第16話 出現しました!

「——はいよー、入ってきて」


 ローゼの右拳が仰々しいドアを叩くと、中からどこか適当な返事が帰ってくる。それを合図と見たローゼとハイムは、声を綺麗に合わせ「「失礼します」」とドア越しに返答し、目の前の仰々しいドアを開いた。


『お、おぉ……』


 二人の背中にびったり張り付いて入った僕は、その部屋の内装に思わず感嘆の声を漏らす。

 しっかり想像通りだ。大量の書物と資料によって周囲のスペースは占拠され、娯楽のない完璧な仕事部屋。入り口から見て正面に太陽の日を差し込ませる窓があり、その後光を受ける形で立派な椅子が置かれている。執筆当時に僕が想像していた、社長室と書斎が融合した『創天の騎士団』の指令室である。

 ——そしてその椅子に、理想的な姿勢で座る細身の男が一人。顔はやや縦長で肌は色白。座っているから初見ではわからないが、立ってみると意外にも背は高い。着こなした軍服は鎧の下に着るものだが、一番安全なこの部屋でさえも脱がない。その行動が、彼の騎士としての誇りを示しているのだろう。


「ローゼ・メイリース、ハイム・ハルベリン、帰還しました」


 なのにだ。こんなにも真面目で誠実そうな雰囲気なのに、このキャラクターは


「おっつかれ~ローゼ君。新兵の世話は大変だったっしょ」


 こんなおちゃらけた口調なのだ。本当に虫唾が走る。虫唾がもうオリンピックしてるわこれ。結晶の盛り上がりだわこれ、うん。

 こいつこそ『創天の騎士団』副団長——ショウタ・ザイルである。


「ごめんねぇ~。本当は君も世話役をつけてあげられればいいんだけど、君が優秀なもんだから、ついハイム君を任せちゃってね~」

「いえ、ほとんどの方は戦線に出払っていると聞いております。今は耐え忍ぶ時。新兵同士で高め合える、良い機会だと考えておりますので」

「うん、うんうんうん! やっぱり君は他の新兵とは違う! 私のおめめにぐるぐるなし!」


 ……わかるでしょ? なんかウザくない? いい感じにウザさ出てない? 不快感を刺激する孫の手じゃない? 


「副団長、それよりもお伝えしたいことが——」

「——ハイム君もおっつかれ~。どうだった? ハルバード平野での訓練は。確か今回で五回目だっけ?」

「ええっと……六回目です」

「あぁそっかそっか! いやぁ時の流れは早いねぇ……君も立派になったもんだよ。あとは僕の目を見て話してくれればいいんだけどなぁ~?」

「っ! も、申し訳ございません!」

「あぁいやいや、そんな焦らないでいいよ。次から気をつけてね」


 ふざけているようで些細な間違いにも気づく目ざとさも健在、か。ここも見事に設定通り。『話しているだけで頭が痛くなってくるようなやつ』のコンセプトは、良くも悪くも成功しているらしい。

 僕が危惧していたのは、現実の人よりも嫌いなこいつを見て、僕の腸にくすぶる嫌悪感という名の燃料に、ガソリンを注がれることだったのだ。つまりこの状況は最悪、うんこ味のカレーを出されて、福神漬けの代わりにレンガの粉をかけられた気分というわけである(わかれ)。

 え? じゃあ何でそんなキャラ作ったのかって? それは……ま、まぁいいでしょ。ちょっと映えるかなぁと思ったの。それだけ。いい? もう二度と疑問持たないように。


「で、何がそんなことより、なの?」


 ほらまた出た。こうやってふざけてる割に話ちゃんと聞いてるし。変に優秀ぶるなこの野郎。


『くっそ……ちゃんと本部の中とか設定つけときゃ良かったなぁ……』


 当初の予定は、二人と共に本部に潜り込んだ後は別行動をとり、装置のある場所に向かうつもりだった。だが僕は、本部内の構造を全く設定しておらず、たくさんの通路と部屋が用意されたこの建物は、完全に作者の認知外の物へと変わっていたのである。

