第15話 辿り着きました!

 馬を走らせること、恐らく二時間。ここまで一度も休まずに頑張ってくれた馬達を休憩させるため、今は歩きながらの進行となっている。蹄の音がなんとも心地いい。

 まだまだ大都市の面影は見える気配がなく、周囲には牧歌的な中世の景色が広がっている。肝心な世界の流れは全部僕の予想外なくせに、こういう背景の部分は寸分違わず想像通りなんだから、心を弄ばれているみたいだ。


『現実の世界では、今頃どうなってるんだろう……もう二日経ってるから、行方不明者の仲間入りしちゃってるのかな。あ、いや、たった二日程度で僕の行方を気にする人はいないか』


 ノスタルジックな雰囲気に飲まれたせいか、いきなり悲しい僕の境遇を思い出してしまった。何で僕は異世界に来てまでこんなこと考えてるんだろう。虚しい人間だなぁ……。


「ねぇローゼお姉ちゃん、あとどれくらい?」


 ミルシアが口を開く(ちなみにさっき自己紹介してた)。


「もうそろそろ街が見えてくるわ。だからもうちょっと、辛抱しててね」

「はーい」


 さぁ、いよいよこの世界屈指の大都市であり、ガイルス連邦の首都、ケルダンとのご対面だ。一体どんな街並みになっているだろうか。しっかり僕が想像した通りのものになってるかなぁ……ここまでの流れでも、ハルバード平野やクスタカ村など、地形や村と言ったものは変化がなかったし、大丈夫だとは思うけど。


「なぁ、まず着いたらどうする? 先にその子を宿舎に置いてから報告か?」

「ええ、そうね。一通り報告が終わったら、ミルシアちゃんの学徒申請をしに、役所に行きましょう」


 ミルシアは一応『もっと魔法を極めたい!』という学習意欲がある体でついてきてもらっている。そしてこの連邦では、外部の孤児でも親権者(ミルシアの場合、村長が持っていることになっている)の同意があれば、街の子供として学校に通える制度が整っているのだ。我ながらとても良い設定である。


「やっぱり、その子も一緒に連れて行って、帰りに申請するのはダメか……」

「宿舎の往復くらい、めんどくさがらないでよ。副団長は規律を重視する人でしょ。騎士団とは関係ない子供を本部に入れたら、それこそお説教で時間取られるわよ」


 あぁ、そうだった。団長のレイシウスは裏切って不在だから、今は臨時的に副団長の——


「——げっ!」


 その時、僕はこれから対面するであろう新しいキャラクターのことを思い出し、合図なく湧き上がってきた巨大な嫌悪感のために、思わず声を挙げた。


「わぁぁ! ど、どうしたの浩平お兄ちゃん? びっくりさせないでよ!」

「ん? 怖ぇ兄ちゃん? 俺そんなに怖——」

「——ハイムお兄ちゃんじゃない!」

「? ?? ???」


 二人の微妙極まりない空気をよそに、僕の精神は姿を現した無数の記憶に蹂躙され、容赦なく蝕まれていく。なによりも色褪せて欲しい、しかし決してその醜い色合いを落とさない、あの最悪の記憶に。


『お前さ、いる意味ないじゃん』


 言葉は一種の凶器だとは、よく言ったものだ。あの鋭利過ぎるナイフの斬撃は、今もなお僕の過去に古傷として存在感を放ち続けている。拭い去ることのできない屈辱と共に。


「副団長……会いたくないなぁ……」


 ———————————————————————————————————


「うおぉぉぉぉぉぉ! すげぇすげぇすげぇ! マジで完璧! 僕の想像した通り!」


 馬が正門を通り抜けると、視界いっぱいにまで大都市の光景が広がる。石造りの道には均等な距離で家々が並べられ、大量のレンガがその景観を歴史ある赤茶色に染め上げている。そんな歴史ある景観をみた感想はまさに圧巻の一言であり、お兄ちゃんのリアクションはその衝撃を見事に体現していた。

 ——クスタカ村の出発から三時間とちょっと。夕焼けに見守られる中、ついに私達は、ガイルス連邦の首都・ケルダンに到着したのである。


「想像通りって何? 浩平お兄ちゃん」

「ん? 俺、何か言ったか?」

「もう、だからハイムお兄ちゃんじゃないよ!」

「……俺、いつ嫌われた?」

「自己紹介の仕方が気持ち悪かったんじゃない?」

「そんなことで嫌われてたまるか! ローゼ、お前何か吹き込んだだろ!」

「はぁ⁉ そんなことするわけないでしょ! あんたの人望の問題よ!」


 すると突如、ローゼお姉ちゃんとハイムお兄ちゃんの間で戦乱が巻き起こった。この二人、凄い仲良さそうなのに結構言い合いをするの。さっきも馬のペースについてちょっと口論してたし、人って何で仲良しで喧嘩するんだろう。ほんと不思議な生き物だよね。

 それはさておき、これから浩平お兄ちゃんを呼ぶ時、毎回こんなやりとりするのめんどくさいし、ちょっとバレない程度に魔法を使って——


『——浩平お兄ちゃん、想像通りって何?』

「うわっ! な、何この声? ミ、ミルシア?」

『そう、テレパシー魔法だよ』


 きっと初めてテレパシーを受けたのだろう。浩平お兄ちゃんの口と目がさらに一回り広がり「なんでもありだな、グランデスって」と本音を漏らした。


『それで、想像通りって?』

「え? あぁ、なんかこんな街なのかなぁ。って思ってたら的中したからさ。ちょっと嬉しくて」

『じゃあ、来る途中のびっくりしてたのは?』


 ——瞬間、浩平お兄ちゃんの表情から笑顔が消え、どんよりとした雰囲気が全身から溢れ始めた。なんかこう……浩平お兄ちゃんの周りだけ暗い。比喩表現じゃなくて本当に。


「ま、まぁ……ミルシアは気にしなくていいから。僕が頑張ることだから」

『で、でもそんなに嫌そうな顔して——』

「——はい。じゃあミルシアちゃんは、ここでお留守番しててね」


 その時、いつの間にか口論に決着をつけていたローゼお姉ちゃんが、私の目線までしゃがみながら、いつの間にか目の前にあった建物を示した。ハイムお兄ちゃんはその奥で歯をむき出しにしていて、顔がリンゴみたいに真っ赤っか。口での勝負は、ローゼお姉ちゃんのほうが強いみたい。


「いい? なるべくすぐ帰って来るから、ここでじっとしてて」

「うん、わかった」

「いい子。よし、行くわよ猿男」

「どっちがだ! どっちが!」

「言葉出てきてないわよ」


 二人は踵を返し、話していた騎士団の本部へと向かう。その後ろを、背骨を曲げてうなだれた浩平お兄ちゃんが、ふらふらと体幹のない身体を揺らしながらついていく。


『あ、浩平お兄ちゃんも行くの? 別に行く必要は——』

「——本部に行けば何かわかるかもしれないから……大丈夫、心配しないでいいから……いいから……」


 引き留めようとする私に手を突き出し、ついて来ないでと言わんばかりに私を制する。そして一度もこちらに振り返ることなく、曲がり角へと姿を消した。


「なんか……嫌な予感するなぁ……」

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