第8話 見える人いるみたいです!

 銅像のように固まり、唐突に聞こえた声にビビり散らかす僕。歩き始めようと左足を若干上げた感じで固まっても、何一つ美しいところは見当たらない。圧倒的駄作の銅像だ。人に見られたくない光景である。

 しかし、今僕の背中には、確実に何者かの視線が突き刺さっている。しかも偶然向けられたのではなく、認識を伴っての視線だ。

 どうして? 俺の姿はこの世界の人間には見えないはず……もしかして魔獣⁉ い、いや、それだったらあんなはっきりと人語を話せるわけが……。

 浮かび上がる様々な疑問を解決するため、僕はカチカチの身体をなんとか動かし、背後を見た。

 ——そこには、一人の少女がいた。

 肩元までのショートヘアは、絶景だった夕焼けの茜色を存分にたたえており、この夜の闇の中でも暖かい明かりのように見える。身長はさほど大きくなく、まだ小学校低学年といった感じだ。だがそれにしては目鼻が整っていてバランスがいい。将来は美人さんになるのが容易に想像つく。

 青緑色の半袖と膝元まで伸びたスカートが身を包み、腰に結び目を垂らしたその姿は、まさに僕の想像する村娘のビジュアルそのものだった。


『か、可愛いぃぃ…………』

 

勘違いしないで欲しい。僕は別にそういう変態気質があるわけでは断じてない。この感覚は……あれだ。子供達が鬼ごっことかで遊んでいる光景を見た時の「可愛い」であって、街中でお色気担当の女性を見た時の「可愛い」ではないということだ。本当だから、本当にそういう気はないから。

 そもそも僕には、そんな感想よりも一番に考えるべきことがある。


『お兄ちゃん、誰?』


 あの甲高い声は、この子のものだったのか? 確かにこれくらいの少女の声だと言われればそうだが、僕の推察通りなら、この子は僕のことを認知していることになる。誰も見えることのなかった、気づくことのなかった僕を。

 視線を合わせ、数秒の間場を静寂に任せる。少女の疑問たっぷりの視線は僕の視線と正面から衝突し、一向にその道を譲ろうとはしなかった。


「み、見えてる?」


 ひとまず聞いてみる。多分返事は帰ってこないだろうが、とりあえず聞いてみるだけでも損はないだろう。もし僕が見えていなければ、それこそ僕だけの独り言と杞憂に終わ——


「——うん」

「……………………」


 落ち着け。今は夜だ。時刻的には晩飯時。きっとご飯の食べ過ぎでえづいちゃったんだ。それか唾を飲んだ時に声が漏れたか。そう、きっとそのどちらかに違いない。全く、ぬか喜びさせちゃって——


「——お兄ちゃん、旅の人? 今日来た人と一緒に来たの?」

「……………………」


 落ち着け。もしかしたらこの世界では足袋を履く人がいて、たまたま今日のどこかのタイミングで足袋商人の集団とかが来た可能性だってある。そうだ、それがあるかもしれないじゃないか。一概に僕のことを言っているとは限ら——


「——お外寒いよ。さ、お家に入りましょ」


 少女が優しい声音でそう告げ、僕の手を両手で包むようにして掴む。

 …………掴む?


「え」

「? どうしたのお兄ちゃん?」


 え? 掴んでる? 少女の方から? え? え? ええぇ⁉


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ————————!!」


   ——————————————————————————————


「…………んぅぅ」


 ふと、目が覚めた。顔元に垂れていた髪を後ろに跳ね飛ばし、ゆっくりと上体を藁の布団から引き剥がす。まだ温もりの残る即席の布団に別れを告げ、私は厩舎の外に出た。


「綺麗……」


 暗黒の空に満ちる無数の星々を見上げながら、大きく背伸び。この感覚がたまらなく気持ちいいわけで、私はよくこうやって夜に起きては、その時々の空に思いをはせるのである。家や宿舎といったちゃんとした寝床ではこんなことはしない、出先で行う楽しみの一つというわけだ。

 私は結んだ髪を解放し、夜風にあてる。そして汗の気持ち悪さを若干解消した後、今日起きた出来事の整理に入った。


「ハルバード平野にアークゴーレムが出現……か。これは必ず報告するとして、問題なのは裏切り者の可能性よね。まだ証拠も何もないし、私とハイムの妄想だから、言わなくていいっか」


 しかし、事は重大だ。一介の騎士見習いに過ぎない私達が生き残れたのはまさに奇跡の所業であって、一歩間違っていたら二人とも確実に殺されていた。まだゴーレム系統の魔獣が潜伏している可能性も十分にある。早く本部に伝えなければ。


「そう、奇跡よ。あんなの……」


 私は振り向き、しかめっ面のまま寝息を立てるハイムを見つめる。全く、もっと気持ち良さそうな寝顔はできないものだろうか。悪い意味で小さい頃からの可愛さが変わっていない。可哀想な幼馴染だ。

 だが、今日考えるべきなのは寝顔についてではない。

 ——ハイムが見せた、あのアクロバティックな戦闘スタイルだ。

 戦いの最中、ハイムが見せた勝利までの挙動は、今までの力任せで一辺倒な太刀筋とはまるで違うものだった。

 敵の弱点までの工程を瞬時に構築し、その最後の一撃を放つまで一切の無駄を削り取った、油断なき洗練された動き。同じ見習い騎士のお墨付きなんて役に立たないかもしれないが、あれなら今すぐにでも即戦力として前線に行けるレベルだと思う。

 そして最後に見せたさっぶい決め顔と挑発的な言葉。あれも含めて、あの時のハイムは明らかにいつもと違う、まるで別人のようだった。一体、彼の身に何が——


「——ん?」


 その時、視界の隅に何かが映り込む。視線をしっかり向けると、そこにはまだ小さい女の子が、何かを引っ張るような動作をして森に入っていく姿があった。


「何あれ? っていうか、この村にあんな女の子いたっけ? って、そんなこと言ってる場合じゃない! 待って! もう夜だから戻っておいで!」


 私は少女の後を追うため、自らもまた森への道を駆けていった。

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