第28話 色々な予感がします!
——戦いが始まって、どれくらい時間が経っただろうか。もはや肉体も精神も満身創痍、腕は疲れ、足は震え、全身を駆け巡る激痛は収まる気配を見せない。
しかし敵が未だに刃を向け、こちらの首を狙っている以上、僕の方から剣を落とすわけにはいかない。負けてもいないのに、敗北を引き寄せるわけにはいかないのだ。
「はぁぁぁぁぁぁ————!」
呼吸を整え、剣を今一度強く握り直す。そして張り上げた咆哮で全身を鼓舞すると、僕は豪風の如き全力の斬撃を放った。
「————」
だがその渾身の一撃も、敵は余裕で受け弾いてくる。そしてがら空きとなった腹部に神速の剛拳が差し込まれ、身体はくの字を描いて空中に吹き飛ぶ。そして敵は拳をほどいて腰元の短剣を抜くと、体操選手のような見事な跳躍を披露、すぐさま僕の間合いに飛び込んできた。
その短剣を逆手に持ち直し、首元の頸動脈を狙う正確無比の一薙ぎが放たれ、破裂したように血潮が飛び散り——
「ぐぅ!」
——というようにはならない。僕は辛うじて意識を取り戻し、すぐさま状況を整理、把握し、咄嗟に得物を互いの間合いに割り込ませた。
「——見事」
瞬間、野太い声が鼓膜を揺さぶり、烈火の如き激しい殺気が肌を刺す。しかしそれ以上の斬撃は飛んでは来ず、僕は背中から地面に不時着した。
「がぁ……はぁ……」
「貴様、ここまで我の拳打をいくつ受けてきた?」
変な質問だ。そんな数、戦いにおいては全く意味がない。しかもそれを自分で思い返すわけでもなく、殴った相手である僕に聞いてくるとは、とんだ変態だ。
だが、この質問こそがこの強敵の性格——狂おしいほどの探求心の表れなのだ。自分が不思議に感じたものは、重要なものからどうでもいい不要な情報まで、その全てを理解しなければ気が済まないのだ。
「おかしい……流石にここまで我の拳をくらって、首を斬れなかった者など今まではいなかった。お主、もしや強き者だったのか?」
低い声に二、三メートルはあるであろう巨躯。そして岩石のように角ばった、筋骨隆々の肉体。全身を染める紅の色合いは、血ではなく彼の肌色ではあるが、その戦闘力を目の当たりにした者は総じて、あの色が全て仕留めた兵士の血だと錯覚してしまう。
凄まじき猛者——ガンドレッド。
まさか僕自身が、自分の生み出した強敵にここまで痛めつけられる展開になろうとは、全くの予想外だった。
—————————————————————————————————————
——フーリオ戦線。
それはケルダンから遥か東方に存在する、現戦争における最大の戦線だ。
ここがそんな激戦区になってしまったその最大の要因は、このフーリオに存在する広大な農耕地にある。この農耕地は、実にガイルス連邦での食糧生産量の七割を占めており、豊富な土壌や食料関連の経済資本などの動きも加味して考えれば、まさに国家の生命線ともいうべき場所。国民の命綱なのだ。
この事実を知ったタイラン帝国は、この土地の制圧に戦争決着の糸口を見つけようと、周辺の土地に大量の魔獣を放った。そのあまりにも膨大な数の力に既存の防衛力を無力化された連邦軍は、その魔の手に農耕地の半分を奪われる大敗北を喫することになってしまい、以後、この土地は戦いの趨勢を決める最重要地となったのである。
——と、ここまでが僕の作った設定だ。そして今、この設定を事細かに思い出しているのはなぜかというと——
「ここが、フーリオ戦線か……」
一面に広がるでっかい田畑。それは地平線の先まで広がっており、収穫直前の野菜達が綺麗に整列している。今視界の中に入っているだけでも、とんでもない量だ。
あまり深く考えずにつけた設定だったが、「食糧生産量の七割を誇る」っていうのは、こういう景色を生み出すのか……凄過ぎる。
その圧倒的な景観に、僕は感動と驚愕に言葉を失っていた。
「何これ何これ! 本当にフーリオ戦線だぁ! 作中における最大の戦場! まさか現実に拝めるなんて……」
そして僕の隣では、原田さんが僕以上に興奮を抑えられずにはしゃいでいる。純粋なファン目線といえばそれまでだが、実際に隣で聞くと結構うるさい。
「は、原田さん、ちょっと落ち着いて。流石にちょっと騒がしいよ。ここ一応戦場だし、それにまだ早朝だし、もう少し静かにしよう」
「えぇ~、ちぇ、仕方ないなぁ。いいよね浩平君は。誰からも認識されなくて。こういう時叫び放題じゃん」
水を差されて不機嫌になったのか、原田さんは頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。感情を全面に押し出した原田さんが、まさかこんな仕草をするとは……彼女の底抜けに明るい表情が丸見えでこっちが恥ずかしくなってくるよ、これ。
僕が現実の天木浩平だって理解したら、きっと羞恥心で爆発するだろうな……むしろ理解させないように配慮するまであるかもしれないぞ。後々でよく考えておこう。
「それにしても、ハイム達遅いなぁ」
ふと、それなりに時間が経っていることに気づいた僕は、背後にある巨大な野営テントの方へ振り向き、小さく呟いた。
今僕らがいるのは、フーリオ戦線の総本部。
数十分前、フーリオに到着した我らハイム一行は、到着の連絡をするためにこの本陣に足を踏み入れ、連邦軍フーリオ戦線部隊の総大将に、報告の面会を申し出ていた。
原田さんは部外者のため、ここで馬とお留守番することになり、彼女を一人にすることが心配だった僕は、ハイム達について行くことをやめ、ここに一緒に残ったのである。
にしても、挨拶程度の面会にしてはいささか時間がかかり過ぎている気がする。別にここでページを割くような展開は、原作では書いていないはずなんだけど……もしや、また例の改変が起きたのか? 総大将が敵だったとか、そんな感じか?
妙に嫌な予感を覚えた、その時だった。
「ん? あれは……」
突如、原田さんが呟く。
彼女の視線を追うと、早朝の青みがかった空に一人瞬く、星の輝きを発見した。昨日の夜の一番星だったのだろうか。もうすぐ太陽が現れようというのに、まだけっこう強く光っている。
言葉にすると不釣り合いな感じがするが、薄暗い青空に残る星の輝きというのは、実際かなり幻想的に見えるものだ。
「綺麗だね、この時間の星も」
「…………違う」
しかし、彼女は僕の感想を静かに否定する。
「え? 何で?」
てっきり共感してくれると思っていたが故に、僕はすっとぼけたような声を発して、その言葉の真意を聞き返す。
すると原田さんは、空を見つめる瞳孔を震わせながら、静かにこう言った。
「あの光……どんどん大きくなってるよ」
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