第17話 正面からぶつかりました!
破壊された景観。屑と成り果てたレンガ達。残骸となった建物。その壊された平穏の残滓を潜り抜け、私はひたすらに駆けた。
今ここで魔法戦術を使うわけにはいかない。未だ完璧な回復に至っていない私の魔力では、発動できるのは一度限り。単なる移動で使用してはいけないのだ。
——しかしそんな私の理性は、道端に飛び散った町の瓦礫のように、今にも崩壊しようとしていた。
「ミルシアちゃん……無事でいて……」
一刻も早く確かめたい。彼女の安否を。彼女の生存を。
だけど、あの衝撃にこの破壊力。これほどの威力が間近で爆発すれば、まだ幼い子供なんて簡単に……いや! まだわからないじゃない! 何でそんな悲観的になるの! もしまだ命の息吹が残っていたら、この僅かな迷いが命取りになる。一秒でも早く、ミルシアちゃんの下に……!
「——おいローゼ!」
すると、背後からハイムの声が聞こえてきた。
「うるさい! 話してる余裕ない!」
「そうじゃねぇ! お前はあの子の捜索を優先しろ! あの野郎は俺が仕留める!」
「何言ってんの! 相手は街の一角を一撃で破壊できるのよ⁉ 一人でなんて——」
——その時、あのハルバード平野での記憶が脳裏をよぎった。
『す、すごいだろぉ~? お、俺!』
そうだ。ハイムはあの予定外でイレギュラーな状態ながら、一人でアークゴーレムを倒した実績がある。あの大型の魔獣を倒せたのなら、もしかして今回も……でもその戦績は一度きりだし、今回はゴーレムじゃない別の魔獣。前と同じように行くとは限らない。
だけど、
「……わかった! ミルシアちゃんを保護したら、すぐ助けに行く!」
今のハイムなら、何かやれそうな気がする。一度起きた番狂わせを、再び見せてくれるそうな気がする。私の中にはいつの間にか、そんな根拠のない期待が密かに湧いていた。
それに、そもそもミルシアちゃんを庇いながら戦うことは不可能だ。どこか安全な場所に避難させてからじゃないと、戦うことはできない。となると、結局どちらかが一定の時間、魔獣と一対一で対峙しなければならなくなる。
ここは、ハイムに託すしかない。
「だからそれまで、絶対に死なないこと! いい⁉」
「いらねぇ世話焼くな! さっさと来いよ!」
その言葉を聞き届け、私は一度魔獣の下へと続く道から離脱する。すでに魔獣は出現場所から移動を始め、槍を地面から突き出した状態のまま、着実にこちらの方——つまり本部に向かってきていた。
やはりあの魔獣は、偶然にこの場所に出現したんじゃない。この場所を襲う目的意識をもって襲いに来たんだ。やつには、明確な意志がある。
『絶対……死ぬんじゃないわよ』
私は心中の奥深くで、その一言を呟いた。
————————————————————————————————————
さて、ローゼを戦闘から離脱させることはできた。ってことで、まずは状況の確認から始めよう。
敵は魔獣一体。しかしその戦力は巨大にして強力。連邦の正規部隊、そして騎士団の部隊はすでに戦線に出払っており、残っているのは俺達よりも遅く入団した新兵のみ。ろくに戦えるはずもない。
副団長は……あてにしない方がいいだろう。いまいち何を考えてるかわからねぇからな。それにあの人は今、団長不在の『創天の騎士団』を率いている人だ。前線に出てもらっては困る。
「つまり、現状の戦力は俺一人、だな」
最近はこんな展開ばかりだ。新兵のうちからこれだけ実戦経験を積めることなんてそうそうない。嬉しい危機だと考えておこう。
「————」
覚悟を固めた俺は、改めて今回の敵である巨大な槍と相対する。大地をその鋭利なる穂で引き裂き、大地を裂断しながら前進するその姿は、妙にホラーチックな要素があって見慣れないものだ。正直、倒し方も見当がつかない。
だが、このまま前進させるわけにはもちろんいかない。ならとにかく、まずはこいつの進行を止めることを優先するんだ。
俺は剣を抜き、自分の正面で刃を横にして構える。柄を握るのは左手。刃に添えるのは右手だ。
そして意識を集中し、敵との距離が縮まるのを待った。
『まだだ……もっと引きつけろ……』
魔法戦術を解放するタイミングは、槍の穂と剣の刃が接触するその直前。そうすることで魔法戦術の効果時間を、目一杯やつの行動阻止のために使うことができる。まぁ実際、それでも止められるかどうかはわからない。だがこっちが使用する魔法戦術は、人の域を超えたパワーを引き出す能力だ。パワー対決で負けるわけにはいかない。
「————」
いよいよ目前に迫った規格外の凶器。俺は息を素早く吸い込み、同時に全身に力を入れた。
そしてついに、お互いの獲物が正面からかち合い、微かな金属音を響かせる。その時——
「パワーガルディウム! ぐぅぅ!」
——今ここに、空前絶後の力相撲が幕を開けた。
大きな質量を持つ物体の動きが急ブレーキをかけられたことで、周囲の物体が暴風を受けたかのように吹き飛ぶ。俺の身体も同様に、一瞬体幹が浮いたような感覚を覚えたが、足の裏に力を込めて大地を踏みしめることで、辛うじて一撃KOを逃れた。
「ぐぅぅぅ……ぐぬぬぬぬ……!」
しかし、戦況は例によって劣勢だ。確かに進行スピードは緩やかになったものの、その勢いを完全に殺し切るまでには至らず、俺は開戦当時の立ち位置から少しずつ、後方に押し込まれてしまっている。そして何よりまずいのは、俺の魔法戦術を含めた文字通りの全力が、もうすでに出し切ってしまっていることだ。
「がぁぁ……ぐっっぞぉぉぉぉぉぉ!」
俺はこれ以上、力を加えられない。どうする? このままぎりぎりのところで耐え抜いて、ローゼの援軍を待つか? いや、あいつが来たところで焼け石に水だ。速さの戦いに特化しているローゼが来たところで、この戦況は覆せない。
だが、もう俺一人ではこの槍を押しとどめられないことは明白だ。何か……何か別の要因がなければ、ケルダンは時間をかけて、瓦礫の山と化してしまう。
「どう、すりゃあ……いいんだよぉ! このっ……!」
「くっそ! 何で合体できないんだよ! こういう時に出来なきゃ意味ないだろ!」
「おい! 何意味わかんねぇこと言ってんだ! そんなことのたまう暇あんなら、全力で押せ——あ⁉」
「え⁉」
背後から聞こえた声に、俺は思わず反応を返すと同時に、このやりとりに既視感を覚えた。
余裕がないことを理解しながらも、俺は視線を背後に向ける。
その視線の先に、この状況を打開する手立てがある。この魔獣を討つ手段がある。そう、既視感が教えてくれている気がした。
「お、お前はっ……!」
極限の中、俺が視界に一人の男を捉える。その細身の体格と貧弱そうな両腕。その他には特に目立った特徴のない、『平凡』の一言で表現できるその姿。
間違いない。俺はこいつを前にも見たことがある。そして俺は、こいつと戦ったことがある。
その確信と時を同じくして、男が口を開く。
「ひょ、ひょっとして、今僕のこと見え——」
——しかし、その言葉は眩い光に遮られ、俺の意識は飛んだ。
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