第9話 惨状というほかないです!
「——ね、ねぇちょっと、どこ連れていく気?」
「大丈夫。もう大丈夫だからね」
「何が大丈夫なの? ねぇ何が?」
少女は僕の手を引き、迷うことなく森の深部へと一直線で駆けていく。僕は右手の主導権を奪われ、握ってくる少女の左手を振り払うこともできず、謎を残したままここまで誘われてしまった。
こうなった理由としては、確実に僕のあの台詞が原因だろう。
『お兄ちゃん、みんなから見えないの?』
『そうなんだよ。だからちょっと寂しくてね……』
『……わかった! お兄ちゃんも仲間に入れてあげる!』
僕としては、夜に村を徘徊している理由として「寂しい」と告げたので、嘘半分事実半分の供述であったが、少女は何を思ったかそう切り出すと、いきなり僕を掴んで真夜中の森へ突っ走り始めたのである。
「これ以上は危ないよ! 僕冒険者って言っても戦闘力まるでないし! もし何か危ないものと遭遇したら——」
「——大丈夫! 剣士や騎士も、この時間に山に入ったりしないから!」
「だから危ないんでしょ⁉ お兄ちゃん意外と無責任よ⁉」
少女の度胸は凄まじく、森の暗闇に飲み込まれることに何の恐怖も感じていない。少なくとも僕の六十六倍は肝っ玉の据わっている子だ。こういう子が将来大人になって幽霊屋敷とかに入った友人を助けに行くんだろうなぁ……僕はさながらドラ〇もんで言うところのス〇夫枠。この子は正統派ヒロインのし〇かちゃんと言ったところか。
いよいよクスタカ村の明かりも物理的に遠い存在となり、すぐそばの木々すら見えにくくなり始める頃。僕はいよいよ覚悟を決め、少女の腕を振り払うことにした。
こんな無邪気で可愛らしくて親切心? 溢れるこの子の手を払うのはマジで気が引けるが、流石にこれ以上は身の危険しかない。大人である僕が、正常な判断を心がけるのだ。これでこの子に嫌われようと構わない。さぁ、やるぞ……やるぞ。ほら、やるんだ天木浩平よ。嫌われる勇気、とかいう本を読んだことがあるだろ? その言葉通りに、三、二、一——
「——ふん! ……って、え?」
あれ? 離れない。少女の手が取れない。俺の右手に自由が羽ばたかない。今ちゃんと力込めたよね? 手首だけじゃなくて二の腕の筋肉もフルに使って振ったよね? 覚悟のうえでやったよね⁉
「じたばたしないでお兄ちゃん! もうすぐで着くから安心して!」
「あ、うん……じゃなくて! ふんっ! はいっ! へあぁ!」
マジで動かない! この子の腕力ヤバいって! 人じゃねぇやっぱり人じゃねぇ! 薄っすらとわかってたけどやっぱりこの子人じゃねぇよ! 明らかに魔のものだよこの子!
「誰か! 誰か助けてぇぇぇぇ! 誰かぁぁぁぁぁ!」
「大丈夫だから! もう少し!」
「大丈夫じゃねぇわ! もうその三文字信じないわ!」
感嘆符が絶えない状況が続く。このままでは世界中の感嘆符が使い果たされ、僕の儚い命と共に消え失せてしまう。マジで誰か——
「——ちょっと待って! 君ぃ!」
その時、背後から僕……いや、目の前の少女もとい魔獣を呼ぶ声が、森にはびこる威圧的な空間に轟く。それはまさに天からの呼び声であり、救世主の後光であり、就活における内定ともいえる希望。
ローゼ・メイリース、その人であった。
「どこ行くの! 夜の森は危ないわ! お姉さんと一緒に帰りましょう!」
ローゼは焦りを声音に混ぜながらも、必死に少女の足を止めようとする。だがそれに反比例するように、少女の足はさらに加速し、明らかに子供が出せない速さの領域にまで達しようとしていた。
「嫌だ! 絶対に捕まらない! お兄ちゃんは、私が守るんだから!」
「ちょ、足がっ! ぐがあががががが——」
僕の足は当然追いつかず、その場に膝をついてつっかえ棒と化す。だが少女は前進を続け、僕はまるでスーパーでぐずった駄々っ子のような体勢を維持したまま、少女に引きずられることとなった。
「お、お兄ちゃん⁉ 誰のことよ! 待ちなさい!」
「い・や・だ!」
「待ちなさい!」
「い・や・だ!」
同じ問答を数回繰り返す二人。その間に挟まれ、全身を地面に擦りつける僕のことなど眼中になしだ。
交渉が難航する中、ローゼと少女との距離はどんどん離れていく。ローゼは『アクセラレイト』を発動させればすぐに追いつけるのだろうが、あの戦いのせいで魔力が枯渇してるのだろう。発動させる雰囲気がまるで感じられない。
そして僕自身も、少女に引きずられたまま意識を保てなくなってきている。完全に少女の独壇場だ。
『くそっ……うっ……ぁ』
顔面と共に精神をもすり減らした僕はとうとう力尽きて気絶。今日という一日を終えたのだった。
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「————ぃちゃん。お兄ちゃん起きて。ねぇ、お兄ちゃん」
肩を揺さぶり、何度も声をかけてくる何か。地の底に眠っていた意識が少しずつ汲み取られ、僕はすでに機能していた聴覚に加え、触覚、視覚の順に再起動を試みた。ちなみに嗅覚は土の匂いの過剰摂取で使い物にならず、味覚は不必要なので後回しとする。
「……んぅ、ぇあぁ?」
「起きてくれた! よかったぁぁ……大丈夫? ごめんなさい。あの女の人、絶対私達のこと仕留めようとしてたから……必死になっちゃって……」
「あぁ、でぇあ、でぇあい丈夫、だよ……ってぇ!」
我に返り、僕はそばに寄りそう少女を突き放し、背後の壁までゴリぶりの如き速さで後ずさり……壁?
「こ、ここは……」
辺りを見渡すと、そこは山のどこかに作られているのだろう、洞窟の中だった。
「落ち着いてお兄ちゃん。ここに入っちゃえば、外からは絶対に見えないの。そういう結界を張ってるから」
「け、結界? だ、誰がそんなこと……これも、君が?」
「もちろん私だけの力じゃないよ? ここにいるみんなの力を合わせて作ったの。すごいでしょ」
「ほ、ほう。みんなの力……は?」
——瞬間、全身を刺すたくさんの視線に気がついた僕は、少女と出会った時と同じように、硬直する首をなんとか回し、洞窟の奥へと視線を向ける。
「ぁ————」
その先にいたのは、僕が考えた多種多様な魔獣達。空想の域を出なかった、異世界の魑魅魍魎だった。
「ねぇ? これで寂しくないでしょ?」
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