第7話 寄り道してみます!

 馬が大地を駆けること数十分。僕達はケルダンへと続く道の途上にある小さな村——クスタカ村に馬を止め、そこで一夜を過ごすことになった。

 今まであまり気にしていなかったが、僕がこの世界にやってきたのがちょうど昼下がりだったようで、「松明も何もないのに、夜の乗馬なんてできないでしょ」というローゼの判断の元、馬の足を休ませることも考慮し、この村の厩舎に泊めてもらうこととなったのである。

 空は鮮やかな茜色に染まり、太陽は一日の終わりを告げるため、地平線の下に身を隠し始める。この光景は異世界でも現実世界でも変わらない、心安らぐ絶景だ。


「田舎を思い出すなぁ……母さん、俺とんでもない場所に来ちゃったよ……」


 いや、ダメだ。こういう時にマイナス思考だから何も成功しないんじゃないか。もっとプラスに考えよう。ええっと……そうだ仕事! 俺は今、仕事をしなくても生きることができるじゃないか! ニートでも誰かに馬鹿にされることはないし、そもそも馬鹿にする人すらいない。最高! 


「……その代わり、誰も僕のこと見てくれないけどなぁ…………」


 まるで二重人格のように心持ちが変動する中、ローゼとハイムはそれぞれの寝床に藁を敷き詰め、静かに寝息を立てていた。作中ではいずれこの国の主戦力となる二人だが、今の段階ではまだ見習い騎士。幼いひよっこに過ぎない。よほどあの戦いの疲れがあったのだろう。このまま明日の朝まで眠り続けてしまいそうだ。

 ちなみに僕はピンピンしている。認知外の存在なので、そもそも疲れというものが生まれないのかもしれない。この幽霊状態で唯一の利点といえるだろう。


「ちょっと散歩でもしてみるか」


 暇を持て余した僕は、少しこのクスタカ村周辺を練り歩いてみることにした。


    ——————————————————————————


 現実世界と何ら変わりない木造の家々が並び、中央には村の住人が共有して使う井戸がある。村の周りには農地が広がり、落ちていく夕焼けを背に灯が揺れるこの村の光景は、まさに僕があの頃想像していた、中世の田舎そのものだった。


「この村って、別に作中でそんな重要じゃない場所だよな。でもここまで完璧にイメージ通りにできているなんて……」


 この事実に驚いていると、僕はこの村の掲示板を見つけ、近くにあった公共用のランプを手に取り、その明かりをかざした。


『連邦軍完勝! ガイルスの誇りを世界に!』

『タイラン軍壊滅! 連邦の勇者達、大活躍!』


 大々的に書かれた戦況報告は、生活に苦しむ民衆に未来への希望を与えようと、新聞一面を華麗に飾る。日にちはわからないが、髪の汚れ具合を見るに最近のニュースだろう。


「…………」


 今まで話したことはなかったが、この世界では今、僕達が向かっている前述の大都市・ケルダンを首都とするガイルス連邦と、多種多様な魔獣を操るタイラン帝国によって、国家を燃やした大魔法戦争が行われている。作中では確か、戦争が始まって十年が経過したくらいだったはず。ちなみにあのアークゴーレムも、タイラン帝国の操る魔獣の一つだ。

 この戦いの原因は、世界の秩序を守るはずの組織『創天の騎士団』の前団長であるレイシウス・ベルナーという男が、その騎士団の主力と共にタイラン帝国軍に帰属してしまったこと。中立の武力組織であったはずの戦力の大半が帝国のものとなったことで、この世界を牽引する二か国の軍事バランスが崩壊。一大戦争が起きてしまったのである。

 ……こうやって当事者として見てみると、僕とんでもない世界作ってるな。俺がこんな設定を作ったせいで、大勢の人間が戦火に焼かれているわけだろ? 僕ただの悪魔じゃん。諸悪の根源じゃん。


「で、でもそんなこと言ったら、戦争モノの作品書いている人はもっと悪魔だってことになるし……この世界では回復魔法とかあるから、まだ許されるよね? ね?ね?」


 これ以上考えると流石に精神が壊れそうなので、申し訳ないが現実逃避させて頂こう。作中の皆様、本当にごめんなさい。

 まぁ、作品としてのラスボスもそのレイシウスだ。彼をハイムが討ち取ることでこの物語は終幕し、ラストページに書かれた『完』の文字に繋がる。この作品は長編というわけではないはずなので、もう少しばかり、この世界の人々には我慢してもら

えば——


「——いや、そういうわけでもないぞ」


 脳裏によぎるのは、僕が描いた展開ではない新しい可能性。原稿用紙の流れから逸脱した、ハイムとローゼの敗北の戦いだ。もしあそこで奇跡——僕とハイムの合体が起きなければ、この物語の主役である二人は始まりの地で命を落とし、何一つ始まらないまま終わっていただろう。

 そして、その原稿用紙外の事象はもう一つ、僕だ。やはり何度考えても、このイレギュラーは僕がこの世界にやってきたから起きたことだと思う。だからこそ、奇跡は僕とこの世界の人物が接触した時に発生した。

 つまり、この一連のイレギュラーと僕は繋がっており、僕がこの世界に居座り続ける限り、これ以上に大きなイレギュラーが起きる可能性がある。


「これは……さっさと現実世界に帰る必要がありそうだな……」


 この世界は、僕が初めて自分の力で描いた世界だ。愛着はもちろんある。こんな風に彼らの生活をリアルに感じてしまった以上、はやく正規の物語展開に戻さなくてはならないな。

 ふと視線を上に向けると、あの美麗な茜色の絶景はいつの間にか消え失せ、代わりに無数の煌めきをぶら下げた満天の星空が、夜の暗闇をささやかに照らしていた。満月の優しい光も、静寂と共に地上を見つめている。どうやら、かなり長い間散歩していたようだ。デジタルデトックスの生活は、こんな感じなのだろう。

 さ、決意も新たに固められたことだし、寝付けなくてもいいから厩舎に戻ろ——


「——お兄ちゃん、誰?」

「…………え?」


 瞬間、僕は背後から聞こえた甲高い声に意識を奪われ、その場に硬直した。

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