 だから結局、僕は二人と一緒にいるわけなんだけど……マジで大失敗だ。


「はい。今回のハルバード平野での訓練において、私達は巨大なアークゴーレムと遭遇し——」


 ローゼが語り出し、ようやく緊急事態らしい真面目な空気へと変わる指令室。時刻はケルダンへの到着が夕方過ぎだったので、もう外からの日差しは弱まり始めている。もうすぐ、この世界で過ごす二回目の夜がやって来るわけだ。

 そう、ハイムとローゼがケルダンに帰って来る、二日目の夜が。


『……ん? 待てよ。確か二日目の夜って……あっ!』


 その時、僕の頭に激しい電撃が駆け巡り、全身に走っていた虫唾を淘汰。瞬時に記憶の引き出しをこじ開け、そこに書かれた内容を思い出させた。

 そうだ。確か本来の作中の流れでは、この後このケルダンが地下から来る魔獣に襲撃され、ここで二回目の戦闘シーンを書いたんだった。確か戦場になるのは、ケルダンの東側——ハイム達の宿舎がある地域。強制的に戦わなきゃいけないようにして、ハイムとローゼの見事な連携を見せる戦闘を——


「——あ」


 ここで第二の電撃——否、雷撃が脳天に落とされ、僕は作品の流れと数分前の出来事を照合し、イレギュラーを発見する。

 一つはミルシアの存在。これから戦場となる地域には、本来そこにはいないはずの魔獣が一匹スタンバイしている。まぁ、これに関しては大きな問題ではない。彼女自身めちゃ強いし、僕の推し魔獣だし。

 ——ただ問題なのは、時間だ。


『考えろ、確か作中では夜に差しかかる頃の時間に、魔獣が出現する。その時、二人はすでにショウタへの報告を済ませ、宿舎で休んでいるんだ。だけど……』


 そう、ミルシアの件のせいで時間の経過が遅れている。なら、魔獣が襲ってくるのは今——


「————————」


 ——瞬間、大地を穿つ衝撃が轟き、大都市の床を巨大な槍が突き破る光景が、窓越しに映る。並び立つ数多の家屋は理不尽に破壊され、その残骸と共に、鮮血と肉片が空を舞った。


「なっ……何だよあれ……」

「ま、まさか敵襲⁉ どうやって内地のケルダンに……っ! ミルシアちゃん!」

「お、おいローゼ! 一人で行くな! 失礼します副団長!」


 槍の突き破った場所に勘づいたローゼが、ものすごい勢いで部屋を飛び出していく。その後ろ姿に声をかけながら、ハイムもまた戦場へと向かった。


「やっぱり……こんなタイミングで……」


 僕も二人に負けじと、勢いよく開かれたドアを抜け、廊下を駆けた。何もできなくても、とにかく向かわなければいけない。これ以上のイレギュラーが起きる前に、なんとか自分ができることを考えなければ。


  ——————————————————————————————————


 私——ショウタ・ザイルは、窓越しに逃げ惑う人々を窓から静観しながら、暴れ回る巨大な一本角に向かう未来の騎士達の走る姿を目で追う。


「全く、あの子達ときたら……」


 報告義務を放棄し、二人の新兵は勝手に指令室を抜け出してしまった。全く、不測の事態にすぐさま対応できるのはいいことなのだが、私に指示を仰がずに向かってしまうのは、あまり褒められた行動ではない。後でしっかり指摘しなければ。


「ま、それはさておき、だ。あの二人があれにどう立ち向かうか、ちょっと楽しみだねぇ」


 その時、私は背後から聞こえる激しい足音を耳で拾う。この事態に伴い、募集したばかりの新兵達がきたのだろう。まだ新兵だから仕方ないが、対応が遅過ぎるな。


「ショウタ副団長、外のあれは、一体——」

「——君達は市民の避難誘導と保護にあたって。戦う必要はないから、とにかく死なないでね」

「ぁ……は、はいっ! みんな急ごう!」


 命令を受けてからの行動も遅い。やはり判断力と理解力は、あの二人が新兵の中でもずば抜けていいようだ。ならなおのこと、戦闘は二人に任せよう。


「さぁ、頑張れぇ~。ローゼ君、ハイム君」

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