生させた。

 この強烈な思念は、殺意だ。強大かつ重厚な殺意が、俺達とこの土地を覆い隠すように広がり、俺達を押し潰そうとしている。


「っ————」


 咄嗟に頭上を見上げ、俺は飛び込んできた光景に絶句する。視認はしていないが、きっとローゼや周囲の兵士達も、同じような反応をしていただろう。

 ——そこには、大きな甲羅があった。

 地面に向けられている裏側の面には、中央から放射状的に樹木のようなラインが入っており、感じられる殺意とは真逆の、神秘的な雰囲気を醸し出している。頭や手足が出てくるであろう四つの穴からは光子が漏れ、まるで夜の空に流れる天の川のように、朝焼けの空に瞬いていた。


「なっ……何だあれは……あんな巨大な魔獣、今まで見たことがないぞ」


 総大将の驚愕に満ちた台詞が飛び、周囲の兵士達もつられるように言葉を漏らしていく。一人から発生した恐怖はやがて全体に及び、組織を内部から腐らせる要因となる。その発端が総大将ならば、なおのこと。


「落ち着いて下さい! ここで怖気づけば、より戦局は苦しくなります!」


 そう呼びかけるも、すでに折れた心はそう簡単には立ち直らない。その巨大さとあの威力の光弾の雨を目撃してしまった彼らは、もはや戦える闘志を宿していない。


「くそっ……どうすれば……」


 現状の打開策に迷い、懊悩する俺とローゼ。

 ——その一方、頭上では未知の魔獣が、第二撃の発射準備を、刻々と進めていた。

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